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8 天使がそこに舞い降りて
しおりを挟む「渉君。私の人形は気に入ってくれませんか」
藤原がやや気落ちしたように言う。いつもの食堂で俺の向かいにポスターと同じ顔がある。この顔は喋るし表情も変わるのでポスターよりマシだろうか。
「あ、いや」
気に入らないとか言う権利は俺にはないんだが、藤原は俺のカバンに人形を付けることを強いた。そんなものを付けているのは恥ずかしいので学校に行って外すと、いつの間にかカバンに付いている。俺もしつこく何度も外したが帰るまでには戻っている。まるで呪いの人形みたいだった。
「写真にも、ちゃんとキスをしていますか」
「え」
(まさか、本気だったのか?)
俺の財布は藤原の写真入の物に替えられた。それはもう外せないようになっていて、俺は財布を出すときは写真が見つからないように気を使っていたんだが、見つかってしまったんだよな。財布はいつもは仕舞っておけるから諦めているけれど。
何かこう藤原虫に自分の領域をひたひたと侵されている感じ。侵入をされても打つ手もなくて、藤原はそうやって徐々に俺の頭まで洗脳する気だろうか。
俺の帰る家はここで、親父やお袋や兄ちゃんたちは店の再建に懸命で、俺は取り残されて藤原が家族の代わりにいる。このまま藤原に取り込まれて俺は藤原一色になるのか。
金曜日に青陵高校に練習試合に行くと報告すると、藤原は嬉しそうに私の母校ですと言った。
「いい学校ですよ。渉君も青陵高校に転校しますか?」
「いや。いいよ、俺は」
一瞬、葉月さんの顔が浮かんだ。同じ学校だったら毎日会えるのか。即答で断らないで少し考えればよかったかな。
「そうですか、青陵高校にねえ」
藤原は遠くを見るような目つきをした。その目がにへらと崩れた。
その表情の意味を俺は金曜日に行った青陵高校で知ることになる。
* * *
その金曜日の放課後。俺たちテニス部はバスに乗って青陵高校に行ったんだ。葉月さんは他の部員と一緒ににっこりと笑って出迎えてくれた。
「やあ、よく来てくれたね」
嬉しそうに迎えてくれる葉月さんの顔を見て、俺の顔はどういう訳か赤くなった。
葉月さんの横には一人だけテニスウエアを着ていない男がいた。細い眼鏡をかけた黒髪短髪で背の高いなかなかハンサムな奴で、俺の顔を見て「君が大嶋渉君かい」と、にこりと笑った。
どこかで同じような事を言われたと考えて、藤原とはじめて会ったときのことを思い出した。そういえばこの男は藤原と何処となく感じが似ている。
「僕は東原というんだ。よろしくね」
「あ、はじめまして。大嶋です」
丁寧な喋り方だが油断がならない感じだ。こいつと葉月さんは仲がいいのかな。
「おい、東原。もう用はないだろう」と、葉月さんがその男を追い払おうとしたとき、その声が聞こえたんだ。
「オーイ、葉月」
途端に葉月さんの顔付きが変わった。昨日見た藤原と同じように顔がにへらと崩れた。飛ぶようにしてその男の側に行く。
葉月さんを呼んだ男を俺たちは見た。
なんていうかキラキラと輝くように美しい男。ああ、俺の少ない語彙では言い表せない。一緒に行ったテニス部の連中が息を呑みこんで見とれている。
天使がそこに舞い降りて皆はその場にひれ伏した。ひれ伏しつつその姿を拝まんと仰ぎ見た。そう、そういう感じ。
その時、まだ隣にいた東原という男が言った。
「おや、君は面白いものを持っていますね」
俺のカバンにつけた藤原人形を見つけたんだ。
「え、あ、これは」
除けても除けてもいつの間にか俺のカバンに付いている呪いの藤原人形だった。
「葉月君も持っていますよ」
「えっ」
「モデルは違いますが」
「モデル」
「そうあの子。葉月君が持っているのは、はるちゃん人形っていうんですよ」
東原という男はそう言って、にっこりと藤原と同じような笑みを浮かべた。
俺の頭の中で藤原のにへらと崩れた顔と、同じ表情をした葉月さんの顔がぐるぐると回った。
俺はその時、冷たい水の中にいきなり投げ出されたような気がした。訳も分らず身体が震えた。その天使のような綺麗な男は葉月さんと少し話すと行ってしまった。明るい笑い声がそこに零れ落ちた光の滴のように耳に残った。名残惜しそうなみんなの顔。葉月さんとて例外ではない。
「どうも、じゃあ案内します」
そう言ってこちらに戻ってきたときには、葉月さんは爽やかないつもの顔に戻っていた。でも俺は知ってしまった、見てしまった。
「どうしたんだ、渉」
松下先輩が聞く。
「いえ、何でも。あの、さっきの奴は?」
「さあ、えらく綺麗な奴だったな。でも心配すんな、お前の方が可愛い」
(いや、そんなことでショックなんじゃないんだけど──)
ああ、そうなのか。俺はショックを受けたのか。誰に、何に対してだろう。
「今日は俺が大嶋君の相手をしてあげるよ」
葉月さんがにこやかに俺に試合を申し込んだ。
「待てよ。渉はまだ──」
松下先輩がそれを断ろうとしたが葉月さんは譲らなかった。
「いいじゃないか。素質があるから見て見たいんだよ。いい練習になるだろう?」
確かに自分よりグンと上のレベルの人と試合をするのはいい経験になる。結局葉月さんの申し出で、俺は葉月さんと3ゲームマッチの練習試合をする事になった。
しかし、やはりというか葉月さんは強い。上背から繰り出す強力なサーブは手許でグンッと伸びリターンをするのがやっとだった。それがクロスに返ってくる。やっとの思いで返球して、今度もクロスかと思うと同じところに落とされて、俺はコートの中を右に左にと走らされた。
ゲームに熱中して余計な思いはどこかに吹っ飛んでしまった。何とか一本をと願う。そこに絶好の好返球がバックに帰って来た。見逃すものかとスライスで返した球は見事に相手コートぎりぎりを掠めて飛んでいった。
「やられた」と、葉月さんの方が嬉しそうに笑う。
しかし、やはり圧倒的に葉月さんのほうが強い。コテンパンにやられて、一年でこんなに差があるかなと思いながら試合後の握手をすると、大きな暖かい手が握り返してきた。
ベンチに座って他の奴らの試合を観戦していると、ふとあの綺麗な奴のことが浮かんだ。
「葉月さんはさっきのあの綺麗な人を好きなんですか」
俺の唇から勝手に言葉が滑り落ちた。
(うわっ、俺よくこんなことが聞けるよな)
大体、相手は男じゃないか。ウチの学校ならともかく──。
しかし、葉月さんは好きだと頷いたのだ。
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