修道院で生まれた娘~光魔法と不死の一族~

拓海のり

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56 それぞれの居場所(1)

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 ボロウスキ公爵は帰ると言い置いて、マリーの手を握ってそのまま店の外に出た。公爵の前に馬車が来て、マリーの手を掴んだまま馬車に乗る。
(ところで、どうして私はこの男に手を引かれて馬車に乗っているのだろうか)
 誰も引き止めないのはどうして。
 んー、でかい犬が尻尾を振っている。マリーの手を取って握り締めて、何ならすりすりしている。

「何処に行くのよ」
「俺の屋敷に決まっておる」
「何が決まっておるよ。下ろしてよ」
「まあまあ、これからどうするかについてもだな、色々相談をする必要がある。この前の火事で色々と不味いことになっておるのだ」
「そうなの? 困ったわね」

 公爵が考える振りをするからどうしようと思ってしまう。この国から出たくはないと思う。それが仲間がいる所為かどうかは分からない。
 犬はマリーの隣に座って、手を握り、ゆっくり尻尾を振りながら「困っているんじゃ」と囁く。なでなでして、すりすりして。

 そして、屋敷に着いて当たり前のように公爵の自室に通されて、一杯やって、押し倒された。こういう強引な男であった。シュンとしていたので見誤った。

 マリーはいつも見誤る。男運は良いのか悪いのか。前の男は国王になった。まあ最初から王太子ではあったが。
 今度の男は公爵である。そのまま公爵でいるのだろうか。
 分からない。


 マリーはある意味幸運の女神である。
 王太子は男爵家の娘と恋仲になっても、廃嫡もされずに王になった。国はガタガタになったがそのまま死ぬまで王だった。
 公爵は本当は排除されたかもしれない。しかし、マリーと出会って明後日の方向に走り出し、マリーの所為で仲間になった。もう排除は来ないだろう。

 あの甘い所のあるミハウもアストリも、仲間たちも、この国に自分の居場所を見つけ始めている。眠ったような古びた居心地のいい国に。


  ◇◇

 侯爵がシェジェルの鉱山に行くとミハウが出迎えてホテルに案内する。
「これはアストリからの土産だ」
「薬ですか」
「ああ、エリクサーだ。よく効く」
 ミハウは箱の中の瓶を取り出し一息に呷る。
「何だこれは、身体が刷新されたような気分だ」
「君がそうなると恐ろしいな」
 二人は軽口を叩きながらホテルの上階に行く。

 部屋の中にはすでに何人かの人数が待ち構えていた。彼らは公国に関係のある人物達で、公国を後押ししていたが近年事情が変わって、後押しをするよりも手放してしまおうとしていた。その押し付ける相手にノヴァーク王国を選んだのだ。

 何も生み出さない、苦情処理ばかりの公国に嫌気がさして投げ出したのだ。どの国も内憂外患を抱えている。もはや内紛ばかりでどうしようもないちっぽけな小公国に人と金を割く余裕はない。しかし、放って置けば自国まで巻き込まれかねない。火の粉は差し迫っている。彼らは勝手に後押しをそれぞれにしていたが、手を焼いていた。
 ミハウにしてみれば、とんだとばっちりであった。

 しかし、内紛ばかりで安定しない国を切っても、流入して来る人間は引きも切らない。不安定なままではどこの国も迷惑を受ける。纏めて押し付けると決めたのだ。ノヴァーク王国がミハウが居なかった所為でかなり弱腰であったからだ。ミハウにしてみればズルズルと逃げていた訳で、身から出た錆かもしれない。

 レオミュール侯爵はこれをうまく纏める為に呼ばれた。引き受けるしかないのだ。いかに外交手腕をもってして、こちらが有利になるように導けるかが問題であった。侯爵の試金石であったし、この孫の連れ合いはこういうことを当てにしているのだ。侯爵は白々しい顔を睨んで徐に口を開く。

 レオミュール侯爵は見場が良い。背が高く銀髪でグレーの瞳の紳士である。同じ色を纏っていても、アストリが猫であるならば侯爵は豹だろうか、黙っていても彼に目が行く。話始めればその声の良さ、活舌の良さに聞きほれる。理路整然とした話につい取り込まれてしまう。これを魅了といわずして何と言おう。

 東の国の弱み、北の国の弱み、調べは付いている。見場の良い切れ者そうな外見と語り口の良さから乗せられて、気が付いたら契約書にサインをしていた。
 侯爵は公国への支援金を分捕り、干渉の放棄を約束させ、ついでに東国、北国と協力関係を築いた。
 ミハウはニャリとする。自分だと重みが足りないのだ。信用の問題である。

「帝国は王国に戻るのか」北の国が懸念する。
 病床の皇帝を追い落として自分が皇帝になろうとする者と、過去の栄光を取り戻そうとする者とがいる。どの手を握るかである。のらりくらりと様子見をして躱していると後でしっぺ返しを食らうかもしれない。
「長くはもたんのでは」
「人は贅沢を知れば元に戻れん」
「内戦になると困る」
 足元に火が点いているのは誰も同じ。
 ノヴァーク王国もいつまでも眠った国ではいられないか。


  ◇◇

 ミハウは新しく併合された公国を辺境領としてエドガールに押し付けた。
「俺みたいな古参じゃなくて、もっと若い者をだな」
「エドガールが育ててくれればいい」
「お前も少しは面倒見ろ」
「私は忙しい。頑張ってくれ」
 逃げ足の速いミハウはさっさと逃げ出す。

「くそう、セヴェリン手伝え」
「いや俺は──」
 エドガールに捉まれて逃げられないセヴェリンはもはやエドガールの副官格であった。実際あっさり任命されて、王に叙任され騎士爵を賜った。
「おめでとう、これで君も貴族だな」
 一緒に叙任して辺境伯になったエドガールが言う。
「いいのか、俺は──」元々下っ端の兵士だった。平民である。
「いいんだよ。人材不足だそうだ」

 元は辺境伯だった男が言う。小公国の兵を纏めて遠慮なく鍛え配置してゆく。セヴェリンは相変わらずこき使われている。貴族になった実感はあまり湧かないが、召使や侍従やらを宛がわれ、立派な宿舎も宛がわれ、形だけは立派になった。

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