学校帰りに待っていた変態オヤジが俺のことを婚約者だという

拓海のり

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10 救世主が変身

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「あの、奥様」と、そこに家政婦らしき人が入って来た。
 その後ろから当の藤原がのほほんとした顔でやって来た。何処にいても緊張感のない奴だ。だが俺はその顔を見て、何だかホッと気が抜けてしまった。

「お姉さん。渉君に夕飯をご馳走して下さってありがとう」
 俺の目の前には冷めたコーヒーがあるだけだが。こいつはどんな顔をして言っているんだ。さすがに藤原の姉は慌てた。

「ええ、お食事にしようと思っていたんですけどね。その前のお話が長引いてしまって」
「何のお話ですか」
「仄香さんのことよ。あなたはいつもいつも、のらりくらりと逃げてばかりで」
(本当に婚約者なのか)

「その件はもう済んだかと。私の事業がうまく行ってない時、婚約を解消すると言ったのはそちらの方です」
(そうだったのか)

「あら、私解消なんて言ってませんわ」
 厚化粧の女が慌てて言った。
「ああ、あの時きっちりしていなかったのが悪かったようです。じゃあ、今解消しましょう」
 こんな大事な話をしているのに相変わらず藤原はのほほんとした顔をしている。

 しかし、姉とフィアンセは焦っているようだ。
「そんな、お姉さま」と、フィアンセは姉に縋った。
「許せませんわ。仄香さんは私の大事な従姉妹です。どうしてもというのなら慰謝料を払いなさい」
(……。末恐ろしいって言ったのは誰だよ)

「そんなものを払う気はありませんね。あなたの方から言ったことですよ、仄香さん。姉さん、渉君は学生です。余計なことで煩わせるのはよくありません」
(あんたのことが一番余計なことなんだよ)

「では帰ります。今度、このようなことをされたら縁を切ります」
「まあ」
「何という」
 フィアンセだった厚化粧の女は今までの甘ったるい態度を一変させた。
「私、こんな侮辱は許せませんわ。あなたのことをホモだと言いふらしてやる」
「では、私も仄香さんが出入りしている、いかがわしいホストクラブのことを言いふらします」
 藤原は相変わらずだ。のほほんと緊張感のない声で切り返した。しかし、フィアンセはサッと顔色を変えた。

「なっ、私はただ……」
「もっと色々調べてありますよ」
 藤原はニコニコ笑っている。コイツそんな顔で脅すわけか。化粧オバケは顔色を変えて藤原を睨み付けた。
「雅彌。若いうちは過ちがあっても仕方のないこと。そんな子よりも仄香さんの方がもっとずっとマシです」

 お姉さんはまだ言っている。
 藤原は肩を竦めると、俺の腕を掴まえて立たせた。藤原はここに来て一度も腰を下ろさなかった。
「渉君、帰りましょう。お腹が空いたでしょう」
 俺の肩を抱いてそう言うと、後ろも見ずに部屋を出た。


 * * *

 車に乗るともうぐったりとして、カバンを抱いてシートに寄りかかった。ふと指に触れたのは藤原人形だった。
 俺はものすごく腹が減っていたんだ。だからきっとイライラしてそんなことを言ったんだ。

「あんたなんか嫌いだ…」

 隣に座った藤原がどんな顔をしたのか俺は知らない。だって俺はカバンにぶら下っている藤原人形を見ながら言ったから。どうせいつもの顔だと高を括っていた。
 さっき会ったフィアンセよりも、もっと気になる奴がいた。この人形と同じような人形があるという。それははるちゃん人形といって、あの綺麗な奴の人形で、それを作ったのは藤原なのか──。

 ──好きなんだ……。
 葉月さんの声が不意に頭の中に響いた。
 ──君は、はじめて会った頃のあいつに似ている。

「あんたなんか嫌いだ。俺はもう家に帰るんだ」

 だって俺はチンクシャで、あんな奴になんか全然ちっとも似ていない。似ていないのに、もしかしたら藤原は──。

「俺は、もう、嫌だ」

 葉月さんと同じ顔をした藤原の顔がぐるぐる回る。俺は身代わりか。頭の中がごちゃごちゃで俺は自分が何を言っているのか分らなくて、藤原がどういう顔をしていたかも全然気が付かなかった。


 藤原は屋敷に着くと本物のヤマタノオロチになったんだ。鎌首をもたげ、俺の身体にグルグルに巻きつき、くあっと口を開けて俺に襲い掛かってきた。

 約束が違うじゃないかーーー!!!
 腹が減ってて戦が出来ない。せめて、誰か俺に草薙の剣をくれーーー!!


  * * *

 玄関に入ると藤原はむんずと俺の腕を取り、俺を自分の部屋に連れて行こうとする。

「イヤだ、約束が違う。俺の誕生日まで待つって言ったじゃないかぁーー…!!」
 俺は藤原に引きずられながら叫んだけれど、なんせ腹ペコで力が入らない。叫ぶ声も掠れがちだった。

「渉君に嫌われているようなので、逃げられたら困りますし。そう、発想の転換です。体から好きになってもらうことにしました」
(こんなときに発想の転換をするかぁー…!?)

 藤原の部屋に着いてベッドルームに放り込まれた。うにゅっと変な感触がした。ベッドに何かいる。
「何コレ……」
 うにゅっと手に触れた物はどうも人形のようだ。それも等身大の、一応パジャマらしきものを着せられていて、どうもどこかで見たような顔をしている……。

「わっ!! コレ、俺っ!?」
「それはネコです」
 呑気な声が背後から聞こえた。振り向くと藤原は背広を脱ぎネクタイを外しているところだった。

「ネコって、コレ俺に似てないか?」
「もちろんちゃんとした機能もついています」
(機能って何だよ……)

「オイ、こんなモンたくさん作ってんのかよ」
「ああ、コレは特注品ですので一個だけです。安心してください。まだ使っていませんし、私は生身の方がいいですから」
「生身……」

 俺は人形と藤原を見比べた。ネクタイを外した藤原がベッドに乗り上がってくる。先程の俺との格闘で前髪が額に散らばって、笑っているけど瞳が笑っていない感じで、別人みたいなんだけど。

「少し早いですがまあいいでしょう。渉君には立派なネコになってもらいます」
「ネコって、何だよっ!?」
「男同士でやる場合、女の役をする方をネコといいます」
(やるって、ゲームとかじゃないよな……)

 俺は人形を持ったままベッドの上を後退りした。藤原が迫ってくる。何だか捕まりたくなかった。
(こんな人形なんか作って、立派なネコにして、その後どうするつもりだよっ!!)

 人形を藤原に投げつけた。ベッドの反対側から飛び降りて逃げようとしたけれど、足が伸びてきて引っ掛けられてビタンッと床に引っ繰り返った。

「痛っ……」
 コイツこんなに足が長かったっけ。背後から首根っこを捕まえられてベッドに放り投げられた。ベッドのスプリングを味わっている余裕もなく、すぐに藤原が降ってくる。

「ひぁ」と悲鳴のような声が漏れた。
 俺は腹が減ってて力が出なくて、でもそれ以上にコイツに借金があることのほうが頭にちらついていた。どうせ花を散らすなら、正しく俺の誕生日にホテルで花など飾って、キンコンカンと鐘なんかも鳴らせて、お祝いの花束など受けて、そして、そして、そして──。

(……、いつから俺はそんな少女趣味に陥ったんだ!?)

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