婚約破棄された令嬢はどん底で運命に出会う

拓海のり

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6 お見舞い

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 この出来事で公爵家から婚約を白紙に戻されるかと思ったがそうはならず、翌日から婚姻の準備が始まった。
 不安は沢山あるけれど、準備が大変だった。

 そんな矢先、アルヴィエ公爵令息エドゥアールが伯爵家にいらっしゃった。
 先触れが来て立派な馬車が止まって、護衛のケヴィンが馬車のドアを開ける。

 馬車から降りて来たご令息は、エントランスで纏っていたローブをサラリと脱ぎ落すと、後ろに控えた執事が恭しく受け取る。流れるような動作、それが全然嫌味になっていない。

 初めて会ったエドゥアール・ジョゼフ・アルヴィエ公爵令息はアイスブルーの瞳、銀色の髪がキラキラと輝いてゆるゆると首元まで下りて、非常に美しい、どちらかというと繊細で儚げな印象の方であった。
 中肉中背、やや細めなので背はもっとあるかもしれない。微かにモルヴァン領の薬草の香りがする。

「お怪我をされたと伺って、お見舞いに来ました」
 エドゥアールは高くも低くもないノーブルな声で宣った。声まで高貴だ。お花とお見舞いのお菓子を詰めたバスケットを頂いて恐縮する。

「まあ、ありがとうございます。大丈夫ですわ、うちの傷薬を付けるまでもなく治りましたの」
「そうですか」
 ナディーヌの目の前まで来て指が頬をそっと撫でる。ナディーヌは真っ赤になって固まった。
 どうしましょう、こんなにお綺麗な方とは思いませんでした。

 ナディーヌは応接室の家具をもう一度、すべて徹底的に綺麗に掃除してしまいたい気持ちに駆られた。我が家の塵やゴミがついたらどうしよう、そして自分もゴミじゃないかしらと不安になる。

「それでは、いらっしゃる日を心待ちにしております」
 彼も忙しいようですぐに帰って行った。

「何だか格が違うというか……」
 兄のセレスタンがポツリと呟く。
「そうね、掃除をしないと──」
 母がそう言ったのが可笑しくて、みんなで顔を見合わせた。
 ナディーヌは本当の掃除を想像したが、他の家族は違った。

 ナディーヌが部屋に下がると親子は場所を変えた。伯爵の執務室で人払いをして話始める。
「あなたに任せていたのが失敗でしたわ」
 モルヴァン伯爵夫人がチロリと夫を見る。
 わざわざ公爵令息が娘のお見舞いに来たのである。ただで置く訳にはいかない。

「しかし、ナディーヌはあの通り、特別どうということもないごく普通の娘だ」
「まあ、ご自分の娘を。今もそう思っていらっしゃるんじゃないでしょうね」
「いや」
「女の子はある日突然、花が綻ぶように咲いて綺麗になるのですよ」
「はい……」
 決して恐妻家という訳ではないが今回のことでは伯爵は妻に頭が上がらない。
「まったくもう」
「分かった、レクリューズ伯のお力を貸していただいて何とかしよう」
「王家も気前のいいことで」
「あの方がご病気になられて火が消えたようだったからな。まさかうちの娘が捉まえて来るとは思わなんだ。お陰で後手後手になってしまった。ウチも何か言われるかもしれんな」
「言わせませんよ」
「本当にまさかですね。昔一緒に領地を走り回っていたナディーヌを思い出します」
 兄のセレスタンは遠い目をして、それから顔を引き締める。
 伯爵は溜息を吐く。それからよしと気合を入れた。
 親子で似ているわねと、母親は横目に見て思った。


 ドーバントン侯爵はモルヴァンの研究所で開発した医薬品の一部の権利を得ることになっていた。それを近隣諸国に不当に横流しして莫大な利益を得ようと企んでいた事が発覚した。すでにかなりの賄賂を得ていたという。

 侯爵家は降爵されて伯爵家に、家は次男が継ぎ現侯爵は引退した。ベルトランは廃嫡されて年上の気の強いことで有名な男爵家の娘に養子に出された。ローズは渋いことで有名な金持ちの商人の後妻になった。

 ゴーチエ・オトニエルの姉ミレイユは婚約者の許に送られた。ゴーチェは婚約者を宛がわれ半年後に婚姻が決まった。
 全て結婚の準備に忙殺されているナディーヌの与り知らぬところである。


  ***


 公爵家の馬車が迎えに来る。ナディーヌはすっかり支度が出来て、領地からやって来た母親、差配をした父親と兄に別れを告げ、馬車に乗る。

 今日はお相手のエドゥアール・アルヴィエ公爵令息に会って、結婚式は一週間後で、そのまた三日後に夜会で、その後、新婚旅行。
 これはずいぶんとハードな内容だった。
 病気が治ったばっかりで大丈夫なのだろうかと、ナディーヌが結婚相手の心配をするくらいには。

 宮殿のようなアルヴィエ公爵家のお屋敷に着く。
 広間に通されてご紹介を頂いた。
 公爵様は銀髪の大層ご立派な方で、公爵家のご令嬢だったお母様はブルーグレーの髪を品よく結い上げ、青い瞳をしたとてもお綺麗な方だった。
 お兄様は公爵によく似た銀髪でとても麗しい方で、どうやら美形一家のようだ。

 ごく普通のナディーヌが、この中に入るのは非常に勇気がいる。

 エドゥアール・ジョゼフ・アルヴィエ公爵令息はアイスブルーの瞳、銀の髪がゆるゆると首元まで下りて、相変わらず儚げで美しい。

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