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14 揺れる心
しおりを挟む放課後になって、部活に行く前に今度は昴がやって来た。昴は俺を見て唇を噛み締めた。どうやら昴にはばれたようだ。
「あのヤロ…」と低い声で呟いた。
「渉。俺が何とかする」
「昴…? 何とかって、お前、悪いことするんじゃないぞ」
昴は俺の言葉を聞いて少し悲しそうに笑った。
「大丈夫だよ。きっと助け出してあげるからね」
そう言って昴は俺の身体をふわっと抱きこむと、身を翻して駆けて行った。
俺はやっぱりお姫様なのか。すると藤原は悪の大魔王だろうか。いや、ヤマタノオロチだっけ。どうせなら助けられるお姫様じゃなくて、剣を振るってやっつける方がいいなあ。
結局、葉月さんと一度会って話すことになった。
その日、部活の連中とガットを買いに行くと運転手に言い訳をして、部活の後、皆と一緒に街に飛び出した。テニスショップで俺だけ別の出入り口から出て、葉月さんとの待ち合わせ場所に急いだ。
街はもう十二月。俺の誕生日はクリスマスの後だったりする。
待ち合わせ場所のコーヒーショップに葉月さんは先に来て俺を待っていた。
俺が駆けつけると驚いたように俺を見て、ふわりと優しく笑った。何だか胸がきゅうとするぜ。乙女ちっくな気分だ。
「何だか段々きれいになるね、君は」
カウンターの隅っこ。隣に腰を下ろした俺に低い声で囁いた。うう…、頬が染まる。そういう台詞を聞くと、何かこう背中がゾワリとするんだが。
「東原から君の事を聞いた」
(東原って…)
俺の頭の中に細い眼鏡をかけた男と、言った言葉とが同時に浮かび上がった。
(葉月さんははるちゃん人形を持っているのか)
俺はそっと葉月さんのカバンを見たがそんなものは何処にも付いていなかった。でも、葉月さんはあの天使が好きだとはっきり言ったんだよな。
「東原は君を引き取った藤原という男と知り合いだというんだ」
俺は藤原というオヤジのことをどのくらい知っているんだろう。歳が三十一でおっとりとした外見と裏腹に筋肉質な肉体を持っていて、家柄がよくて、広い屋敷に住んでいて、ホテルとか変な人形を作る会社とかやっていて…。オヤジはヤマタノオロチそのもので、知る度にいくらでも違う首が出て来る。
「藤原という男はいろんな事業を手広くやっている男で、俺にとってはたまらなく胡散臭い人物なんだ。どうやら東原とも付き合っていたようだし──」
葉月さんは今何と言ったんだろう。付き合ってって、どういう付き合いだというんだ。俺は何を動揺しているんだ。
あのオヤジは上手かった。知り尽くしている感じで……。だから。
「この前君達が来たとき、東原がいやに君に絡んでいたのが気になってね、後で問い質したんだ」
隣に座った葉月さんの言う言葉が俺の頭を掠めて通り過ぎて行く。
「君は借金の形に引き取られたんだって?」
(あの眼鏡はそんな事まで知っているのか?)
「藤原という男は得体の知れない奴だし、何か君に酷い事をしてやしないかと気になってね。手遅れになってはいけないと思って来たんだ。もしよかったら、力になるよ」
葉月さんは力強くそう言ってくれたけど、何で俺の頭は急に考えることを止めたんだ。オヤジの顔と細い眼鏡をかけた奴の顔がぐるぐる回って、俺の頭の中でとんでもない映像を作り始めて、俺は赤い大きな×印をその映像に幾つも貼り付けなくてはならなかった。
(許せない……。何で…? 誰が…?)
