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4 オヤジの事情
しおりを挟む時に運命の女神はとても悪戯をする。そいつにキューピッドの矢のおまけ付きだったりすると最悪だ。
結局、練習試合は、やって来た青陵高校が勝った。その後、反省会と親睦会を兼ねて近所のファミレスに繰り出す事になって、皆でゾロゾロと校門を出ると迎えの車が待っている。
「練習試合の打ち上げがあるんだけど」と、運転手に事情を説明すると携帯を取り出した。携帯に出たのは執事の伊東という男で、俺が同じことを繰り返すと「では、終わったらお電話をいただけますか。遅くとも八時までにはお帰りいただかなくてはいけません」と、きっちり門限を決められた。
今どき午後八時が門限だなんて小さなガキじゃあるまいし。
「どうした、大嶋。いいのか」
皆と一緒に近くに留まって様子を見ていた松下部長が心配して聞いてくる。
「ハイ、門限つきですけど」
俺の返事に「そうか」と言って、部活の連中と複雑そうな顔を見交わした。
「どうかしたのか?」
先に行きかけていた青陵高校の王子様が引き返してきた。
「いや、葉月。こいつ大嶋っていうんだけどさ」
部長が歩く道々、俺の事情を掻い摘んで王子様に説明しだした。
(そうか、王子様は葉月というのか)
俺は背の高い松下部長と葉月さんに挟まれて歩きながら、整った横顔をチラリと見上げた。葉月さんも気遣わしげな顔で俺のことを見ている。その爽やかな顔に憂いの表情が過ったような気がして首を傾げた。
「許婚?」
「いや、だから違うんですよ。俺、その人の所に修行に行った訳で」
(そうなんだ。俺は借金の形にあのオヤジに引き取られたわけで、誕生日が来たら……)
何だかちょっと切ない気分。どうしたんだろう、俺。
ファミレスでは俺の両隣に松下部長と葉月さんが座った。
「葉月ー、コイツ可愛いだろ」
松下部長が俺の頭を引き寄せて言う。葉月さんは、額に散った髪もそのままに彫りの深い顔をにっこり笑ませて鷹揚に頷いた。
「なかなか可愛いよ。ファイトのあるプレイをするし、いい選手になるな」
低い声。優しげな眼差し。こいつの周りだけ別の時間が流れているみたいな感じ。目と目が合うと、何故か顔が赤く染まってしまう。葉月さんはごく自然な仕種でナイトよろしく俺にメニューを取ってくれたり、水やらお絞りやら取ってくれたり、仕舞いには松下部長と張り合って俺にサービスする。
彼が俺に笑いかけたり話しかけたりするたびに心臓が音をたてる。俺はごく普通のノーマルな感覚をしていて、男にときめいたりするような奴じゃなかった筈だが、変だよな。
親睦会はあっさりお開きになって、葉月さんは一緒に来た連中と帰って行った。
「今度はウチに来いよ」と言い残して。
* * *
親睦会の後、迎えに来た車に揺られて屋敷に帰った。
着替えて食堂に行ったがオヤジはいない。執事に聞くと「お出かけです」と言う返事が返って来た。オヤジは大人で仕事をしているんだから、そうそう居るわけもないのか。
ダダ広い食堂で一人で飯を食った。先程のにぎやかな部活の打ち上げとはえらい違いだった。ホームシックにかかりそうだ。
だが静かなのは長くは続かなかった。オヤジの妹がまた現れたのだ。妹はツカツカと食堂まで入って来て言った。
「お兄さまは何処?」
「お出かけでございます」
執事の伊東は俺にしたのと同じ返事をした。妹は「そう」と気勢をそがれたように一旦唇を噛み、ふと視線をめぐらせて俺の顔を見つけると目を吊り上げた。
「あなたね、いくら兄さんが変わり者だからといって、そんな子供の癖に大の男をたぶらかして取り入るような真似をして、末恐ろしいわね」
オバサンの視線が怖くて言い返しも出来ずに固まった。
「ウチはね古くから続いた由緒ある家系なんですよ。あなたみたいな訳の分からない子供にこの藤原の血筋を汚されるのは堪らないわ。出て行っていただけるかしら。お金が欲しいならいくらでも用立ててあげるわ」
俺は確かに借金の形にここに引き取られた。だけどそれは俺の意思じゃなかった。俺の考えはどっちかというとこのオバサンの考えに近いし、この家から出れるものなら出て行きたかった。
でも、こんな風に言われると俺だって腹が立つんだ。
何もいるもんか。この家から今すぐ出て行ってやらあ!!と、そう啖呵を切りかかったとき目の前に背中が立ち塞がった。伊東という執事がオヤジの妹に向かって静かに言った。
「もうお引取り下さい。でないと、ご主人様に言いつけますよ」
オヤジの妹は息を飲んだように黙り、クルリときびすを返すと足音も荒く出て行った。彼女は戦法を間違えたようだ。はじめから俺を敵視している。そのガチガチの頭を変えるべきだよな。
目の前にある広い背中が温かく見えるぜ。
「ええと、伊東さん」
「はい、何でございましょう」
「俺みたいなのが来て、あんた反対しないの? 大切なご主人様なんだろ」
「左様でございますね」
執事はそう答えたが別に説明もせずに、何事も無かったかのように食事の給仕を続けた。ホカホカだった料理は少し冷めて味気なかった。
次の日、藤原が朝食の食卓についているのを見てホッとした。何だか自分がちょっと情けない。
「あんたって、いつ頃からこの家に一人で住んでいるの?」
「そうですね、もう十五年にはなりますか」
俺と同じ頃からか。オヤジはニコニコと柔和な顔で俺を見ている。
「何で? お姉さんと妹は?」
「別腹でしたから。私の母親が亡くなって父が再婚したんですよ」
(……? 姉がいるんだよな)
「そう、父には結婚する前から愛人がいたんですよ。私の母親は病弱でしてね。私は母が残してくれたこの家に高校生の頃からずっと住んでいるんですよ」
そうだったのか。藤原は寂しかったのかな。ニコニコと嬉しそうに俺を見ているオヤジに言った。
「俺、あんたの家族みたいになってあげようか」
「おや、もう私のお嫁さんになってくれますか?」
オヤジの顔がにへらと崩れた。手を俺の方に出してくる。俺は三歩引き下がって首をブンブンと横に振った。
「そうですか。私は優しいですよ。渉君、お嫁さんになりたかったらいつでも言って来て下さいね」
藤原は残念そうに手を引いた。まったく油断のならないオヤジだ。その俺を見て藤原が言う。
「渉君、時々は里帰りしてもいいですよ」
「えっ、いいの?」
「ですが渉君の家はこちらですから、八時にはちゃんと戻って来てくださいね」
「今どき八時っていうのは」
「大事な許婚ですからね、何かがあってからでは遅いんです」
俺みたいなチンクシャに、いやそれ以上に男に、何かがあるとはとても思えないんだが。俺は物好きな藤原の真剣に言う顔を見ながらそう思った。
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