負け組の王太子と愛のない政略結婚をしました

拓海のり

文字の大きさ
9 / 10

09 ゆっくり優しく丁寧に

しおりを挟む
「誤解よ、世界樹の精霊さん。この精霊王は私の作った穴倉に勝手に不法侵入して住んでいたのよ。私は与り知らないわ」

『そうだ、イルミンスール。我はお前のような女が好みじゃ』

 木の精霊王に呼応するようにヘルムート殿下が断じる。
「アガーテは私の妃だ。間違いなく処女であった」
「いや、そんな大声で……、恥ずかしいです、ヘルムート殿下。もっとデリカシーを持って欲しいです。ていうか、あの魔獣状態でよく認識できましたわね」
「シーツを見れば一目瞭然だ」
「だから、恥ずかしいんですってばっ!」
 私は殿下の背中をげんこつで叩いた。
「うっ、アガーテ痛い」
 なんか嬉しそうに、私に叩かれているのだけど。

「男は独占欲が強いのだ。私にはアガーテを自分のものだと主張する権利がある」

 こういう場合どう考えればいいのだろう。独占欲は誰にもあるけれど、私は独占されたいのだろうか。独占されたらどうなるというのか。そんなにしつこいとか、粘着質みたいな感じは受けないけれど。

 私たちの周りには様々な思惑の人々がいた。私に成り代わろうとする人。殿下を追い落とそうとする人。利用しようとする者、すり寄ろうとする者。私たちは当たり障りのない会話と適切な距離で、婚約破棄とか、白い結婚とか、お前を愛することはないとか、そういうよく聞く話を回避して結婚した。
 恋愛とかすべて置き去りにして。

『なんとそうであったか。まあよい』
(何が、まあよいなのよ。私ひとりが振り回されている感じだわ)
 ひとり拗ねる私の目に、枝のような腕を絡ませて仲の良さそうな二人の木の精霊が映る。足元に散らばる赤や紫の綺麗な葉っぱ。

 もしかして、この葉っぱって世界樹の葉なのかしら。世界樹の葉って、希少な薬の材料になるんじゃないかしら。某国民的ゲームでは、死亡したキャラを生き返らせる薬だ。

「これ、頂いてもいいの?」
『仕方がないのう。連れ合いが迷惑をかけたようじゃし、普通は一枚じゃが、今回は特別出血大サービスじゃ。すべて差し上げよう』
「まあ、ありがとうございます!」

 イルミンスールが落とした葉を拾う。七色の木の葉が落ちている。七色といっても、秋の七色だ。濃い赤、黄金色、燃えるような赤、銀色はススキか、濃いピンク、紫、濃い緑は栗か、独特の滋味に満ちて、しみじみとした趣のある秋の装いの葉だ。

 私の横で殿下も葉を拾うのを手伝ってくれる。
 綺麗な赤い葉を摘まむとふわりと良い香りがする。森の木のウッディで深みのある香り、甘い花の香、熟した木の実の香り、そんな香りが部屋に満ちる。

「まあ、この葉は何ともいえない良い香りがいたしますわ」
「そうだな……」
 だが葉を手に取って匂いを嗅いでいたヘルムート殿下の様子がおかしくなった。

「ガルル……」
「えっ、殿下。どうなさったの」
 昨夜の魔獣のような低い唸り声。荒い息を吐いて、苦しいとでもいうように襟元を緩めているがそれでも追いつかない。

『ある種の人間にとって、我の葉は精気を溢れさせるのじゃ、そして興奮すると猛り狂う者もいる』
「そ、そんな……」

 王子の変身を目の当たりにした。この人、ジキル博士とハイド氏みたいに人から魔獣に変わるんだわ。とても怖い顔でギラギラした目が私を見て、などと悠長なことを考えている暇はなかった。

 ヘルムート殿下は美しい木の精霊には目もくれず、私に目を留めると襲いかかった。
「女ーーー!」
「きゃあ。何でこうなるの!?」

『ヤツの女は、主だけのようだ。面倒くさいヤツじゃ』
 のんびり木の精霊たちは、助けようともしないで見守っている。
『見ているのもつまらぬ。我は戻る』
 イルミンスールは助けるどころか引き上げようとする始末だ。
『我も主の作った寝床でのんびりするか』
『主の寝床はよいか』
『よい』
『折角ここまで来たのじゃ、ちょっと行ってみるか』
『おお』

 木は仲良く葉っぱの生えた手を繋いで、その場でゴゴゴ……、と部屋を揺らし、地に潜っていなくなった。どうもあの世界樹の精霊が移動すると、大地が揺れるようだ。さすがに世界樹ともなればあまり移動しないだろうし、移動すれば大地も揺れるのだろう、……か?

 そんな考察などお構いなしに、息の荒い殿下にベッドに運ばれた私は、必死になってお願いした。
「まって、待って、やっぱり痛いのは嫌!」
 私は急遽作った土人形を呼び出した。
「作ったばかりの、おたふくちゃん一号!」
 二人の身体の間に何者かが出現した。

 説明しよう。
 探索君一号は、あれからも土から色々な物を掘り出しては、探索君用に作った倉庫に貯め込んだ。私はそこに粘土があると、持ち出してせっせと捏ねた。人形部屋には土人形の予備を何体か作って、服を着せて並べてある。

「わっ、何だこれは」
「これはおたふくちゃん一号よ。私は痛いのは嫌なの。このおたふくちゃんで、しっかりお勉強してから、やり直しをしましょうね」
 私は殿下をおたふくちゃんに任せるとベッドから逃げ出した。

