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一章 女王様、初めてのお忍び
女王様が星剣を手に取られる
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「おばちゃん、お嬢。ウチは行くで」
「ヒノカちゃん!?」
「大丈夫や、伊達に一人旅してへん。このくらいなんとかなる……心配いらん、な?」
ヒノカが一歩前に出る。
「アンタについてったる。そのかわり二人には指一本触れるな」
「よーしよし。衛兵、よくやった。あとで褒美を取らせよう。ほれ小娘、こっちに来い」
ゲオルは早速ヒノカをひきよせ、肩に腕を回した。肩から背中、腰へと手を這わせていく。ヒノカは口をまっすぐむすび拳を震わせて耐えている。
そして彼女のあごをつかみ、唇に――
「来たれ、星剣!!」
空から一筋の光が雷のごとく地面に――ヒノカとゲオルの目の前に突き刺さった。空気が破裂したかのような衝撃がまきおこる。
「ヒィエ! なななななな、なんだ!?」
ゲオルは大きく飛びあがり両手をばたつかせながらひっくり返った。
解放されたヒノカの手をとって後ろに退避させ、飛来した『星剣』を鞘ごと引き抜く。女王の身長に匹敵するほどの大剣だ。
「ヒノカ、下がってください」
「お嬢、アンタいったい……?」
「き、貴様! 歯向かうつもりか!」
衛兵がすかさず角笛を吹いた。応援要請だ。
剣を鞘に納めた状態のまま、肩の高さで立て構えた。
「これ以上の狼藉は許しません!」
「無礼な! おい、やってしまえ!」
衛兵が槍を振り下ろす。肩をねらった切っ先による斬撃は命中せず、土を叩くだけに終わる。そこで槍はびくともしない、動かない。女王が柄を踏みつけていた。
「このガキ! ぁ痛っ!」
槍をもつ手に一撃。たまらず手を離したところすれ違いざまに胴体を打ち抜く。衛兵はうめきながら崩れ落ちた。
「クッソォ使えんやつめ! だがもうおしまいだ!」
まだ起きあがれないゲオルがニヤリと笑う。角笛を聞きつけた他の衛兵たちが城下町からやってきた。増援が到着したのだ。
「おいどうした! なにがあった!?」
「よく来てくれた! このガキが武器を持って襲ってきたんだ! バレンノース公の執政代理人、ゲオル・ベレッツォが命じる。こいつを止めろ、殺してもかまわん!」
うずくまる衛兵、座り込んだ貴族、武器を持つ少女……しらぬ者が見ればゲオルの言葉を信じるのも無理はないだろう。全員がただちに武器を突き出した。
衛兵は十人、槍と剣の混成。前方を囲まれている。
だが騎士団を完膚なきまでにたたきのめす『目に見えない鋼鉄でできた竜巻』の前には、この程度の数は何の妨げにもならない。
躱し、突く。流し、打つ。
女王たるもの、安易に人の血を流すわけにはいかない。星剣を鞘から抜かなかったのは斬らぬため。打たれた者たちが痛みをこらえ、再び立ちあがれるのはこのおかげだ。
ゆえに二の太刀がある。
なすすべなく何度も倒されれば気力も尽きる。攻撃の手は次第に弱まっていき、ついに止まった。
「うりゃーーーー!!」
ようやく立ち上がったゲオルも剣を抜いて襲いかかるが――
一閃。
剣が、真っ二つに、折れた。
「ほへっ?」
ひるんだゲオルが再び倒れる。折れた剣が足をかすめた。
「ひいいいいぃぃぃぃぃぃ!」
そこに馬の蹄の音――騒ぎを聞きつけた騎士がやってきた。へたりこんだ衛兵たちのすがるような視線がいっせいに注がれる。
騎士は女王と衛兵たちの間に割って入り、右手を挙げた。
「静まれ静まれ! 何事だ! おい、全員武器を下ろせ! そこのお前も――」
「お勤めご苦労様です」
女王が剣を地面に立てながら声をかけた。息は一つも乱れていない。
「うん? あなたはもしや――」
「右肩の打撲は……大丈夫のようですね。稽古とはいえ二日続けて同じ個所を打ってしまい、少し気がかりでした」
「あっ!!」
「ふふふ、元気なようで安心しました」
「じょ、じょ、じょ、女王様!?」
騎士の叫びをすぐに理解した者はいなかった。馬を降り敬礼をする様子を見て、ようやく反応が起き始めた。
「女王様やて……? それってあの女王様?」
「おい、今の聞いたか?」
「女王様……?」