呆然と目を上げると葉月さんは俺の顔を見て息を飲んだ。
「君、大丈夫かい?」
俺はゆっくりと首を横に振った。全然大丈夫なんかじゃなかった。視界がぶれて滲んで訳が分からなくなった。葉月さんが俺を支えて何か言っているが俺には何も聞こえなかった。
「出よう」と葉月さんは俺の腕を抱えてコーヒーショップを出た。
俺は何にも考えられなくて、いや、どうなってもいいという自暴自棄な気持ちとか、オヤジに対する復讐心とかがぐちゃぐちゃに絡み合って、差し出してくれる葉月さんの手に縋った。
葉月さんは気分の悪そうな俺を支えてそこらを見回した後、裏路地にある小さなホテルに飛び込んだ。
部屋に上がってベッドに葛折れると葉月さんの腕をつかまえた。見上げるともう一度葉月さんは息を飲み込んで、そっと俺を抱き締めた。
涙が転がり落ちるのは何でだろう。目を閉じると唇がゆっくりと降ってきた。背中にしがみ付いてその唇を味わったけれど、それは俺が知っているものとは違っていた。弾力が違うとか癖が違うとか、たいした違いじゃないのに何でこんな小さなことにいちいち拘ってしまうんだろう。
俺は葉月さんの方がいいと思ったんじゃなかったか。なのに何で身体が逃げを打っている。手で身体を突っ張って首を横に振った。
「渉君」
「ごめん」
「いや、……気分は大丈夫かい?」
全然大丈夫じゃなかったけれど頷いた。葉月さんの身体が離れた。
身体が寒いと感じたけれど、この温もりに縋ることは出来ないんだ。葉月さんは優しくて王子様のような人だけれど俺の王子様じゃなかった。引きずり回したことが申し訳なくて、俯いたままでごめんともう一度謝った。
(何をやっているんだろう俺は……)
ホテルを出て大通りに戻った所で別れた。葉月さんは心配そうに送ってくれると言ったけれど、俺は頭を冷やしたかったんだ。
バカだよな。俺は借金の形に引き取られたんだ。あのオヤジがどんな奴で、どのようにされようと文句は言えない筈なのに、浮気とかしたらそれこそ価値が無くなって、借金を返せとか言われたら取り返しがつかない事になるところだった。
こうなったら俺が反対にあのオヤジを誑し込んで、他所に売られたりされないよう惹きつけなければ。オヤジが俺の考えを聞いたら『そう、発想の転換です』とか言いそうだよな。そう思うと何故か笑えた。
俺は自分の埒もない考えに浸りきっていて、周りを注意するのがちょっとばかし遅れたんだ。
いきなりドヤドヤと四、五人の男に取り囲まれた。その向こうにいる化粧オバケは知っていた。
「いい度胸ですわね。稚児のクセに他の男と逢引とは、それも随分いい男でしたわ」
俺を睨みつけて化粧オバケが顎をしゃくった。俺は男たちに腕をつかまれ、側に止まっていた濃いグリーンのワゴンに押し込まれた。車の中で男達が寄ってたかって俺を縛り上げる。
「止めろよっ、どうするつもりだよっ!!」
運転席の横に座った女に縛られたまま飛び掛ろうとして男たちに押さえ込まれた。女はゆったりと俺を振り返り赤い唇を歪めた。
「さあ、どうして差し上げましょうかしら」
閉ざされた空間に女のきつい香水の匂いが充満する。鼻が曲がりそうでクシャンと何度もくしゃみが出た。
「さっきコーヒーショップであんたを見かけて私のお友達を呼びましたの。皆、どうする?」
ニヤッと笑った顔が怖い。
「藤原に身代金を要求してぇ、この子は顔を見られているから、やっぱり殺してぇ、でもぉ、その前にちょっと楽しませてもらいたいしぃー」
男たちに聞いたくせに、化粧仮面女はどうするかを自分で嬉しそうに並べ立てた。
(今なんか、ものすごいコトを言わなかったか!?)
恐ろしい言葉を口にして平然としている女と男たちを見回した。
(俺って、今、ものすごくヤバイんじゃあ……)
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