「ちょっと待て、お前はどこに行くんだ」
「私の部屋で寝ますわ。頼んだわよ、おたふくちゃん」
『アイアイさーーー』
「そんな頼まれてくれんでもよい」
『私、主の為に頑張る』
 おたふくちゃん一号は、私を追ってベッドから降りようとするヘルムート殿下を捕まえると、ベッドへと引き摺ろうとする。
「わー、何をする!」

 殿下とおたふくちゃんはベッドの上で揉み合ったが、魔獣化した殿下は強かった。あっという間におたふくちゃんを投げ飛ばし、部屋を出ようとする私を捕まえた。

「ガルル、逃がさんぞ」
「おたふくちゃん、殿下を!」
『ダメなようです。ごめんなさいーー』
 おたふくちゃんはまだ作ったばかりで、レベルが全然足りないようだ。あっさり地面に隠れていなくなった。そういえばニコルもいなくなっている。誰も入ってこないし、どうなっているの。

 私はドアのところで殿下に捕まって、ベッドに運ばれた。
「きゃ! いやです。痛いのはいや」
 私がそう言うと殿下はやや怯んだ。
「優しくするるる……」
 何なの、その言い方は。
「夜は長い。私は頑張るるる……」

「ゆ、ゆっくり、優しく、丁寧にしてください」
「わ、分かっているるる……」
 そう殿下は返事をしたけれど付け加えた。
「じっくり、いやらしく、ネチネチとだな、頑張るるる──」
「なんか違う。間違っている。全然違うーーー!」

 一度開いた身体、昨日の今日では馴染みようも違うというもの、それに昨日と違って暴言がないし、ゆっくりというかじっくりと、優しくというかいやらしく、丁寧にというか熱心に──、そうして夜は更けてゆく。


 夜は長いという殿下の言葉を、私は額面通りに受け取った。夜は長いから、ゆっくりじっくり行くものだと思った。
 しかしそれは違っていたのだ。彼は何度も夜が明けるまでしっかりと私と交わった。そりゃあもう赴くままに上になったり下になったり、薬の所為だ、世界樹の葉の所為だ、という言葉を免罪符に好きなだけ貪ったのだ。


 翌日は、痛みではなくて身体中がだるくて重くて、動きもすごきもしなかった。
 その上、朝目覚めれば、目の前に銀髪の美しい顔を無防備に晒して、その元凶が無邪気に眠っているのだ。

 ねえ。こういう場合どうすればいいの。ベッドの上で途方に暮れる私は、まだまだ初心者である。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

生まれ変わり令嬢は、初恋相手への心残りを晴らします(と意気込んだのはいいものの、何やら先行き不穏です!?)

夕香里
恋愛
無実の罪をあえて被り、処刑されたイザベル。目を開けると産まれたての赤子になっていた。 どうやら処刑された後、同じ国の伯爵家にテレーゼと名付けられて生まれたらしい。 (よく分からないけれど、こうなったら前世の心残りを解消しましょう!) そう思い、想い人──ユリウスの情報を集め始めると、何やら耳を疑うような噂ばかり入ってくる。 (冷酷無慈悲、血に飢えた皇帝、皇位簒だ──父帝殺害!? えっ、あの優しかったユースが……?) 記憶と真反対の噂に戸惑いながら、17歳になったテレーゼは彼に会うため皇宮の侍女に志願した。 だが、そこにいた彼は17年前と変わらない美貌を除いて過去の面影が一切無くなっていて──? 「はっ戯言を述べるのはいい加減にしろ。……臣下は狂帝だと噂するのに」 「そんなことありません。誰が何を言おうと、わたしはユリウス陛下がお優しい方だと知っています」 徐々に何者なのか疑われているのを知らぬまま、テレーゼとなったイザベルは、過去に囚われ続け、止まってしまった針を動かしていく。 これは悲恋に終わったはずの恋がもう一度、結ばれるまでの話。

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

【書籍化決定】愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

幸せな政略結婚のススメ【本編完結】

ましろ
恋愛
「爵位と外見に群がってくる女になぞ興味は無い」 「え?だって初対面です。爵位と外見以外に貴方様を判断できるものなどございませんよ?」 家柄と顔が良過ぎて群がる女性に辟易していたユリシーズはとうとう父には勝てず、政略結婚させられることになった。 お相手は6歳年下のご令嬢。初対面でいっそのこと嫌われようと牽制したが? スペック高めの拗らせ男とマイペースな令嬢の政略結婚までの道程はいかに? ✻基本ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。 ・11/21ヒーローのタグを変更しました。

【完結】重いドレスと小鳥の指輪【短編】

青波鳩子
恋愛
公爵家から王家に嫁いだ第一王子妃に与えられた物は、伝統と格式だった。 名前を失くした第一王子妃は、自分の尊厳を守るために重いドレスを脱ぎ捨てる。 ・荒唐無稽の世界観で書いています ・約19,000字で完結している短編です ・恋は薄味ですが愛はありますのでジャンル「恋愛」にしています ・他のサイトでも投稿しています

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

婚約破棄の日の夜に

夕景あき
恋愛
公爵令嬢ロージーは卒業パーティの日、金髪碧眼の第一王子に婚約破棄を言い渡された。第一王子の腕には、平民のティアラ嬢が抱かれていた。 ロージーが身に覚えのない罪で、第一王子に糾弾されたその時、守ってくれたのは第二王子だった。 そんな婚約破棄騒動があった日の夜に、どんでん返しが待っていた·····

良くある事でしょう。

r_1373
恋愛
テンプレートの様に良くある悪役令嬢に生まれ変っていた。 若い頃に死んだ記憶があれば早々に次の道を探したのか流行りのざまぁをしたのかもしれない。 けれど酸いも甘いも苦いも経験して産まれ変わっていた私に出来る事は・・。

処理中です...