学校帰りに待っていた変態オヤジが俺のことを婚約者だという

拓海のり

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9 藤原にはフィアンセとやらがいる

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(ショックだ……)
 葉月さんがあの子を好きだから。
(──だよな。そ、そうだ。そうに決まっている。って、という事は俺はこの王子様を好きなのか?)
 男を好きになるなんて、とうとう俺も男子校の悪しき風潮に染まってしまったのか。それもこれも皆あのオヤジの所為じゃないか。

「そういえば君は、出会った頃のあいつに何となく感じが似ているな」
 葉月さんが眩しそうに目を細めて言った。
「俺が……?」
 それを聞いた俺の頭の中では、何故か葉月王子様の顔とオヤジの顔とがぐるぐる回るんだ。


 * * *

 試合の後、また軽く打ち上げをして、皆と別れた。葉月さんにまた会うことがあるだろうか。爽やかな笑顔を見ると胸がキュッと締め付けられるようだ。今度会ったときには俺はもう……。

 しかも、そのオヤジはもしかして──。


 迎えに来た運転手はいつもと違う奴だった。俺を乗せて車は藤原の屋敷ではなく全然違う方角に行く。

「何処に行くんですか?」
 どこか違う所で食事でもするのだろうか。しかし運転手は言ったのだ。
「これから龍造寺様のお屋敷に参ります」
「りゅう……?」
「藤原様のお姉様に当たられます」
(姉……? この前来たオバサンじゃないのか)


 車はやがて広くて古びた屋敷に着いた。二階建てで建て増しを繰り返してツギハギだらけになったような屋敷で、洋風なのか和風なのか渾然と交じり合って分からない。
 低い天井からシャンデリアが下がった洋間に案内された。隣に作られたサンルームからグリーンの葉っぱがいっぱい覗いている。

 その姉というのはなかなか出て来なかった。出されたコーヒーは苦くてすきっ腹に流し込むのをためらった。そのコーヒーが冷めた頃になって、やっと中年の女が部屋に入って来た。この前見た小太りの妹と違って、背が高くて痩せぎすの女でチラリと俺を見た視線はひどく冷え冷えとしていた。

 中年の女の後からもう一人女が入ってくる。歳は三十くらいだろうか、美人といえば美人だが、こってりと塗りたくった顔から身体から香料が流れてきて鼻を摘みたくなった。

 俺は男兄弟ばかりで母親も化粧っ気はあまりなかったからな。
「雅彌と話していたのでは埒が明かないから、あなたとお話しすることにしましたの」

 藤原の姉は優雅に俺の前の椅子に座ってそう言った。膝に置いた手にはマニキュアの付いた長い爪、大粒の宝石が付いた指輪を幾つもしていた。後ろに流した髪を手で払うと襟元で重そうなネックレスがジャラと揺れた。

「こちらは佐藤仄香さんと仰るの。雅彌のフィアンセよ」
 藤原の姉は厚化粧の女をそう紹介した。
(フィアンセって婚約者のことだよな)

 ええと、つまり藤原は二重に婚約していたのか? それはもしかして結婚詐欺とか……、違うか。
 この姉はどういうつもりで俺を呼んだんだろう。身を引けって言うのなら……、俺はどうしよう。
 俺はそこで何をためらっているんだ。


 自分で自分が分からない。俺は一体どうしたいんだ。悩む俺を冷たい瞳で見据え藤原の姉は言った。
「雅彌の気まぐれにも困ったものだけど。仄香さん、こんな子ならあまり心配することもないのではなくて」
 佐藤仄香という厚化粧の女は俺を見て冷笑した。

(腹が立つよな。俺だって、こんな女には勝ったと冷笑してやりたいぜ。子供を舐めんなよ)
「ええ、お姉さま。でも、外聞もございますし」
 甘ったるい口調だった。空きっ腹に香水の臭いが沁みて気分が悪い。
「そうね」
 藤原の姉は重々しくフィアンセに頷いて俺に向き直った。

「あなた、身を引きなさい」
「今だったら、私は雅彌さんを許して差し上げますわ」
「うちはとても由緒正しい家柄なの。あなたのような子供が継げるような家じゃないの」

「そうなんですの。古くからのしきたりがたくさんございますし、お付き合いも大変ですの」
 女二人が次々とまくし立てる。俺が口を挟む余地なんかなかった。

 この女が藤原のフィアンセならば随分と趣味が悪いと思う。大体、人を勝手にこんな所に連れて来て、何時間も待たせた挙句、俺にはどうしようもない話をされても困るんだよな。

「これだけ言ってもまだお分かりにならないのかしら」
 藤原の姉が睨み据えた。
「随分と強情な子じゃありませんこと」
 お化粧オバケがハンカチを口元に持っていった。

(俺は腹が減っているんだ。不味いコーヒー一杯で、俺にはどうしようもないことをぐたぐた言われると腹が立ってくるんだが)
 いい加減帰りたい。俺には借金があるって説明すれば解放してくれるだろうか。

「俺は借金があって……」
 しかし、俺が借金のことを説明し始めた途端、藤原の姉はピシャッと遮った。
「あら、それとこれとは別です」
「そうですわ。お金が欲しいのかしら、この子。将来が末恐ろしいですわ」
 じゃあ、どうしろっていうんだろう。その俺の疑問に答えるように姉が言った。

「あなたのような子でも買いたいという殿方はおありでしょう。そういう方を目当てになさいませ。うちの雅彌はちゃんとした家柄の出です。あなたのような子と訳が違います」

 俺に身売りをしろっていうんだろうか。家柄がどうのとか言いながら人には売春を勧めるのか。それが家柄のいい奴のやり方か。

 俺の親父は藤原に借金があって返済のめどなんか到底立たなくて、俺は藤原という、本物の頭がどれか分からないようなヤマタノオロチの生贄に捧げられたんだ。フィアンセがいようが結婚がどっち向いていようが、俺に婚約者だと言って来たのは藤原で俺じゃない。

 何だか急に馬鹿馬鹿しくなった。大体、俺みたいなチンクシャを買うような物好きが他にいるとは思えない。俺は開き直って藤原の姉の顔を見た。

「だから、あなた身を引いてね」
「身を引いてもいいが、借金はどうなるんだよ」
「お金の話じゃないでしょう」
「金の話なんだよ」
「まあ、なんて子でしょう」
「だから、あなたはご自分に見合った方を見つけなさいと」
 藤原以外にそんな物好きはいないと、俺はいつの間にか決め付けていた。話は何処までも平行線を辿った。

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