女王様は十五歳 お忍び世直し奮闘記

佐倉じゅうがつ

文字の大きさ
3 / 39
一章 女王様、初めてのお忍び

女王様は『お嬢様』と呼ばれる

しおりを挟む
 もう夜は遅い。スープを飲んだ後はすぐ寝室に向かった。ヒノカと同室だ。誰かと同じ部屋で就寝するのも物心がついてから初めての体験だ。

「ヒノカさん、いろいろとありがとうございました」
「『ヒノカ』でええよ、『お嬢』」
「では……ヒノカ。私のこともエルミーナでいいですよ」

「うーん……アンタはなんか『お嬢』って感じがするわ。他人行儀で言ってるんやないで。そう呼んだほうが親近感っちゅうか自然に思えるんや。アンタええとこのお嬢様やろ?」
「そう見えますか?」
「相当な箱入り娘と見たで。おおかた外に興味があって家を抜け出してきたクチやな?」
「……はい。その通りです」

 観念してうなずいた。身ひとつで世間を渡ってきただろう彼女を相手に、ごまかし続けるのは不可能だと思った。

「やっぱりそうか。さすがウチやな! ……で、明日になったら帰るつもりなんか?」
「いえ、もう少し見聞を広げたいと考えています。まだ抜け出したばかりですから」
「止めはせんけど……大丈夫かいな」

 心配するのも無理はない。だが、先ほどの男たちから彼女を助けた件が自信になっていた。

「はいっ! ヒノカのおかげで人との話し方もわかってきたと思います!」
「そう言うてもお嬢、今夜泊まるとこのアテもなかったやんけ。まだ町にとどまるならこの部屋を使うのはどうや? 勉強やと思って明日おばちゃんと交渉してみい、『ヒノカの次は私が使いたい』ってな。ウチも横で見ててやるから」
「えっ? ヒノカの次……ですか?」
「ウチがここにいるんは明日までや。町から町、村から村を渡り歩いて稼ぐ。道中でも人が集まれば稼ぐ。それが旅芸人っちゅうもんや。ま、行き先はとくに決まってへんから、歩きながら考えるかな」
「せっかくお友達になれたのに……とても残念です」
「お友達って……まっすぐなお嬢やなあ」

 ヒノカは顔を見られないようにくるりとベッドに寝ころんだ。

「ほなさっさと寝るで。寝不足じゃあちゃんとした交渉なんてでけへんよ」
「ええ、おやすみなさい」

 女王も部屋の反対側のベッドで横になった。城よりも狭い部屋、木のように固いベッド――すべてが初めての感触だった。

 どうか目が覚めてもこの部屋でありますように。そう祈りながら明かりを消した。



 日の光を感じて目を開ける。最初に見えたのは薄汚れた石の天井。昨日の出来事が夢でなかったことに安堵した。

 しかし――

「足音? しかも穏やかではない気配が……」
「お。やっと目が覚めたんか、お嬢?」

 ヒノカは荷造りをしていた。
 起きたばかりだが意識をすぐに覚醒させる。思案するうち足音の正体に思いいたった。

「ヒノカ、大家のご婦人はどこにおられますか?」
「おお、めっちゃやる気やんけ。でも慌てんでええ。おばちゃんなら外や、毎朝一番にいつも――」

「……おばさま!」

 ベッドから飛び降りて部屋を出た。何かがあってからでは遅い。

「ちょ、なんやどうした!? おーい、待たんかーい!」



「なんなんだいあんたたちは!?」
 婦人はたじろいでいた。朝から衛兵を連れた男が郊外までやってくるとはただことではない。

「この家で女の旅芸人が寝泊まりしているのは確かか?」
「なんでそんなことを――」
「答えろ!」

 衛兵が槍の石突で地面をたたき、背筋を伸ばしたまま詰め寄る。
「あの子がなにをしたっていうんだい!?」

「おばさま!」
「あっ! エルミーナちゃん!? 安心しな、大丈夫……大丈夫だから」

 婦人が女王を守るように両手で制止する。続けてヒノカもやってきた。

「おばちゃん! お嬢! どうした……って、ああーっ!? アンタまさか昨日の!?」
 
「フン、出てきたな。俺から逃げられると思っているのか」
「旅芸人! 昨夜お前にワイン瓶で殴りつけケガをさせられたとの通報があった! よってここで捕らえる。おとなしくしろ!」
「ハァ!? 何言うてんねん、そんなことするわけないやろ! 『お持ち帰り』を断っただけや!」
「じゃあこの頭の傷はどう説明するんだ、んん?」

 男は前髪をかきわけ見せつけるように頭を向けた。こめかみから後頭部まで続く大きな傷跡だ。

「最初からついてたやんけ! 酒場でウチに自慢しとったやろ、決闘でついた名誉の傷だーってな! おい衛兵、こんなヤツの言うことを真に受けたらあかんで! あんなデカい傷が昨日の今日でふさがるわけない! 絶対おかしいやろ!」
「黙れ! 浮浪者のお前とこのお方を比べれば、どちらが正しいかなど明らかだろう!」
「なんで――」
「ヒノカ、無駄です。この衛兵の顔をよく御覧なさい」
「あ……」
 ヒノカは息をのんだ。相手は昨夜、声をかけてきた二人組だったのだ。

「そういうことか……クズがっ!!」

 彼らは軽蔑の声を気にとめるどころか楽しんでいるようにさえ感じられた。

「ワハハハハ、いつまでそんな口がきけるかな? おい、そろそろアレを言ってやれ」
「ハッ!」

 衛兵が一歩前に出て高らかに述べた。

「控えよ! こちらにおわす方をどなたと心得ておる! 西の名君バレンノース公の執政代理人、ゲオル・ベレッツォ様であるぞ!」

「な、なんやて!?」
「あのバレンノース様の!?」

 バレンノース公は王国でも指折りの有力貴族で、人望も厚く名君として広く知られている。二人の反応が何よりの証だ。

「ただいまバレンノースは病に伏しておられる。嫡子もおらぬゆえ、俺が代理を務めているのだ。フフフ、あのジジイがくたばったときは俺が跡を継ぐことになるだろう。どうだ? これが俺の『人脈』というものだ」

 ゲオルは胸の勲章をなでながら続いた。

「さらに、昨日の式典で女王をはじめ多くの者たちに顔を売ってきた。じきに俺の顔を知らぬ権力者はいなくなる」
「わかったか、このお方はお前たちとは住む世界が違うのだ」
「小娘、お前は運がいい。言うことを聞けば昨夜のことは水に流してやる。屋敷でじっくりと『教育』を施してやろう。あわよくば『人脈』になるかもしれんぞ?」

 なめまわすようにヒノカを見る目。バレンノース公がこのような男を重用しているなどにわかには信じがたいが、女王は彼に見覚えがあった。彼の言う『式典』だ。

「いけ好かないヤツやと思っとったけど……想像以上やな」
「……ふむ。そうだ、断ればそこの二人も共犯にしてしまおう。衛兵、応援を呼ぶ用意をしておけ」
「ハッ!」

 見せつけるように角笛を出してブラブラとゆらす。

「さあどうする。来るのか、来ないのか?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...