魔道具士になりたい僕に愛を囁く王太子には婚約者がいる

拓海のり

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十七話 帝国へ

 庭園は後片付けを終えて静かになった。見張りの兵はいるがそれもテラスの辺りで遠い。ヴァンサン殿下とシャトレンヌ公爵は二人でしばらく話し合っていたようだがやがてこちらを向いた。

 先に公爵が僕に向かって口を開く。
「ヴァンサン殿下から君の事を聞いた時、正直又かと思った。私の許には何人もの水色の髪の子供が連れて来られて、いい加減うんざりしていた」
 僕は小さい頃からよく攫われた。それってもしかして礼金目当てだったのか?
 それとも、帝国のあいつが……。

「それに、今更会うのが怖かった。もし本当に私の子供だとしたら、私は君を愛せるだろうか。娘を愛せなかった私が──」
 公爵も、いや、当事者の公爵こそが一番傷付いていた。

「しかし、君はフランセスそっくりで、私にもよく似ていて、疑う余地もためらう余地もなかった」

『愛しているわ、あなた。この子は水色の髪水色の瞳だけれど、風を纏って進むあなたに、とてもよく似ているわ──』


「フランセスが私に宛てた最後の手紙に書いていた」
 お母さんは僕を庇って死んだ。
「きっと君を私に見せたかったのだろう」
 僕は──、僕が──、僕のせいで──、そう思うんだけど。
「きっと今は、自慢げに胸を張っているんだろう」
 僕は僕を生んでくれたお母さんにも、このお父さんの公爵様にも感謝の言葉しかない。
「ありがとう」
「私こそありがとう。よくここまで来てくれた」
 僕はこの人の前でみっともなく泣くしか出来ないんだけど、彼はそっと、しかし力強く抱きしめてくれた。出来ればこの人みたいに、もうちょっと背が伸びて強くかっこよくならないかしらと思った。


  ***

「出来れば君には、私の子供エイリーク・ラファエル・シャトレンヌとして殿下と婚姻して欲しい」
「は?」
 こんいん……?
「無理にとは言わないが、どこの国でも後ろ盾があった方がいいと思う。平民というだけで蔑ろにされたり足元を見られることは多いのだ。もちろん私の方もそうしてもらえたら嬉しいのだが」
「僕は男ですが」
「必要な時だけ女装すればいいのではないか? 殿下と一緒に公爵家を継いでもらえればこの上ない。帝国では男同士でも子を作れると聞いたし」
「え?」
 子供……? 僕と公爵の会話は平行どころかねじれていて全く噛み合わない。

「よくご存知で」
 感心した殿下の声。
「私はやはり自分の血筋に跡を継いでもらいたい」
 公爵の言葉に殿下は頷いている。
「この国ではまだ男同士では結婚できないが、君はもう貴族間で私とフランセスの子供と認知されたと思うし、エイリークが生きていたとして私の子供としたい」

「もちろん帝国に留学して貰って構わない。その内こちらでも同性同士で結婚できる法律を作るよう国王に働きかけよう。そういう訳でよろしく頼む。式はマドレーヌの一周忌が明けてからでよいか?」
「やはりこちらで挙げなければならないか」
「ああ、派手にしたいと思うが、死んでしまった二人のマドレーヌの分も」
「僕はその──」
「わかった」
 僕が何か言う前に殿下が受けてしまった。
「では、国王陛下にそう報告しよう。婚姻は向こうでするのだろう。しばらくエイリークのことを五月蠅く聞かれるのだろうな」
「大変だな、こちらも気を付けよう」
「殿下に率直に打ち明けてもらってよかった。何も知らないままでは、私も拗れるしかない」
 二人で肩をすくめて、それからあっさり別れて行った。

「さて、行こうか」
 誰もいない庭園の隅に行くと、殿下は僕の身体に手を回して飛び上がった。
 バサッ!
「おわっ!」
 黒い翼が生えて暗い夜空に舞い上がる。王宮があっという間に遠ざかった。
 速い。
「このまま港に行くぞ」
「港?」
 僕の頭はこんがらがったままで、ただ猫のようにヴァンサン殿下にしがみ付いたまま、夜の闇の中を港に向かって運ばれた。


  ***

 此処は船の上、海の上。バルテル王国はもう海の彼方。
 港の沖で待っていた大きな帆船は、殿下と僕を乗せると出港した。周りに大小何隻もの船を侍らせて意気揚々と王様みたいに。

 お父さんとお母さんと兄ちゃんたちに手紙を出さないといけないな。
 船のデッキの手すりにつかまって、バルテル王国が遠ざかって行くのをぼんやりと眺める。
「あまり身を乗り出すと落ちるぞ」
 一緒にこの船に乗っている第一王子のこいつは何処に行く気なんだ。
 後ろから船の手すりに僕を閉じ込めて悪い顔で笑う。顔が近い。腹が立つほど整ってるな。

 殿下の唇が頬を掠めて、耳をかじって離れた。
「うきゃ!」
「私は自由に生きることにした」
 王子のくせにそんなことが出来るのか?

