学校帰りに待っていた変態オヤジが俺のことを婚約者だという

拓海のり

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15 仮面の向こう側

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 そのまま蔦の絡まる古いマンションに連れて行かれた。車を地階にある駐車場に乗り入れて、縛られたままエレベーターで上の階に上がって行く。

 男達は俺を取り囲み、その内の一人が俺の背中にバタフライナイフを突きつけて「騒ぐとばらすぞ」と脅したので俺は大人しく奴らの部屋に引きずられたが、途中で誰にも会わなかったし、そのやり口はいやに手際がいい。
 何度もやったことがあるんだろう。多分──。
(──って、俺、冷静に分析していてどうするっ!?)

 部屋に着くと女は俺を見て唇を歪めて言った。
「どう、あの男は上手いでしょ。女のあつかいも男のあつかいもよっく知っているからね」
(あのオヤジ、この化粧仮面にも手を出していやがったかっ!)

「いい事を思いついたわ。この子をヤク付けにしてやるの。そしてこっちの思い通りに動かすのよ」
 女はそう言って高笑いをした。そこにいる男達は女の言いなりだった。

「薬を持っておいで」と女が命令すると一人の男が嬉しそうに奥の部屋から、小さな宝石箱を持ってきた。女が箱を開いて中を見せた。白い粉薬のようなものと注射器が入っている。男たちの喉がごくりと鳴った。瞳が異様に輝いている。

(もしかして、それは非常にやばいクスリではないだろうか……)

 人生最大、絶体絶命のピーンチ!!

 だが俺が覚悟も出来ずに悪あがきをしている最中に、ドアホンがピンポンと鳴ったのだ。女はもちろん無視したし、女が無視すれば男たちも当然のように無視した。しかしドアホンはしつこく鳴り続け、仕舞いにはドアがダンダンダンと叩かれ始めた。

「うるさいわね。ちょっと行って脅して来て」
 化粧オバケは顎をしゃくった。藤原の義姉の家で見たお嬢様な気配はもう欠片もない。

 男が二、三人玄関に向かった。ドアを開けた気配と共にバターーン!!と派手な音がした。驚いて皆が振り向く中、真っ先に姿を現したのは昴だった。

「昴!!」
 俺はこの期に及んでも昴が危ないと兄貴風を吹かして、昴を庇いに走ったんだ。
 しかし縛られた俺はすぐに男に取り押さえられてしまった。反対に昴は玄関に出た男たちをあっという間に振り切って、俺の方に駆けて来た。何でコイツ中坊の癖にそんなに強いんだ。

「渉を離せ!!」
 しかし俺の耳の側でチャッとナイフを出す音がした。バタフライナイフの冷たい光が目に入った。昴がハッと息を呑む。

「さっきと違う子じゃない。お前男癖が悪いよ」
(この女に言われたくないぜ)

「昴は俺の弟だ。お前ら傷つけたら承知しないぞっ!!」
 押さえ付けられてナイフを突きつけられたまま喚いたら、化粧オバケたちに失笑された。

「ふん、そんな格好で言うんじゃないよ。その子も縛って」
 女が顎をしゃくったときドヤドヤと足音がして、さっき別れたばかりの葉月さんがウチの部活の連中と一緒に現れた。

「渉!!」
「大丈夫か!!」
 皆が次々に叫んで入って来て、俺に突きつけられたナイフを見て立ち竦む。俺の仲間が大勢現れたものだから女は少し怯んだようだ。それでもまだその時はガキばかりだったが、最後に悠長に藤原が現れた。

「何の真似ですか、仄香さん」
 藤原を見て仄香という女も男たちも動きを停止した。昴がスッと横に回り込むのが見えた。男が怯んで女の方をチラと窺ったときに、ダッとダッシュして足から男を蹴飛ばした。ナイフを持ったまま男が横に吹っ飛ぶ。
 昴が俺を背中に庇って女達を睨みつけた。

 一番最後に駆けつけてきたのは警察のようだった。目付きの鋭いガタイのよい男達が女と男たちをしょっ引いて行った。


「渉。大丈夫?」
「うん、昴。お前危ないことをするんじゃないぞ」
 縛られた腕を解いてもらいながらそう説教すると昴は苦笑して、それから近づいてくる藤原にキッと向き直った。