「全員控えよ! こちらのお方をどなたと心得る! 恐れ多くも我が国の主、アンナ・ルル・ド・エルミタージュ女王陛下であるぞ!」
「女王様!」
「ヒッヒィィ!」
全員がひざをつき平身低頭する。ゲオルも必死の形相で腰をおさえながら礼の形を作った。
「ゲオル・ベレッツォ。そなたはバレンノース公の代理を任された身でありながら、権力を盾に若い娘を手籠めにせんとした身勝手なふるまいの数々。しかと見届けましたよ」
「お……恐れながら、その者は私めの頭を……その、瓶で殴りつけてきまして。こ、この通り! 負傷させられたのでございます! 私は私なりに罪を罰しようとしただけで!」
「黙りなさい。昨日の式典でそなたが挨拶に参ったとき、既に傷跡があったと記憶しています。これは私の記憶違いですか?」
「あっ!!」
ゲオルは両手をついて崩れ落ちた。『女王と挨拶を交わした』と言って人脈を誇示したのは彼自身だ。
「バレンノース公に使いを送り、この件について対応を求めます。覚悟しておくように」
「お、恐れいりました……」
「では……連れていきなさい」
「ハッ! 仰せのままに! さあ立て!」
一人の衛兵が立ちあがりゲオルの腕をつかんだ。ほかの者たちもゲオルを取り囲もうと動き出す。しかし女王はいったん手で制した。
「お待ちなさい! まっさきに腕をつかんだあなた。あなたの働きについて衛兵長に伝えましょう」
「はい、光栄に存じます!」
「何を言っているのですか? 光栄に思うことなどありません。あなたはその者と共犯なのですから」
腕をつかんだのはゲオルと組んでいた衛兵だった。
「くっ……くっそぉ……」
ヒノカを狙った二人は連行されていった。残ったのは女王と騎士、ヒノカと大家の婦人だ。
「ヒノカ、これでもう大丈夫ですよ」
「……ウチ、女王様とは知らず偉そうなことばかり言うてしもて。申し訳ありませんでした!」
頭を下げるヒノカの手を取ってほほえんだ。
「どうか顔を上げてください。礼を言うのは私のほうです、あなたのおかげでたくさんの思い出と学びを得られたのですから……ありがとうございました。それと、おばさまも」
婦人の方を向く。
「わ、わわわわわたくしめでございますか!?」
「一夜の宿と一杯のスープ……ご恩は決して忘れません」
「は、ははぁー! ありがたきしあわせー!」
婦人はすっかり恐縮したのか、地面にひれ伏してしまった。
「おばちゃんおおげさやで。顔を地面に埋める気かっちゅーねん!」
「だ、だってえ……」
朝日の空に女性たちの笑い声が響いた。
「ふふふ。あなた方に会えて、本当に嬉しく思います」
「女王様。名残惜しゅうございますが、わたしと城へ戻っていただけますね?」
「ええ。此度の件についてやらねばならないことがありますし、ジョゼフたちも心配しているでしょう」
騎士に促されて馬にまたがる。
「ヒノカ。あなたとはここでお別れになりますが、ぜひ来年の『稼ぎ時』にも来てください。待っています。おほほほ」
馬の背にゆられ、朝日の光を浴びながら『やらねばならぬこと』に思案を巡らせた。まだ、終わりではない。
「ヒノカちゃん!?」
「大丈夫や、伊達に一人旅してへん。このくらいなんとかなる……心配いらん、な?」
ヒノカが一歩前に出る。
「アンタについてったる。そのかわり二人には指一本触れるな」
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ゲオルは早速ヒノカをひきよせ、肩に腕を回した。肩から背中、腰へと手を這わせていく。ヒノカは口をまっすぐむすび拳を震わせて耐えている。
そして彼女のあごをつかみ、唇に――
「来たれ、星剣!!」
空から一筋の光が雷のごとく地面に――ヒノカとゲオルの目の前に突き刺さった。空気が破裂したかのような衝撃がまきおこる。
「ヒィエ! なななななな、なんだ!?」
ゲオルは大きく飛びあがり両手をばたつかせながらひっくり返った。
解放されたヒノカの手をとって後ろに退避させ、飛来した『星剣』を鞘ごと引き抜く。女王の身長に匹敵するほどの大剣だ。
「ヒノカ、下がってください」
「お嬢、アンタいったい……?」
「き、貴様! 歯向かうつもりか!」
衛兵がすかさず角笛を吹いた。応援要請だ。
剣を鞘に納めた状態のまま、肩の高さで立て構えた。
「これ以上の狼藉は許しません!」
