修道院で生まれた娘~光魔法と不死の一族~

拓海のり

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50 夢見る公爵夫人

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 現場に駆け付けたミハウの目に入ったのは、足を怪我したアストリだった。思わず抱き寄せると、側に侍女の服装をした不審な女性が倒れている。
「そ奴を牢に」と叫んだミハウに「違います、罠にかかったのを外して下さったの」慌てて引き止める。「それで血が付いて……」
 ミハウはアストリと女性とを代わる代わる見て息を吐く。
「生きているのか」
「はい」
 そうかと息を吐いてアストリを抱き上げると、側に控えたクルトに「客室のベッドに寝かせて、どこの者か調べておいてくれ」と言い置いて離宮に戻った。

「こんな所で何をしていたんだい」と少し低い声で聞かれて「抜け道がないかと……」と余計な事を白状して「まさか城下に行こうと思っていたんじゃないだろうね」とさらに低くなったミハウの声に震え上がる。
「しばらく猫術禁止だからね」
「でも、気を付けますので」
「気を付けて、怪我をして、仲間を増やして──」
 ミハウの言い様に言葉もない。アストリを部屋のベッドに横たえて、モンタニエ教授を呼ぶとミハウは執務室に戻った。


 執務室には真面目な男が黙って待っていた。
「失礼した」
「ご結婚されたのか」意外そうな様子で聞く。
「ああ、訳アリの娘で頼まれて面倒を見ている内に情が移って──」
「仲間にしたのか」
「アクシデントがあったんだ」
「そうか、望んでも生き残るとは限らんからな。エルヴィラの事は……」
 ミハウは昔の婚約者がそういう名前だったなと思い出した。

 兄の友人は真面目な男で、移り気なエルヴィラに揶揄われて真っ赤な顔をしていた。自分の婚約者がそんな女なのが嫌で、ミハウは兄に言いつけられたら、身軽くどこにでも出かけて行った。そして戦場の村で殺されかけた。

「あなたはまだ引き摺っているのか。私はもう名前も忘れていた。時は止まらずに流れている。私達も先に行くしかない」
「この身でか? 死ねない、人は殺す、いつまでも変わらない、この身でか」
「受け入れるしかない。私の妻になった娘がそう言った」
「何とお気楽な」
「妻の侮辱は許さん」ミハウはまだ言い募ろうとした男を遮った。
「……分かった」
「それと、人手があったら貸して欲しい。人手不足なんだ、こちらが怪我をして血を流しても死なぬ者が望ましい」
 真面目な男は真っ直ぐにミハウを見る。ミハウも笑いもせずに彼を見返した。
 男は低い声で答える。
「この国は眠ったような国だ」
 同じ言葉でもこの男が言うとどっしりと重く響く。
「私を見ても誰も何も言わん。親戚の誰か、知り合いの誰かにそんな奴がいる。皆そう言っている。私は領地で取り残されて、ひとりだと思っていたが、そうでも無かったのだな。死んでゆく者、生きてゆく者、そうだな、あなたの妻が正しい」
 自分の頭で考えて消化した言葉なのか。それとも目の前で実際に何度も目にした故に出て来る言葉か。強い男を見ると羨ましいとミハウは思う。
「心当たりはあるのだ、王都に出仕するよう助言しよう。私もまた仲間に会いに来るか」
「その時は私の仲間を紹介する」


  ◇◇

 公爵夫人が目を覚ますとベッドに寝かされていた。侍女が側に付いていて世話をしてくれた。あの時、身体中が痛くなって正気を保てなかった。今は少しだるいだけである。医者が来て診察を終えて「ま、二、三日寝れば大丈夫でしょう」と帰って行った。

 翌日暇を持て余していると、午後のお茶に呼ばれた。
 広いサロンに何人かの客人が思い思いの席に座って談笑していた。招かれた席には国王陛下と王妃殿下がいて、公爵夫人が部屋に入ると二人は立ち上がってにこりと笑う。
 キラキラと輝く二人が並んでいると、まるで天使のようであった。背中に羽がないのが不思議である。公爵夫人はここが天国ではないかと部屋の中を見回した。

 席に座ってお茶を頂く。二人は熱いのが苦手なのかミルクティーにして飲んでいる。香りのよいお茶なのに勿体ないと思うと、少し余裕が出て来た。
「大丈夫ですか、お加減はいかが」
 銀の髪、グレーの瞳の現実離れした少女とも女性とも見分けのつかない王妃殿下が聞く。こんなに美し過ぎると人は恐怖を抱くものなのか。他の事を考える。
「ええと、確か猫が罠にかかっていて、あの猫は大丈夫でしょうか」
「まあ、お優しいのね。猫の事を先にお聞きになるなんて」
「わたくしなんか、何も出来ないつまらない女ですもの」
「そんなこと──」
「わたくしにも聖女のような力があればよいのに、本当に何も出来なくて」
「そんなことはございませんわ。奥方様はお優しい方です」
「でも、わたくし誰からも蔑ろにされて」
「そうなのですか」
「はい、話をすれば物語みたいな絵空事ばかり言う。夢でも見ているのか少しは現実を見ろと不満もあらわに叱られます」
 天使様におすがりするようにぽろぽろと愚痴が転がり落ちる。

「まあ、奥方様はそんなご趣味がございますのね」
 横から口を出したのはマガリだった。
「このような廉価本がございますのよ。もちろんボロウスキ公爵家では大層立派な本がお読みになれると思いますけれど、大衆の読む本は馬鹿になりませんの。そう思いになりません?」
 身を乗り出すように言われてつい頷く。
「ええ、思いますけれど」
「奥様は、もしかしてそのような物語などお書きになりますの」
「え、ええ、でも父親にも旦那様にも叱られて……、お亡くなりになった殿下は褒めて下さいましたけれど、ご病弱な方で……」
 公爵夫人はこらえきれなくなってポロポロと涙を零した。
「生きていて欲しかった。どうして死んでしまわれたのでしょう。わたくしひとり取り残されて、誰にも侮られて──」
 マガリは公爵夫人にハンカチを差し出しながら、それとなく勧める。
「奥様には才能がおありですのね。このような廉価本ではなく、もっと美しい装丁でお出しになれると思いますけれど、こちらも馬鹿に出来ませんのよ。練習に一つ物語をお書きになってみてはいかが」
 王妃の側付きの侍女は、薄い廉価本と呼ばれる本をたくさん差し出した。勧められるままに少し読んでみる。そこには恋愛や冒険ものや聖女物騎士の物語など様々な物語があった。

 どうしてこのような事になったのか。しかし公爵夫人は生まれ変わったような気持になって物語を書き始めたのだ。
 一度マガリに見せると手厳しい批評を受けたが「才能のある方はようございます。私どもは逆立ちしても書けませんのよ」と言われると頑張れてしまう。
 初めて自分の書いた物語の廉価本が出て、お小遣いよりよっぽど少ない原稿料を貰ったが、嬉しくて仕方がない。

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