「渉は家に連れて帰る」
「昴」
「おや」
「借金は返す」
 藤原を睨みつけて昴が言う。

「昴、お前」
「俺の本当の父親が生きていたんだ。借金を払ってくれるって」
「そうか、よかったな、渉」

 俺が返事をする前に松下部長が言った。
「家に戻るんだね」と葉月さんが決め付けた。
「あの後、心配で君の後をつけていたんだ。そしたら君が攫われて、ちょうど君の弟君が部活の皆と一緒に君を探していてね、一緒に追いかけて来た」

 葉月さんが皆とここに来たわけを説明する。部活の皆がうんうんと頷いている。その後を昴が説明した。
「俺、実の父親のところに行って借金を返したいって頼んだんだ。それを聞いてくれたから急いで渉を探してて──」

 昴は藤原の方を向いた。
「渉は連れて帰ります。借金は父からあなたにお支払いするそうです」
「そうですか」と藤原は言った。いつもの声だった。

 昴は俺の手を引いて藤原の横をすり抜けた。皆がその後から続く。俺は藤原の顔を見なかった。どんな顔をしているか知らなかった。


 * * *

 昴が俺の手を引いて走って家に帰ってゆく。
 ああ、こんな光景をどこかで見たことがあった。


 小さな頃だ。泣いている子供が居る。
「おかあさんがしんじゃった」
 いつもコロコロと一緒に遊んでいた子だった。気が強くてその子の泣いた顔なんか見たことがなかった。

「うちにおかあさんがいるよ。うちにこいよ。おまえにもわけてあげる」
 俺はその子の手を引いて家に走った。


「ずっと渉が好きだった」
 俺だってずっと昴が好きだった。泣いている昴を見たくなかった。本当の弟以上に弟だと思っている。今も──。


 皆が笑って迎えてくれる。家でも学校でも。
「お帰り、渉」
「よかったな、渉」
 そう言って抱き締めてくれる。
 そうすると俺の頭には、あの変態オヤジのことが浮かぶんだ。

(あいつは一人で寂しくないのかな)
 違う、寂しいのは俺だ。俺が寂しいんだ。会えなくて。

(ごめんね、昴。折角助けてくれたのに。ごめんね、皆。俺が帰って喜んでくれたのに。俺はあのオヤジが──)


 花がないといけないんだ。そして、その花は彼岸花じゃなくちゃいけない。

 木の側で蹲っていた男。苦しそうで辛そうな顔をしていた。
 俺が花を持っていくとびっくりして、それから嬉しそうに笑って花を受け取った。

 だから、もう一度あの花を──。

 でも、今時、彼岸花が咲いているわけなんてなかった。この師走の寒空を、俺は花を探して歩いたんだ。どうしても、どうしても花を持って会いに行きたい。
 そして聞きたい、オヤジが俺をどう思っているかを。


 俺の願いが通じたのか一軒の花屋で彼岸花によく似た花を見つけた。ピンクだけれど花弁がキラキラ光って綺麗だ。

 両手一杯に花を抱えて、俺はあの屋敷に行った。執事の伊東というオヤジが出て来て少し目を見開いて俺を見た。

 伊東は俺をリビングに案内したが、ドアを開く前に唇に人差し指を突き立てて黙っているよう合図を寄越した。俺が頷くとドアを開けてリビングの中に俺を押し込んだ。


 藤原はリビングに居た。ソファに座って俺には背を向けている。
 花を渡したら何と言うだろう。また発想の転換ですとか言うかな。出戻りですかとか。

 何と言って言葉をかけようかと頭の中で色々考えていたら、絨毯にけっ躓いてしまった。両手に抱えていたピンクの花がキラキラと輝いて藤原の頭の上に降り注いだ。

 藤原は頭にピンクの花を載せたまま振り返った。驚いたようなその顔がやがて歪んだ。その顔は今まで見たどの顔とも違っていた。

 一足飛びに俺の側に来て、少し首を振った。饒舌な筈の男は何も言わなかった。ただきつく俺を抱き締めただけだった。



  終

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