婚約破棄された令嬢はどん底で運命に出会う

拓海のり

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5 持つべきものは

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「護衛いたしますよ、お嬢様」
 男はナディーヌのすぐ後ろに、当然と言った態度で付き添う。
 この男があの無紋の立派な馬車を護衛していた。そしてナディーヌを助けてくれたのだ。ということは──。
「この前の馬車はもしかして?」
 それだけで男に通じたようだ。
「さようでございますよ。私はケヴィンと申します。しばらくお嬢様は私が護衛いたします」
「はあ」

 では、あのローブを着ていた方がナディーヌの縁談の相手だろうか。そう言えば馬車の中に漂っていた香りは、モルヴァン領の薬草の香りだった。

「あの時、わたくし、ものすごい格好だったのではなくて?」
 ゴーチェから走って逃げて、暴漢に絡まれて街灯にしがみ付いて、顔も涙と汗でぐちょぐちょだった。何処に見初める要素があったのだろう。
「変わった方ですのね」
「ははは……、いや、失礼」
 ケヴィンに笑われてしまった。

 フェリシテとジョゼットは教室の外で待っていた。
「フェリシテ、ジョゼット!」
「ナディーヌ! まあひどい」
「赤くなっているわ。最低ね、あの男は」
 侯爵子息のベルトランも絡んでいるしどうしようと思っていた所に、ケヴィンがナディーヌを探しに来たので、ローズに連れて行かれた教室の場所を教えたという。二人のお陰で無事だった。
「ありがとう」
 持つべきものは友人であった。

「お相手ってその方ですの? ご病弱じゃなくて、お元気そうですけれど」
「少しお年が離れているわね」
 フェリシテとジョゼットが首を捻ってケヴィンを見上げた。
 ケヴィンは黙って後ろに控えている。
「この方ではないの……」
 ナディーヌは説明し辛くて口ごもる。護衛のケヴィンは二十半ばの苦み走ったいい男だと、フェリシテとジョゼットが言う。
「とてもお強いのです」と二人に言ったけれど、
 二人の守備範囲はかなり広いのかもしれない。


 フェリシテとジョゼットに手紙を出すと約束して別れた。

 学校の馬車乗り場に行くと「ナディーヌ」と呼び止められる。
 またベルトランだろうかと身体を強張らせた。
「何もしない、俺はナディーヌと話がしたいだけだ」
 馬車の側にゴーチエ・オトニエルがいた。ゴーチェが気がかりなことと言えば一つしかないだろう。
「心配しないで下さい。わたくし誰にも言いませんわ」
 人によったら面白おかしく言う人も居るだろう。心配するのは分かる。

「そうではない」
 しかし、ゴーチェは気色ばんで叫ぶ。
「俺は姉上に謀られたのだ! 決してあなたを、あなたに──」
 言い募ろうとした言葉をケヴィンが遮る。
「お嬢様はとてもお疲れなんですよ。オトニエル卿」
 目の前に立つケヴィンの顔を見て、ゴーチェはハッと驚いた顔をする。
 ケヴィンは公爵家の凄腕の護衛だし、ゴーチェは近衛騎士だから、もしかしたら知り合いかもしれない。

「あなたは……レクリューズ卿」
「弁えていただければ、私は何も申しませんよ」
 ゴーチェは唇を噛んで引き下がった。ケヴィンはナディーヌを馬車に乗せてドアを閉める。あの時と同じように馬車はすぐに走り出した。ゴーチェはじっとナディーヌと走り去る馬車を見送った。

 ナディーヌは疲れていた。
 気丈に振舞ったが屋敷に着いて、いない筈の母親の顔を見ると力が抜けた。
「お母様、お帰りになっていらっしゃったの……」
 母親の胸の中に転がり込んだ。
「ナディーヌ! 部屋に運んで」
 侍女やら侍従やら執事が飛び出して、大騒ぎで部屋に運ばれた。


 ナディーヌがベッドに落ち着くと母親は別室にケヴィンを呼んだ。
 娘の縁談の知らせを受けて急遽、王都に帰って来たのだ。
「何があったのでしょう、レクリューズ卿」
 ナディーヌの母親は薬学の権威で、普段はモルヴァン伯の領地に引き籠っているが、一度王都に出ると彼女に頭の上がる者はいない。
 そして、ケヴィン・ド・レクリューズは王家の影を率いるレクリューズ伯爵家の嫡男であった。この国の情報関連の仕事を一手に引き受けている貴族である。

 ケヴィンは恭しく頭を下げてナディーヌの母親に今日あったことを説明する。
「今日、王立学園で前の婚約者ベルトラン殿がお嬢様に御無礼な振る舞いをなされました。護衛が間に合わず謝罪を申し上げます」
「あなたが謝ることではありませんわ。こちらこそ何度も助けていただいたようでお礼を申し上げます」
 母親は深く頭を下げた。

「お嬢様は自己評価が低い様です。お気をつけになりませんと」
「そうですの? 子供が大きくなるのは早いことね」


 母親がナディーヌの部屋に行くと彼女は天井を睨んでいた。
 ダークブロンドの髪が額に乱れかかり、二重のエメラルドの瞳が少し潤んでいて、尖らせた赤い唇といい、上気した頬といい、非常に扇情的だ。
 若い男が見たら何とするだろう。言葉より先に手が出るかもしれない。危ういことである。決して表に出せない。

 いつの間にこんなに綺麗になったのだろう。
 大人しくて聞き分けが良くて、親の方が甘えてしまうような娘だった。

「お母様……」
 母親に気付いて手を差し出した娘を抱きしめた。
「今日は色々あって何が何だか、頭がぐちゃぐちゃです」
「そうなのね。可愛い私のナディーヌ、何も心配しないで」
 母がベッドに付き添ってベタベタに甘えさせた。

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