修道院で生まれた娘~光魔法と不死の一族~

拓海のり

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52 ルーク湖畔別邸

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 ミハウは細かく刺繍の入った黒い縮緬のドレスを着て、ベールの付いたトーク帽を被って妖艶な女装姿となった。エドガールとブルトン夫人と三人で大聖堂に行くという。王都の大聖堂に生き残りがいないか調べる為に王都に飛んだ。
 アストリは祖父と一緒にブルトン夫人の領地の屋敷でお留守番であった。

 まだ体調が十分でない祖父はベッドで療養中だ。
「頭が痛い……」
「まあ、お薬を──」
「そうではない。あ奴がいきなりたくさんの情報を寄越して来るから、処理が追い付かんのだ」

 そういえば廃教会堂から出立する時ミハウが過去を話してくれて、その時にまるで絵をパラパラと見るように頭の中に情景が浮かんだ。絵と話とが頭の中でジグソーパズルのようにバラバラで上手く当てはまらなかった。
 話もしないでジグソーパズルだけだと余計に大変だろう。それに祖父は外務卿をしていたと聞いた。多分その辺りも期待しているのだろう。
 アストリは猫になった時に見たノヴァーク王国の外務卿の顔を思い浮かべた。人が好さそうで、押しの弱そうな、ちょっと目がうろうろして──。

「そうなのですか、お祖父様に期待しておいでなのですね。私で分かる事は何でも聞いて下さい」
「アイツは端からこき使う気か、少しは年長者を労わらぬか」
 自領の礼拝堂でみんなを散々心配させて、やっと生き返ったレオミュール侯爵はそこに居ない孫娘の連れ合いの文句を言う。
「さあこれを飲んで少しお休みになって」
 アストリが差し出したワイングラスには適温に冷やされた蜂蜜色の液体が入っている。一口飲むと芳醇な香りと濃厚な甘みと酸味が同居した複雑で絶妙なハーモニーを奏でて口の中に広がる。
「このワインはトカイ?」
「はい、頭を使うお仕事には甘味が良いかと」
「美味いな、これをどこで」
「仲間のジャンがシェジェルの村で作っております。なかなか難しいようで当たり年とそうでない年があると聞きましたけど」
 アストリが屈託のないジャンの笑顔を思い浮かべながら言うと「これは薬の材料にもなるぞ」と教えられ、祖父の知識の一端を垣間見た思いである。
「そうなのですか。レシピを調べて作ってみますわ」
「ああ、そうしなさい」


  ◇◇

 ボロウスキ公爵はルーク湖の湖賊掃討作戦を展開していた。湖賊の内情をよく知っている公爵にとって掃討は容易いものであった。アジトを襲い、船を焼き払い、次々に討伐して行った。


「船を作っているのだ」
 一段落つくと、マリーの店に行ってその手を取って語る。
「まあ、お船ですの」
「ルーク湖に交易用の輸送船のルートを作るのだ。今までは湖賊やサーペントが暴れておったが殆んど退治したぞ」
 サーペントはこちらに手出しして来ないので、ボロウスキ公爵は退治していないがマリーに吹聴する分には大事ない。
「まあ、サーペントに遭ってみたいですわ」
「おお、会わせてやる。あ奴ら築いている港を見張っておるわ」
「首が長くて美しい竜と聞いておりますわ。湖に浮かんでいると絵に描いたようだとか、そのような所にホテルがあると遊びに行きたいですわね」
「工事を見届ける為の別邸があるぞ。そこに招待しよう」


 そういう訳でボロウスキ公爵は、マリーを連れて建造中の船のドックや工事中の湾港を見せて回った。最後に遠目に優美なサーペントの姿を眺めてから、豪奢なルーク湖畔別邸に案内する。

 湖賊の討伐はほとんど終わって、残りの残党を処理するばかりになっている。公爵はもう息の根も止めたも同然と考えていた。しかし湖賊たちの残党は公爵を憎んで牙を剥いた。油断していた公爵に捨て身で襲い掛かったのだ。

「バカにしやがって」
「目にもの見せてやる」
「いいか、これは俺達の意地だ」

 湖賊たちは湖側と山側から二手に分かれて別邸に襲い掛かった。
 念入りに仲間のひとりが屋敷に潜り込んで、その日の酒宴の酒樽に睡眠薬を混ぜ込んだのだ。警備兵全員に渡った訳ではないが半数が眠り込んでしまった。
 そして夜陰に乗じて攻撃を仕掛けてきた。


 マリーは煙の臭いで起きた。睡眠薬など効かない体質である。屋敷が燃えている。起き上がってすぐ隣の部屋に駆け込んだ。
 眠っている公爵の胸倉を掴んで「起きて、火事よ!」と喚いたが起きない。平手で引っ叩いて「起きて!」と怒鳴った。
「む……、な……」
 様子が変で、一服盛られていると気付いた。
「起きて! 火事よ!『オ・フー』」
 思いっきり言葉に魔力を乗せて喚くと、やっとバチリと目を覚ました。屋敷は半分木造で、火のパチパチと弾ける音がする。煙が迫っている。
 公爵は剣を取りマリーの手を引っ掴んで部屋を出る。部屋の外は煙が充満し炎まで見える。
 マリーは水の呪文を唱えた。
「水よ『アクア』」
 二人の上にポチャンと水が落ちる。マリーは舌打ちした。勉強が足りない所為でボールに一杯分くらいの量しか出ない。無いよりマシかと何度か唱える。
「水『アクア』」「水『アクア』」「水『アクア』」
「おお、なかなかやるではないか」
 魔法は得意ではない公爵が褒める。

 二人はびしょびしょになって屋敷の階段を降り出口に向かった。だがそこには湖賊の残党たちが待ち構えていたのだ。皆、手に手に剣を構えている。マリーを見て「お、綺麗な姉ちゃんだぜ。オレらの慰み物にすっか」
「そうだ、こいつを踏ん縛って目の前で甚振って、見世物にしてやろうぜ」と、口々に悪趣味な事を言う。
「くそう、やられるか」
 公爵が剣を構える。護衛が何人か来たが湖賊の方が多い。あっという間に斬り伏せられた。
「ちょっと、その剣を貸して」
 剣を構える公爵の後ろにいたマリーは公爵の剣を掴んだ。「何を──」公爵が避けようとするが伸ばしたマリーの腕を掠って血が零れた。
「マリー!」
 燃え盛る赤い炎を横顔に受けて、マリーの顔がニヤリと笑う。
「大丈夫、生きてたらまた会いましょ」
 髪がほつれて火に煽られて舞っている。切れた白い腕から血が迸る。それが獲物を追い求めるように弾けて飛んだ。
 まず、一番近くに居る公爵に襲い掛かった。
「ぎゃ!」
 公爵はその場に倒れた。血は倒れた護衛達にも、湖賊たちにも襲い掛かった。その場に居る者は誰も、短く悲鳴を上げてバタバタと倒れた。

「ぐ……、マリ……」目を上げると愛しい女が立っている。
 目を半眼に開いて、赤い唇がにこりと笑って白い肌に炎の赤が映える。まるで東洋の天女の像のような美しい女。
 せっかくこの別邸に連れて来て、良い加減で酔っぱらって、今宵こそ、今宵こそ口説き落とそうとしたのに、不覚にも眠りこけてしまうとは──。
 ここで、ここで死んでなるものか。

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