負け組の王太子と愛のない政略結婚をしました

拓海のり

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10 薬を盛った侍従

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「アガーテ」
 朝、誰かが呼んでいる。
 この、ふわふわして、温かくて心地よいまどろみの中で。

「うん……、誰よ、私は眠たいの。まだ、もう少し寝かせて……」
「アガーテ、朝だ」

 うん……? パチリと目が覚めた。起きようとしたが起きられない。しっかり後ろから腰に手を回されて抱き締められている。

「で、殿下!?」
「名前で呼べ」
「ヘルムート……」
「昨日は悪かった」
 私に手を絡めて、ぴったりとくっ付いている男が謝罪する。
「ヘルムート様は謝罪ばかりです」
「謝っても謝り足りぬ」
 背後から抱きしめて髪を撫で、囁く。その無骨な手の仕草が優しいから困る。
「あの人形は、もう出すな」
 謝罪の後で要求が来た。

「でも」
「私はアガーテに教えてもらいたい」
 ため息とともに吐き出す言葉が甘い。
「私は何も知りません」
「二人で学び合えば良いと思わぬか」
 甘すぎる。

 ああ、そうだ。私たちはどちらも初心者。二人で手を取り合って探究の旅に出るのだ。
「やっとこちらを向いた」
「恥ずかしいですわ」
「綺麗だ」
 唇にキスをする。そういえば結婚式以来だ。

 一緒に朝食を取った後、殿下は執務に向かう。私は王妃様とのお茶会が明日予定されている。お披露目の夜会やら、招待されてあちこちに出かける。そのための勉強もある。ドレスを作らなくてはいけないし、その打ち合わせもある。

 しかしこの重だるい身体で、夜会とかこなせるのだろうか。ヘルムート殿下は甘いけれど、外野はどうなのか。
 そうだ、薬を盛った男がいたのだから、私たちの仲を妨害する者は、結婚したからと言って手を引いたりしないだろう。



 重だるい身体でカウチに寝そべってお茶を頂いていると、ウルバンと探索君一号が帰ってきた。

『身柄を確保しました。かなり弱っているので、地下の部屋に寝かせています』
「え?」
 ウルバンの報告に驚く。
「どこか具合でも悪いの?」
『死にかけです』
「えええーー!」
 そうだ、私たちよりもっと危ない人がいた。薬を盛った男だ。口封じがあるかもと思っていたが、実際にそんなことをするのか。
 私は慌ててテラスに出ると地下に潜った。



 昨日のヘルムート殿下の話では、みんなで盛り上がって、みんなでその薬を口にしたようだ。殿下が特異体質であるのなら、その男を罪に問うのは違うような気がする。
 もしかしたら、誰かがその中に紛れ込んで、殿下に違う媚薬を飲ませたのかもしれない。悪意を持って殿下の行く道をねじ曲げようとしたかもしれない。
 彼に聞けば分かるだろうか。と、思っていたのだが。


 部屋に行くと、ベッドに横たわった男は、これが人間かというくらいぼろぼろで、非常に顔色が悪くて、息も絶え絶えで苦しそうで弱々しかった。

「ちょっと、大丈夫なの」
『もはや時間の問題かと』
 ウルバンが首を横に振る。
「そんな、何か薬はないの?」
『アガーテ妃殿下。昨夜、世界樹の精霊に頂いた──』
 私の後についてきたニコルが、エプロンから世界樹の葉を取り出した。
「ああ、世界樹の葉があったわね」
 昨夜は殿下に捕まって、それどころではなかった。
『こちらに拾い集めておきました』
「まあ、ありがとうニコル」
 本当に気の付く侍女だわ。

 ニコルがエプロンから取り出した葉を受け取る。この葉をどうすればいいんだろう、そのまま口に入れていいのかしら。絞った方がいいんじゃないだろうか。

 私の躊躇を見かねたのか、床下からにゅっと手が伸びて、私の手に持った世界樹の葉を、どこから出したのかすり鉢に入れたのはマドハンドだった。何かを入れろという仕種をするのでニコルを見ると『魔素を含んだ水を入れてくれと言っております』
「あらそうなの」

 ニコルが水を持ってきたので、魔力を水に流して魔素を含んだ水を作って、マドハンドの持っているすり鉢に注ぐ。
 マドハンドは世界樹の葉を砕いて、魔素を含んだ水と一緒にゴリゴリすりおろした。葉が溶け出して水と混ざる。あらかた混ざったところで私にすり鉢を差し出した。
「あ、ありがとう」
 マドハンドは早よ早よと死にそうな男を指す。
「わ、分かったわ」

 ニコルが男の口を開いたので、そこに世界樹の葉のすりおろしを捻じ込んだ。ニコルが口の中に塗り込める。すると、男が急にがくがくと痙攣を起こした。
 ぎょっとした私たちは一塊に固まって、じっと様子を窺った。緊張の何秒かの後、男の手がぱたりとベッドに落ちた。

「ひっ」
 私は顔を覆った。
 ニコルがそっと私に言う。

『もう大丈夫でございます、妃殿下』
「ほんとう?」

 男を見るとぐったりとベッドに眠っている。世界樹の葉をすり下ろしたマドハンドが、甲斐甲斐しくリネンで顔や口元を綺麗に拭った。じっと顔を見る。息をしている。どうやら生きているようだ。

『はい。息が楽になったようです』
「はぁ~、よかった」
 その場で脱力しそうになった。
『妃殿下、あちらでお茶になさいますか』
「そうね。でもその男は?」
『マドハンドが看てくれるようです』

 にょきにょきと床から生えた手が増えていて、こちらに向かって手を振るというか、追い出すような仕種をしている。
 こんな魔物に任せていいのだろうかという気持ちと、手際が良さ過ぎて魔物に負けたという気持ちと、色々複雑になる。


 リビングにしている部屋でひとまず落ち着くと、今度はウルバンが聞き込んだ男の事情を話してくれる。

『どうも、一緒に田舎に帰ろうと約束した女性に振られて──、それも手ひどく騙されたらしくて、お金やら荷物やら一切合切奪われて、女の情夫とその一派に、乱暴されて河に投げ込まれたらしいんです』

 騒ぎになっているところに行き合わせて、話を聞いている内に、川に投げ込まれたと知ったらしい。
「んまあ、そんな酷いことが⁉」
『川に捨てられたあの男を、探索君一号と俺とで引き上げてこちらに連れ帰ったのですが、危ない所でございました』
「そんな連中がいるの?」
『下町の酒場には、ガラの悪い連中や裏稼業連中もいますからね』
「ウルバンはそんなところに行くの?」
『騎士やら護衛仲間の話です』
「よくあの男を無事に、私の所に連れ帰ってくれたわね」
 すぐに探索君を捕まえに行かせて正解だった。

『いや、死にそうだし放っておくかと思ったんだが、このクモが連れ帰ったら何とかなるって言うもんで』
「まあそうなの?」
 クモがうんうんと頷いている。

 探索君一号はレベルアップして、地中からいろんなものを私に持ち帰ってくれた。それだけでも凄いのに、私、もしかしてもの凄いゴーレムを作ったんじゃないかしら。そう思ってクモを見るが、クモはつぶらな瞳を私に向けるだけだ。可愛い。

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感想 1

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みんなの感想(1件)

wednesday
2026.01.12 wednesday
ネタバレ含む
2026.01.12 拓海のり

感想をありがとうございます。
ネタばれになりますので、内緒。

解除

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