8 / 15
8 天使がそこに舞い降りて
しおりを挟む「渉君。私の人形は気に入ってくれませんか」
藤原がやや気落ちしたように言う。いつもの食堂で俺の向かいにポスターと同じ顔がある。この顔は喋るし表情も変わるのでポスターよりマシだろうか。
「あ、いや」
気に入らないとか言う権利は俺にはないんだが、藤原は俺のカバンに人形を付けることを強いた。そんなものを付けているのは恥ずかしいので学校に行って外すと、いつの間にかカバンに付いている。俺もしつこく何度も外したが帰るまでには戻っている。まるで呪いの人形みたいだった。
「写真にも、ちゃんとキスをしていますか」
「え」
(まさか、本気だったのか?)
俺の財布は藤原の写真入の物に替えられた。それはもう外せないようになっていて、俺は財布を出すときは写真が見つからないように気を使っていたんだが、見つかってしまったんだよな。財布はいつもは仕舞っておけるから諦めているけれど。
何かこう藤原虫に自分の領域をひたひたと侵されている感じ。侵入をされても打つ手もなくて、藤原はそうやって徐々に俺の頭まで洗脳する気だろうか。
俺の帰る家はここで、親父やお袋や兄ちゃんたちは店の再建に懸命で、俺は取り残されて藤原が家族の代わりにいる。このまま藤原に取り込まれて俺は藤原一色になるのか。
金曜日に青陵高校に練習試合に行くと報告すると、藤原は嬉しそうに私の母校ですと言った。
「いい学校ですよ。渉君も青陵高校に転校しますか?」
「いや。いいよ、俺は」
一瞬、葉月さんの顔が浮かんだ。同じ学校だったら毎日会えるのか。即答で断らないで少し考えればよかったかな。
「そうですか、青陵高校にねえ」
藤原は遠くを見るような目つきをした。その目がにへらと崩れた。
その表情の意味を俺は金曜日に行った青陵高校で知ることになる。
* * *
その金曜日の放課後。俺たちテニス部はバスに乗って青陵高校に行ったんだ。葉月さんは他の部員と一緒ににっこりと笑って出迎えてくれた。
「やあ、よく来てくれたね」
嬉しそうに迎えてくれる葉月さんの顔を見て、俺の顔はどういう訳か赤くなった。
葉月さんの横には一人だけテニスウエアを着ていない男がいた。細い眼鏡をかけた黒髪短髪で背の高いなかなかハンサムな奴で、俺の顔を見て「君が大嶋渉君かい」と、にこりと笑った。
どこかで同じような事を言われたと考えて、藤原とはじめて会ったときのことを思い出した。そういえばこの男は藤原と何処となく感じが似ている。
「僕は東原というんだ。よろしくね」
「あ、はじめまして。大嶋です」
丁寧な喋り方だが油断がならない感じだ。こいつと葉月さんは仲がいいのかな。
「おい、東原。もう用はないだろう」と、葉月さんがその男を追い払おうとしたとき、その声が聞こえたんだ。
「オーイ、葉月」
途端に葉月さんの顔付きが変わった。昨日見た藤原と同じように顔がにへらと崩れた。飛ぶようにしてその男の側に行く。
葉月さんを呼んだ男を俺たちは見た。
なんていうかキラキラと輝くように美しい男。ああ、俺の少ない語彙では言い表せない。一緒に行ったテニス部の連中が息を呑みこんで見とれている。
天使がそこに舞い降りて皆はその場にひれ伏した。ひれ伏しつつその姿を拝まんと仰ぎ見た。そう、そういう感じ。
その時、まだ隣にいた東原という男が言った。
「おや、君は面白いものを持っていますね」
俺のカバンにつけた藤原人形を見つけたんだ。
「え、あ、これは」
除けても除けてもいつの間にか俺のカバンに付いている呪いの藤原人形だった。
「葉月君も持っていますよ」
「えっ」
「モデルは違いますが」
「モデル」
「そうあの子。葉月君が持っているのは、はるちゃん人形っていうんですよ」
東原という男はそう言って、にっこりと藤原と同じような笑みを浮かべた。
俺の頭の中で藤原のにへらと崩れた顔と、同じ表情をした葉月さんの顔がぐるぐると回った。
俺はその時、冷たい水の中にいきなり投げ出されたような気がした。訳も分らず身体が震えた。その天使のような綺麗な男は葉月さんと少し話すと行ってしまった。明るい笑い声がそこに零れ落ちた光の滴のように耳に残った。名残惜しそうなみんなの顔。葉月さんとて例外ではない。
「どうも、じゃあ案内します」
そう言ってこちらに戻ってきたときには、葉月さんは爽やかないつもの顔に戻っていた。でも俺は知ってしまった、見てしまった。
「どうしたんだ、渉」
松下先輩が聞く。
「いえ、何でも。あの、さっきの奴は?」
「さあ、えらく綺麗な奴だったな。でも心配すんな、お前の方が可愛い」
(いや、そんなことでショックなんじゃないんだけど──)
ああ、そうなのか。俺はショックを受けたのか。誰に、何に対してだろう。
「今日は俺が大嶋君の相手をしてあげるよ」
葉月さんがにこやかに俺に試合を申し込んだ。
「待てよ。渉はまだ──」
松下先輩がそれを断ろうとしたが葉月さんは譲らなかった。
「いいじゃないか。素質があるから見て見たいんだよ。いい練習になるだろう?」
確かに自分よりグンと上のレベルの人と試合をするのはいい経験になる。結局葉月さんの申し出で、俺は葉月さんと3ゲームマッチの練習試合をする事になった。
しかし、やはりというか葉月さんは強い。上背から繰り出す強力なサーブは手許でグンッと伸びリターンをするのがやっとだった。それがクロスに返ってくる。やっとの思いで返球して、今度もクロスかと思うと同じところに落とされて、俺はコートの中を右に左にと走らされた。
ゲームに熱中して余計な思いはどこかに吹っ飛んでしまった。何とか一本をと願う。そこに絶好の好返球がバックに帰って来た。見逃すものかとスライスで返した球は見事に相手コートぎりぎりを掠めて飛んでいった。
「やられた」と、葉月さんの方が嬉しそうに笑う。
しかし、やはり圧倒的に葉月さんのほうが強い。コテンパンにやられて、一年でこんなに差があるかなと思いながら試合後の握手をすると、大きな暖かい手が握り返してきた。
ベンチに座って他の奴らの試合を観戦していると、ふとあの綺麗な奴のことが浮かんだ。
「葉月さんはさっきのあの綺麗な人を好きなんですか」
俺の唇から勝手に言葉が滑り落ちた。
(うわっ、俺よくこんなことが聞けるよな)
大体、相手は男じゃないか。ウチの学校ならともかく──。
しかし、葉月さんは好きだと頷いたのだ。
0
あなたにおすすめの小説
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。
僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!
「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!
だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。
下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。
文章がおかしな所があったので修正しました。
大国の第一王子・αのジスランは、小国の第二王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。
ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄するから受け入れてほしいと言われる。
理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、
「必ず僕の国を滅ぼして」
それだけ言い、去っていった。
社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる