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二章 規格外スライムとエロ王子
10 逃げたい
しおりを挟む「そういや、私、何でジェリーに食べられなかったのかしら?」
『フツーは、捕獲したエサが意識をもって喋るなんてー、有り得ないんだけどー』
「捕獲したエサ……」
コイツ、他の召喚した人は食べたんだ。スライムの中で手やら顔やらが溶けて、目が飛び出して内臓が……。サーと顔が青くなる。梨奈は全力で想像するのを阻止した。
クリス王子がころころ表情の変わる梨奈の様子を面白そうに見ている。
『なーんか、主の変な力で吸収できなくてー、その力が美味くてー、フェロモンとか酔っ払うほど美味いしー。もう、食べなくても全然オケーー』
「何? このスライム」
訳分かんない。
「まあいいか。ところで、私、帰れるの?」
梨奈は気を取り直して、両手を胸に握りしめ、スライムにせまった。
「元の世界に帰れるんでしょ? 帰して」
しかしスライムは『オイラ知らないー』と無情な返事をする。その上『主、コイツとキスしたでしょー』と余計な事を言い出した。
思わず口を押えて隣にいる王子を見上げる。
「え、それがどういう」
『こっちの世界の人間と仲良くなって、体液の交換をしたらー、こちらの繋がりが強くなって、元の世界の繋がりが薄くなるー。さっきので、大分薄くなったネー』
「……」
唖然として言葉が出ない。
「ありがとう、ジェリー」
代わりにクリス殿下が礼を言って梨奈を抱え上げた。
「いやっ、何すんの!」
「もう諦めろ」
『大丈夫。主、そいつと相性いいねー。たくさん体液交換したらー、元の世界の事忘れるー。ハッピーねー』
(何てこと言うんだ、このバカスライム!!)
* * *
ベッドに下ろされて、膝をそろえて座り直す。
大人が何人も寝れそうな広いベッドで、ごつい柱には彫刻が施され、天蓋から薄いカーテンが幾重にも重なって降りている。
クリスティアン殿下が梨奈の隣に腰を下ろすと、何だかいい匂いが身体を包む。
(これが曲者なのだ!)
怒涛の展開に頭も体も追いつかないで、流されるままになっている。
ちゃんと状況を整理しなければ──。
「ええと、ですね。やっぱり、きちんとケジメを付けてからの方がいいかと」
そうだ。この方にはまだ、ちゃんとした婚約者様がいらっしゃるのだ。
流されてはいけない。
梨奈は拳を握る。
「そうだね、君が逃げないのなら」
殿下が梨奈のこぶしを握った手を包む。大きな手。
「……逃げません」
(だって帰れないし、どうやって帰ったらいいか知らないし)
「私が落ちぶれて、廃嫡されて、平民になっても?」
手を握って両手で持ち上げて聞く。状況的にありうることだった。彼は国王様に謹慎を言い渡された身で、しかも梨奈はその彼に匿われる身だ。
(大体、この人から逃げて何処へ行けばいいというのか? まだこっちに来たばっかりで、魔族やら人食いスライムがウロウロしている世界で──)
持ち上げられたその手にくちづけされて、こういうのがダメなんだと思っても、すでに彼に絆されてしまっている。
「に、逃げません。だけど本当に私でいいんでしょうか? 私ガラッパチだし、粗忽ものだし、流されやすいし、ちゃらんぽらんだし、いい加減だし、男女って言われてたんですよ」
(う、取り柄がない……)
梨奈は泣きたくなった。大体、このお見合いというか、プロポーズというかみたいな展開は、何?
「君といると楽しい。楽に息ができる」
それってヒロインに言うセリフみたいだわ。
逃げたい。この状況から──。
「君が帰ってしまうのは、どうしても嫌なんだ」
「あ、あのですね、か、帰ったりしないから……」
(冗談じゃない、帰りたいに決まっている! しっかりしろ、自分)
こういうのって女性が圧倒的に不利っていうか、心が受け身な感じ、思考が受け身な感じ、体格も違うし、身分も上だし、エロ王子だし──。
(ううん、頑張るのよ。流されてはいけない)
梨奈は自分の頬をペチペチと叩いた。王子が首を傾げてその様子を見る。
「本当に逃げませんから、行く所もありませんし、知り合いもいないし」
全力で王子から身を離して、ベッドの上を逃げた。隅っこまで逃げて自分の身体を自分で抱いて、睨むような怯えて泣き出しそうなような顔をする。
クリス王子はため息を吐いた。
「そうか、悪かった。少し有頂天になっていたようだ」
王子は身を起こし、ベッドから降りた。
梨奈は案外王子がすんなり引き下がったのでホッとした。あれだけ迫ったのにあっさり引き下がり過ぎじゃないのと、思う気持ちもあって少し眉根が寄った。
初心者で駆け引きも出来ないのだ。駆け引きをするようなタイプでもなかった。
「あの……」
「一緒に寝たら、私は何をするか分からないからね」
「だったら、私はさっきの部屋で──」
「いや、リナを向こうの部屋に寝かせるのは危険だから──」
「うー、じゃあベッドの真ん中に仕切りを作って」
「面白いことを言うな、リナは。じゃあそれで行こうか」
「はい」
『オイラ仕切りになる―』
何とスライムが申し出た。ベッドの上に乗ってびろんと伸びる。
「高さが足りないな」
「枕を置いたらどうかしら」
『枕、食べる―?』
スライムって雑食性なのか。それでも枕は食べないだろう。
「そんなもの、食べないの」
『はーい―』
ジェリーは枕に求肥のように巻きつく。ベッドにピンクの仕切りが出来た。
「リナは奥に寝て」
「はい」
取り敢えず自分の安全な寝場所を確保できた。とても色々あって興奮していたけれど、この世界に来るまでずっと寝不足だった。疲れ果てて、変な雑音もなくなって、梨奈は案外くったりと眠ってしまった。
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