5 / 15
5 弟は養子だった
しおりを挟むその日学校に行くと、クラスで待ち構えていた石原と辻が、また俺を教室の隅に連れて行った。クラスの皆が興味津々といった顔で見ている。
「昨日は練習試合があったそうだな」
目の前の壁が同時に聞いた。まさしくその通りなので俺はコクコクと頷いた。
「その言いにくいんだがな」
何をもったいぶっているんだ。石原と辻は顔を見合わせてから思い切ったように言った。
「気を落とすんじゃないぞ」
「決して世を儚んだりするんじゃないぞ」
「何でだ?」
「いや、お前の気持ちはよく分かっている」
二人はそう言って俺の肩に手を置いた。
(何が分かっていると言うんだ。男の俺が十五やそこらで借金の形に男の婚約者の家に引き取られて、あと少しで男の嫁にされるという気持ちが分るのか?)
「何があっても、俺たちがいるからな」
「そうだ。忘れないでくれ」
石原と辻はどうも俺を励ましてくれているようだが、何で今さらそんな事をされなければならないんだ。しかし彼らはそこまで言うと、自分で勝手に納得して、俺を囲っていた垣根を解き行ってしまった。
俺は一人取り残されて首を捻るばかりだった。
昼休みには部活の松下部長が来た。
「来週、青陵高校に練習試合に行く事になったが、お前はどうする?」
「え? 部長、もちろん俺も行きます」
何で聞くんだろう。自慢じゃないが俺は勉強はからきしだが、部活では五本の指に入る位の腕前なんだ。この前の青陵戦では負けたからお返しをしてやりたい。チラッと葉月さんの笑顔が浮かんだ。そうだ、あいつに褒められるぐらいには頑張らねば。
「そうか、無理しなくて良いんだぞ」
「はあ?」
「いや、じゃあ日程が詰まってから、また言うから」
部長は溜め息を吐いて俺の頭にポンポンと手を置くと行ってしまった。部長の背の高い後姿を見送りながら、何が何だか訳が分からなくて、やっぱり首を捻るしかなかった。
* * *
その日の部活が終ってから、昴の言う事が本当かどうか確かめる為に、俺は実家に寄ることにした。
家に戻ると俺より三つ年上で大学一年の武兄ちゃんがいた。
「よう、渉。元気か?」
武兄ちゃんは出かける支度をしていた。お袋に似てチビな俺と違って兄ちゃんは親父に似てでかい。優しい目で俺を見下ろした。
「うん。兄ちゃんは」
「まあな。お前のお陰で大学を止めなくて済みそうだからさ、時間があるときは出来るだけ親父を手伝っているんだ。親父もお袋も必死だ」
「そうか。何とかなりそう?」
「何とかしなけりゃあな。お前も頑張れよ」
そう言うと兄ちゃんはこれからバイトだと、もう出かけようとする。俺は武兄ちゃんを引き止めて聞いた。
「昴って俺たちと血が繋がってなかった?」
「お前、それを誰から」
「昴が」
「そうか。実は昔、俺はお前たちばかりが仲良いのに腹を立てて、昴にお前なんか兄弟じゃないやと喚いた事がある。つい口が滑ったんだな。昴はそれを憶えていて調べたんだろうな。昔から頭が良くて早熟な奴だったからな」
「じゃあ、本当のことなのか」
「まあな。顔見りゃ何となく見当付くだろう。あいつだけやたらと出来が良いし」
そりゃ昴は出来が良いし、頭が良いし、顔も良いし、瓢箪から駒が出たなんて思っていたけど、そうそう自然の摂理に反してそんな事があるわけもないか。
「あいつの親は?」
「お前、憶えてないか?」
「……?」
「昴は近所の子でお前とよく遊んでいたんだ。親が事故で亡くなったとかで、どこかの施設に引き取られるって時、お前が一緒に居たいって泣いて離さなかったんじゃないか」
「全然、憶えてない」
「俺も小学生の頃だしうろ覚えなんだが」
どうも俺の所為で昴はウチに引き取られたらしい。そこにドアを開いて当の昴が帰って来た。
「あれ、渉兄貴。戻ってきたのか?」
嬉しそうに俺に駆け寄ってくる。
「いや、里帰りしてもいいって言われたから」
昴が帰って来たので「じゃあ俺は行くぞ。渉、お前も修行を頑張れよ」と言って、武兄ちゃんは出かけて行った。
「うん」
俺が兄ちゃんを見送っていると、後ろから昴が拗ねたように言った。
「呑気だよね、あんたの両親は。息子がどんな事になっているか知らないでさ」
その言い方にカチンと来て言い返した。
「お前その言い方なんだよ。俺、ちゃんと修行に行ってんだぞ」
「嘘ばっかり。俺にはその藤原って男の魂胆が分かる」
何でお前に藤原の魂胆が分るんだ。
「昴、お前変だぞ。普通の男はそういう風に考えないぞ」
「だって俺は渉が居たからここに引き取られてもいいって思ったのに。ずっと一緒に居たかったのに……」
昴は悔しそうに唇を噛み締める。
「渉、もうあいつのモノになったの?」と、俺の方に迫ってきた。さっきから俺のこと呼び捨てじゃないかコイツ。
「だから、何でお前はそういう風に思うんだよ」
「俺は渉が好きなんだよ。あんなオヤジになんか渡すもんかっ!!」
昴は叫ぶように言って俺の腕を掴み、そのまま床に押し倒そうとした。
「おい、こら」
俺は昴の腕の中でジタバタと藻掻いた。小さな頃からこんな風にじゃれあって育ったのに、今さら好きだと言われても。大体、俺は男で昴も男なのに。
俺が暴れるので昴は余計ムキになって俺を抱き締めてきた。コイツまだ中坊のクセして、俺よりでかくて、俺より力が強い。俺より何でもよく出来て、悔しかったけど、自慢でもあったのに。昴が褒められると自分の事のように嬉しかったのに。
昴はキスしようと唇を狙ってきた。どういう訳かその時、俺の頭に葉月さんの顔がポンと浮かんで、俺は昴を突き飛ばしてしまった。悔しそうな昴の顔。ゼイゼイ息をつきながら睨み合っていると、ドアホンが鳴った。ドアが開いて迎えの車の運転手が遠慮なく家に入り、俺を車に乗せて屋敷に連れ帰った。
昴のことが心配だったけれど、俺にはどうすれば良いのか分からない。
0
あなたにおすすめの小説
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。
僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!
「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!
だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。
下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。
文章がおかしな所があったので修正しました。
大国の第一王子・αのジスランは、小国の第二王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。
ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄するから受け入れてほしいと言われる。
理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、
「必ず僕の国を滅ぼして」
それだけ言い、去っていった。
社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる