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三章 魔族ジジ
14 シレっと王子
しおりを挟む「リナ」
気が付けばクリス殿下に抱きしめられていた。
「私……」
見上げると青い瞳がある。
「大丈夫だ」
「ごめんなさい」
殿下の身体にしがみついた。手が足が身体が震える。
「凄いな。昨日の熱量騒ぎは、それか」
ダールグレン教授は目を丸くしている。
「魔法じゃないな」
「そうですね。王宮では、魔法は限られた人間しか使えないですし」
『すごーいー……』
スライムは床で伸びていた。
ドンドンドン!!
「ああ、私が出て来るよ」
教授はひらひらと手を振ってドアに向かった。
「新しい実験を試してみたんだ。問題ない」
ドアの外の護衛達に説明している。
「私、沸点低いのかしら。何か無性に腹が立って、私……」
椅子に座った王子の上に、くったりと身体を預けて梨奈は小さな声で言う。
「私、スライムに食べられるために召喚されたの」
「私、ただのエサなの。
そんなしょうもない理由で、何で何でこんな所に来なくちゃならないの? 帰りたい、今すぐ帰りたい。どうして帰れないの?」
「理不尽なんだろう」
ダールグレン教授が言った。何年も生きている大人の男の声で。
「急にこんな世界に呼び寄せられて、どうしてこんな所に居るのか訳が分からなくて、コイツに理不尽なことをされて、貴族連中は理不尽だし、何より君の元居た世界に戻れないし、それなのに腹立つよね、召喚された理由がそんなことだなんて」
説得力のある大人の言葉が、あっさりともう戻れないと断言する──。
クリス王子はチラリと教授に視線をやったが、何も言わないであやすように梨奈の背中をトントンするだけだ。
「でも君は間違えている。君を召還したのは、このスライムじゃない」
ぼんやりと、マリアに戻ったスライムを見る。
「ジジという魔族だ」
教授の言葉にクリス王子はすぐに乗った。
「ジェリー、ジジの顔を出せるか」
『食べてないからー、あんまり上手くないけどー』
グニャグニャと顔が動いて変わった。
肌の色が薄紫っぽい、耳が尖っている、角がある、髪が赤紫、目が赤い。
マリアの完成度とずいぶん違う。人間とバービー人形ぐらい違う。
でも、何となく分かる。
この女がジジ、梨奈をこんな所に連れて来た。あのブツブツ言う頭の痛くなる魔法をずっと聞かせてきた。
これが魔族──。肌が紫がかって、角があって、瞳が赤い。
「覚えたか。ジェリー、もういいだろう」
ジェリーはマリアの顔に戻った。梨奈も、この子みたいに食べられていたのかもしれないんだわ。ガタガタと勝手に身体が震える。殿下が抱きしめた。
「いい子だ。もう、大丈夫だから」
「なるほど、よく懐かせたものだな」
ダールグレン教授が呆れたように言う。
「私のものだ」
殿下は余計にきつく梨奈を抱きしめる。
「いや、君から奪える者はいないと思うがね」
「しかし、私は魅了にかかった。用心しても、し過ぎるという事はないな」
クリス王子は梨奈を膝から降ろし、椅子に座らせる。
「ジェリー、細胞を少しよこせ」
『あいー』
コロンとよこしたスライムの細胞を器に入れて、殿下は実験道具の並ぶ一角に座る。
「何を作る気だい」
教授は殿下の手元を興味深そうにじっと見ている。
「ジェリーはリナの従魔だから、連れ去られてもぶつぶつ……」
「まったく──」
教授は肩を竦める。研究バカ王子かしら、それともオタク王子?
「出来た。リナ、耳につけておこうか。魔法防御とか色々乗せたからね」
やがて王子は嬉しそうに梨奈の許に戻ってきた。
その手に小さなピアスを持っている。真ん中にあるのがジェリーの細胞だろうか、透明な輝石の中に七色の光がうねうねと蠢いている。その周りを小さな七色の魔石が彩っている。
殿下は梨奈の耳に穴をあけて、血を舐めて、金具を通して。一連の動作をすらすらと流れるようにこなす。
王子様というのはお付きをぞろぞろ連れて、何でも側仕えに任せて、自分は何もしない……、みたいな人かと思っていた。
この人は何でも自分でしちゃうなあ。
誰も信じられなかったのかしら。
周りの人が次々魅了にかかって、戦ってたんだ。一人で。
それなのに自分も魅了されちゃって、絶望しただろうな──。
(私も、私だって、何かしてあげたい)
梨奈の胸にふつふつと何かが込み上げてくる。
身体がほんわりと暖かくなる。
(これはきっと私のチート能力だわ。自分の感情に任せた危うい能力だけど)
エサ用に召喚されただけの梨奈でも、何か出来るんだ。
「ありがとう。私もクリス殿下に何かつけたいの」
殿下の身体に手をまわし、身体に額をくっつける。
ほんわりと暖かい何かを殿下に渡す。
────。
「物理防御、魔法防御。麻痺毒気絶睡眠即死耐性。忘れちゃいけない魅了無効」
クリスティアン殿下の身体が淡く光る。
「これは……」
驚いたようなクリス殿下。
ダールグレン教授は顎に手を添えてじっとクリス王子を見る。
「ほう、これはなかなか。私にもかけてくれないかなあ」
「はい、いいですよ」
梨奈は教授の方に向いたが、肝心なことに気が付いた。
「あら、申し訳ありません。その、くっ付いていないと無理みたいで……」
教授が両手を広げるが、梨奈の身体はびくとも動かない。
梨奈は首を傾ける。何故かしらと。
ダールグレン教授は王子をジト目で見た。
「何か、したな」
「別に」
知らん顔の殿下。
命名しよう。しれっと王子だね、君は今から。
「では、そろそろ、ダールグレン先生、お願いします」
「ほい、頼まれました」
クリス殿下はラフォルス公爵家に謝罪に行く。梨奈とジェリーはダールグレン教授の所でお留守番である。
三人になって教授は興味を持ったスライムに話しかける。
「しかしジェリー嬢は……、でいいのかな?」
『オイラは性別なんかないんだー、何でもいいよー』
「そうかい、じゃあジェリーでいいか。君は物凄いと思うんだよ」
『オイラ、昨日、主に会ってー、名前貰ってー、すごく進化したんだー。視界がクリアになってー、頭もよくなって―、何でもできる感じー』
ジェリーは嬉しそうにポンポンとまくしたてる。
『そうー、オイラはー、神種スライムになったんだーー』
「ふーん、やっぱりリナちゃんはそういう事なんだね」
『そうなのー』
そういうって、どういうことなのか。女神だと言われても、梨奈の頭には全然、全く浸透しない。大体クマ子でゴリちゃんな女神ってアリなのだろうか。
「それよりですね、私はもう帰れないのでしょうか」と気になっている事を聞く。
「うーん、長く生きているけれど異界人が帰ったという話は聞いたことがないねえ。大抵保護されて王家の人間か保護した者が世話をすることになるな」
「もし保護されなかったら……」
「そうだねえ、行き倒れとか、人買いとか、あまりいい噂は聞かないな」
それを聞いて梨奈はがっかりした。エロ王子でも保護されただけマシだったのか。もしクマ女になって、もういらないと言われたらどうすればいいんだ。
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