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三章 魔族ジジ
15 ラフォルス公爵邸にて
しおりを挟むそんな時、ドアにノックの音がして、秘書官が客の来訪を告げる。
「シドニー・アランデルが副長官に目通り願いたいと申し出ております」
「分かった。こちらに通してくれ」
やがて秘書官は水色の髪の少年を連れて来た。緩く波打った肩までの髪の中背の少年は、梨奈と同じくらいの年だろうか。
「先生」と、意気込んで入ってきた彼は、部屋の中にいたジェリーを見て息を呑んだ。
「マリア!! なぜここに? 先生、危険です」
教授とマリアの間に立って睨む。
「シドニー、ちゃんと見なさい」
今にも飛び掛かりそうな少年を、教授がのんびりした声で宥めるが、梨奈はジェリーの方が心配になってしまう。
「ダールグレン教授。ジェリーは本物だから、見分けがつかないと思うの」
ちょっと掠れた穏やかな声が聞こえて、シドニーはびっくりして声の方を見た。
メイド服を着た女の子がいる。
「新しいメイドですか? 先生がメイドを?」
もう一度メイドを見る。
首の動きが殿下と同じだと梨奈は思った。上から下まで何往復したかしら。
ちゃんと服を着ているか心配になって、自分の服を見て、エプロンを引っ張った。
コホンと仕切り直すのも同じで、つい笑ってしまう。
「ええとですね、シドニー君。取り敢えず、頭と身体の方はもう大丈夫ですか?」
「あああ、ダールグレン先生。ごめんなさい。ご迷惑を掛けました」
シドニーは慌てて腰を直角にして謝った。
「治ったならよかった。そのまま精神障害になる人もいるのでね。魅了はとても危険な魔法なんだ」
騎士団の子も回復したと聞いたし、取り巻きの内の二人が、無事回復したようで良かった。梨奈は取り敢えず胸を撫で下ろす。
「あの……」
「ああ、こちらはリナ嬢、彼は魔法省攻撃部次長の長男シドニー・アランデルだ」
「初めまして、シドニー様」
「よろしく」
「ちょっとお聞きしたいことが」
「なんでも」
「魅了にかかった方って、他に何人いらっしゃったの? その方たちはどうなりましたか?」
機密事項だけれど、こんな少女に言ってもいいものか。そんな顔つきでシドニーは教授を見る。
「先生、あの」
「答えてあげなさい」
「はあ……」
まあ、学園に行けば分かることだが、もう行けないだろうなとシドニーは考えて、もう卒業して卒業パーティに出ていたことに気付いた。そこから記憶が明瞭になったのだ。
「私が知っているのはあと二人。宰相の長男と公爵家の次男」
「その方たちは?」
「まだ何も連絡は来ていない」
梨奈は頬に手を当てる。教授も腕を組んでいる。
(そうだ、あいつらはどうしているんだ)
シドニーも考え込んだ。
* * *
そうやって四人が仲良く話している頃、クリスティアン王子はラフォルス公爵邸にいた。
目の前に座るクリスティアン王子を見てラフォルス公爵は、この見目がよく出来の良い男と、わが娘クロチルドとの婚約が、無かったことになるのは残念だと思う。相手の女は男爵家の娘である。何とでもなると高をくくっていた。
しかし、復縁の見込みがないのであれば、すっぱりあきらめた方がよい。
弟のエアハルト殿下にはまだ婚約者はいない。エアハルトが王太子になって王妃教育が済んだクロチルドがスライドすれば、それでも良いとラフォルス公爵は考えた。
ラフォルス公爵は、あまり好戦的ではない。このノイジードル王国でも穏健派として知られている。それ故、クロチルドがクリス王子の婚約者に選ばれていた。
クリス王子は公爵に謝罪して、慰謝料などの手続きも取り決めた。すると、クロチルドが話があるとクリス王子に言う。
別室に移って向かい合った。
クリスティアン王子は、この令嬢とあまり打ち解ける暇もなかった。
王侯貴族の結婚は政略結婚が当たり前である。ラフォルス公爵家は王家とは血の繋がりのない由緒ある家で、派閥的にも問題なかった。
王子にとっては、夢で見た事の方が重大だった。国が滅びてはどうしようもない。しかも自分の手で、滅ぼしてしまうのだ。
未来なんか何もないのだ。
──だが魅了は解けた。
梨奈のおかげで。今は、自分の足で立って、自分の手で戦える。
やらなければいけない事は山積みだ。
しかし、クロチルド嬢は何の話があるのだろう。
ふとクロチルドは立ち上がった。見上げる王子の側にすっと近づく。
肩に手を置かれて驚いた。すでに婚約者でもない、高位貴族令嬢のすることではない。という前に──、既視感があった。
クリス王子は、クロチルドの手を払って、立ち上がった。
そうだ。マリアに魅せられたのではない、クロチルドにやられたのだ。
学園の教室に呼び出されて──。
長い付き合いで、ともに戦う戦友のような存在だった。油断したのかもしれない。
あの時、クリスティアン王子は疲れ切っていた。
梨奈の顔が浮かんだ。魅了にはかからない──。
それは確信だった。
バチっと音がして、クロチルドが弾かれた。
『くそう!!』
令嬢にあるまじき言葉が出て、クロチルドの身体から何かが飛び出した。
「殿下!!」
護衛のラルフとコリンが飛び込んできた。宙に女が浮かんでいる。
「あれは!」
「魔族!?」
薄い紫の肌、長い髪はマゼンタに揺れ、赤く輝く瞳の、妖艶な美女だ。
スライムのジェリーが見せたアレに違いない。
「お前がジジか!!」
スラリと剣を抜いた王子を見て、赤い唇をゆがめる。
「これはどうしたことだ。クロチルド!」公爵が入ってくる。
その一瞬のスキをついて、魔族は衝撃波を放った。
「くっ!」
剣を盾に衝撃波を受け止め、横に薙ぎ払う。
ガッシャーーーン!!
魔族はその隙に窓を壊し、部屋の外に逃げた。庭園に飛び出て追いかけたが、既に遠くに飛び去っていた。
「逃がしたか」
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