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7 豪華なホテルのスィートで
しおりを挟むその日は、高層ホテルの最上階のラウンジに連れて行かれた。個室のテーブルに落ち着くと藤原が乾杯をしましょうと言う。
「何で?」
「二人の初夜の為に」
「何でだよっ!! まだ、俺の誕生日じゃないぞっ!!」
俺はそう言って椅子のまま後退りした。しかしそれは、藤原が俺に譲歩してくれているからで、本当は待つ必要など何処にもなかった。家に帰って兄ちゃんに親父とお袋の様子を聞いて、自分の立場を思い知った。
戦わなくてはいけないけれどそれは藤原に対してじゃない。俺は籠に入った鳥で、まな板に乗った鯉だったんだ。
ひしひしと身の危険を感じたけれど、逃れることは出来なかった。
藤原はそんな俺の様子を見てフッと表情を緩めた。
「もちろん私は渉君の誕生日まで待つつもりですよ」
俺はホッとして椅子に脱力した。
「今日はここのスイートルームが予約取り消しで空きましてね、勿体無いので使うことにしました」
(そうなのか。じゃあ、コイツとここに泊まらなければならないのか)
脱力した気持ちを引き締めようと向き直ると、料理が運ばれてきた。細長いグラスに淡い色の液体が注がれる。
乾杯をしましょうと藤原がグラスを差し出す。覚悟を決めてグラスを差し出した。カチンと音がしてグラスの中の気泡が上がる。
酔って何も分からない方が良いかなと思ってグラスの中の液体を呷った。口の中できめの細かい泡がはじけて少し顔が火照った。
藤原に勧められるままに出された料理を食べて、ついでにグラスも空けた。何だかホワホワと身体が浮かび上がってくる感じ。
酔った後のことは全然覚えていなかった──。
* * *
ああ、よく寝たと広いベッドで手を伸ばすと隣の物体に手が触れた。
いつもの人形かと呑気な事を考えながら起きたが、部屋の様子がどうも違う。キョロキョロと見回して最後に隣の藤原人形を見ると、そこには人形ではなく実物がふああと呑気に伸びをして起きた。
「やあ、おはよう渉君」
いつものきっちり上げた前髪が乱れ落ちて、年齢より少しは若く見える藤原が嬉しそうに俺ににじり寄ってくる。
「待てよ、あんた。約束が違うっ!!」
俺は広いベッドの上を後退った。俺も大概往生際が悪い。
「おや、覚えていないんですか?」
「ぜんっぜん、覚えてないわいっ!!」
俺は慌ててベッドから飛び降りながら言った。
服はパジャマを着ている。という事はコイツが着せたのか。という事は……。疑いの目で見る俺に苦笑して藤原もベッドから起き上がった。ちゃんとパジャマを着ている。
「渉君は酔うとトラになるんですよ」
藤原が言う。
(トラって……、俺、酔って暴れたりしたんだろうか)
「大丈夫です、私は猛獣使いですから」
(どういう意味なんだ)
「渉君のトラは、可愛いトラネコ程度ですし」
(オイ……)
「渉君に命令されれば、抱き上げてベッドに運んであげますし、背中を流しても上げますし、パジャマを着せても上げます」
(そ、そんなことを命令したのか!?)
「他にも……」
「なっ、まだ何かあるのかっ!?」
しかし、藤原はのらりくらりとかわしてそれ以上言わなかった。そのくせ意味深長な目で俺のことを見るんだ。
昨夜、この豪勢なホテルの豪勢なスイートルームで一体何があったのか、全然まったく覚えていない。相手がコイツじゃなかったなら、勿体無いかもしれない。
* * *
次の日、学校に行くと松下部長が青陵高校との練習試合の日取りを知らせてくれた。
「金曜日に決まったんだが、行けるか」
「はい、部長」
この前の負け試合のお返しをしてやらねば。そして……。
「……?」
拳を握って、ふと見上げると松下部長は複雑な顔をして俺を見下ろしていた。
「え……と、どうかしたんですか、部長」
「いや、何でもない」
少し煤けたような後姿で松下部長が去ってゆく。一体どうしたっていうんだ。
背後に壁の気配がして振り向くと石原と辻がいた。
「松下先輩も可哀想にな」
「ウム、俺たちも複雑だぜ」
勝手に納得して、勝手に溜め息を吐いている。だから、お前ら何だってんだよ。
「渉。何があっても、俺たちはお前の友人だからな」
「気を落とすんじゃないぞ」
「そうだ。早まるなよ」
まあ、あんな変態オヤジに引き取られて明日はどうなるか知れない今の状態で、見捨てないでくれる友人が居てくれるのはありがたいが。
「おっ、渉。それは何だ」
昼休みの食堂で俺が財布を取り出しA定食の食券を買っていると、後ろから覗き込んだ石原と辻が俺の財布を取上げた。
「わっ!! 返せよ」
石原と辻は俺の手の届かない所で財布を広げて中を見た。そこには藤原がニッカリ笑っている写真がある筈だ。
「げっ」
二人は異口同音に声を上げて、財布を俺に返してくれた。
「お前、もしかして」
「もう……?」
「違うっ!! 俺の財布は取上げられて、これしか持たせてくれないんだ」
俺は喚いて食券を手に食堂のカウンターに行った。後ろから辻と石原が可哀想にというのが聞こえる。
(ああ、可哀想だよ。こんなシロモノを持たされて)
* * *
その日は親父たちのいる店の方に寄ってみた。何とか手放さずに済んだ店で、親父とお袋と兄貴は三人で頭を寄せ合って商品の品揃えやら陳列について検討をしていた。
「おお、渉。来たのか」
「渉、頑張っているかい」
「うん。親父、お袋も」
親父たちは俺を手招いて目の前に店の図面を広げて見せた。
「材木置き場のスペースを削って駐車場を広げて、隅に温室を置いたらどうだろうか」
「苗物と種だけじゃダメかい」
「庭のない家だって多いぞ」
「郊外に全国チェーンのホームセンターが出来たからな。材木屋だった経歴を生かしてウチだけの独自商品を開発しつつ、流行の商品の品揃えもきっちりとやって……」
三人とも必死だ。何だか取り残されているように感じたのは俺の置かれている立場が全然違うからか。ぬくぬくと真綿で締め付けられるように藤原に取り込まれそうになる。そこから逃げ出そうと必死で戦っているけれど、どこか甘い。
俺は人身御供で借金の形に藤原のところに引き取られた筈なのに、のほほんとしたオヤジのペースにはまったのか気分的にそんなに切羽詰っていなくって。
店を出て車に乗ろうとしたら呼び止められた。
「渉、来てたんだ」
「昴」
「俺も手伝ってるんだ。俺を引き取ってくれて、分け隔てなく大事に育ててくれた人たちだもんな」
親父とお袋は人が良い。二代目でのんびりとしていたから波に乗り遅れて、祖父ちゃんが死んだ後こんなことになったんだけど。
「昴。俺、お前のこと……」
大切な弟だって言いかけたんだけど昴は遮った。
「俺、ずっと渉のことが好きだった。ずっと、ずっとだ。今は仕方ないけど、俺、諦めないから」
昴はそう言い切って強い目で俺を見ると店の中に入っていった。
俺はチビでチンクシャのガキだよな。昴にしたって藤原のオヤジにしたって女に不自由してなさそうなのに、何で俺なんだ?
首を傾けながら車に戻ると、体格のいい中年の運転手が少し苦笑しながら車のドアを開けた。
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