「おい、エリクか?」
「あー」
 ニコラ、ジュール。
「まあ、なるようになったよな」
「エリクだからな」
「何だよそれ」
 僕がむくれると、近付いてきた二人が僕のドレス姿をじっと見る。
「うまく出来てるな、胸」
「ホントだ。さすがだな」
 褒めるのはそれだけか。いや、胸こそ僕が頑張った所なので、褒めてくれると嬉しいが。そういや、もう認識阻害付けているんだな。素早いな殿下。呪文も唱えなかったな。

「もうドロドロだから、着替えて来る」
「部屋に連れて行ってやろう」
 殿下がエスコートをしてくれる。
「令嬢に見えるよ、エリク」
「ありがとジュール。お前も着てみるか」
「いや」
 速攻で断ってくれる。ホント着るもんじゃないな、こんなの。そう思いながらニコラとジュールに手を振って船室に向かう。

「エリクのアレ、本物の女の子に見える」
「だよね」
 なんてニコラとジュールが囁いていたなんて僕は知らない。


  ***

 三日の船旅で帝国の港に着くと、クレマンさんが出迎えてくれた。
 馬車に乗って半日かかって用意された屋敷に着く。高層の立派な建物ばかりの中で、少し離れて隠れ家のように建ち、敷地も広く警備の兵もいる建物に馬車は入って行く。

 こんな豪華な所に住んで警備も召使もいっぱいで、自由に生きるは無いだろう。
 生まれながらの王子様。何処に行っても王子様。それがこの人なのだろう。
 見上げると瑠璃色の明るい瞳が見返す。
「心配しなくてもお前も公爵様だ」
「どうして?」
「違うか、私は公爵家に婿養子に入るのだから、お前は公爵夫人だな」
 何かそれも納得できない。じゃあ、公の場所に出る時は女装するのか。だから公爵が時々女装すればよいとか言っていたのか。
 今頃になって納得する僕。

 あの時は二人の言っていることが全然分からなかった。だって男同士で結婚なんて聞いたことない。僕は結局マドレーヌの代わりなのか? いや、エイリークとして結婚するんだよな。エイリークは社交界に女性として出た。じゃあ僕は女性なのか? どんどんこんがらがってくるな。

「殿下、僕は幾つなのですか? 僕の誕生日は?」
 ああ、僕はいったい誰なんだ。
「そこからか」
 殿下は軽く吐息を吐いた。
「君はエイリーク・ラファエル・シャトレンヌ。シャトレンヌ公爵の長子で、秋の半ばに生まれて今十七歳だ」
「じゃあエリク・ルーセルは?」
「エリク・ルーセルは君の仮の名前、何かあった時に名乗ればよい。もう一人の君の名前だ。大事に持っておくがいい」

「殿下は僕の事、エリクって」
「ああ、エイリークの愛称はエリクだからな。私の事もヴァンと呼べ」
 どさくさに紛れてそんな事を言うのか。
「さあ、言ってみろ」
 顎を持ち上げて、にんまり笑って、さあと催促する。
「う、ヴァン……」
「エリク」

 ああ、食べられる。思いっきり貪られた後で、とろりと蕩けた僕の手を取って、髪にキスを落とし囁く。
「この国は男同士で結婚出来るんだ」
「え」
「君に愛を誓おう」
「いや……」
「離さないよ」
「待って」
「離さない、絶対に」
「いや、考える時間を」
「誓うよ、生涯愛し抜くと」
「イヤ、そんなこと誓わなくていいから……」

 誰か僕を助けて。そのまま教会に引き摺って行かないで。
「ねっ」
「何がねっだよ、何が」
 教会にはニコラとジュールが待っていた。
「待ってたぜ、エリク」
「遅かったな、エリク」
 お前らそんなくっ付いて、グルなのか。
「彼らも結婚するんだよ」
 なんてこったい。

「さ、エリク、エイリーク・ラファエル・シャトレンヌと書こうか」
 何で僕はこんな書類に言われるままにサインをしているんだ。
 指輪の交換を。誓いのキスを。
 ああ、キスが甘い。何で甘いんだ。
「可愛い……」

 そして、目くるめく新婚生活が始まったけど、動けない。
 こいつ絶倫なんだ。ねっ、とか可愛い、とか言いながら、好き放題するんだ。
 きっと親父に似たんだな。あの王様強そうだもの、好きそうだもの。

 何でこんな奴が僕の配偶者なんだよ。
「ああ、エリクが可愛い。どうしよう。食べてしまいたい」
 やっぱりこいつ人間じゃない、ていうか、半分人間じゃないし。
 そうしてまた夜が来る。

 うーん。帝国の学校にはいつ行けるんだろう。



 一章 終
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