「無礼な! おい、やってしまえ!」
衛兵が槍を振り下ろす。肩をねらった切っ先による斬撃は命中せず、土を叩くだけに終わる。そこで槍はびくともしない、動かない。女王が柄を踏みつけていた。
「このガキ! ぁ痛っ!」
槍をもつ手に一撃。たまらず手を離したところすれ違いざまに胴体を打ち抜く。衛兵はうめきながら崩れ落ちた。
「クッソォ使えんやつめ! だがもうおしまいだ!」
まだ起きあがれないゲオルがニヤリと笑う。角笛を聞きつけた他の衛兵たちが城下町からやってきた。増援が到着したのだ。
「おいどうした! なにがあった!?」
「よく来てくれた! このガキが武器を持って襲ってきたんだ! バレンノース公の執政代理人、ゲオル・ベレッツォが命じる。こいつを止めろ、殺してもかまわん!」
うずくまる衛兵、座り込んだ貴族、武器を持つ少女……しらぬ者が見ればゲオルの言葉を信じるのも無理はないだろう。全員がただちに武器を突き出した。
衛兵は十人、槍と剣の混成。前方を囲まれている。
だが騎士団を完膚なきまでにたたきのめす『目に見えない鋼鉄でできた竜巻』の前には、この程度の数は何の妨げにもならない。
躱し、突く。流し、打つ。
女王たるもの、安易に人の血を流すわけにはいかない。星剣を鞘から抜かなかったのは斬らぬため。打たれた者たちが痛みをこらえ、再び立ちあがれるのはこのおかげだ。
ゆえに二の太刀がある。
なすすべなく何度も倒されれば気力も尽きる。攻撃の手は次第に弱まっていき、ついに止まった。
「うりゃーーーー!!」
ようやく立ち上がったゲオルも剣を抜いて襲いかかるが――
一閃。
剣が、真っ二つに、折れた。
「ほへっ?」
ひるんだゲオルが再び倒れる。折れた剣が足をかすめた。
「ひいいいいぃぃぃぃぃぃ!」
そこに馬の蹄の音――騒ぎを聞きつけた騎士がやってきた。へたりこんだ衛兵たちのすがるような視線がいっせいに注がれる。
騎士は女王と衛兵たちの間に割って入り、右手を挙げた。
「静まれ静まれ! 何事だ! おい、全員武器を下ろせ! そこのお前も――」
「お勤めご苦労様です」
女王が剣を地面に立てながら声をかけた。息は一つも乱れていない。
「うん? あなたはもしや――」
「右肩の打撲は……大丈夫のようですね。稽古とはいえ二日続けて同じ個所を打ってしまい、少し気がかりでした」
「あっ!!」
「ふふふ、元気なようで安心しました」
「じょ、じょ、じょ、女王様!?」
騎士の叫びをすぐに理解した者はいなかった。馬を降り敬礼をする様子を見て、ようやく反応が起き始めた。
「女王様やて……? それってあの女王様?」
「おい、今の聞いたか?」
「女王様……?」
「全員控えよ! こちらのお方をどなたと心得る! 恐れ多くも我が国の主、アンナ・ルル・ド・エルミタージュ女王陛下であるぞ!」
「女王様!」
「ヒッヒィィ!」
全員がひざをつき平身低頭する。ゲオルも必死の形相で腰をおさえながら礼の形を作った。
「ゲオル・ベレッツォ。そなたはバレンノース公の代理を任された身でありながら、権力を盾に若い娘を手籠めにせんとした身勝手なふるまいの数々。しかと見届けましたよ」
「お……恐れながら、その者は私めの頭を……その、瓶で殴りつけてきまして。こ、この通り! 負傷させられたのでございます! 私は私なりに罪を罰しようとしただけで!」
「黙りなさい。昨日の式典でそなたが挨拶に参ったとき、既に傷跡があったと記憶しています。これは私の記憶違いですか?」
「あっ!!」
ゲオルは両手をついて崩れ落ちた。『女王と挨拶を交わした』と言って人脈を誇示したのは彼自身だ。
「バレンノース公に使いを送り、この件について対応を求めます。覚悟しておくように」
「お、恐れいりました……」
「では……連れていきなさい」
「ハッ! 仰せのままに! さあ立て!」
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「お待ちなさい! まっさきに腕をつかんだあなた。あなたの働きについて衛兵長に伝えましょう」
「はい、光栄に存じます!」
「何を言っているのですか? 光栄に思うことなどありません。あなたはその者と共犯なのですから」
腕をつかんだのはゲオルと組んでいた衛兵だった。
「くっ……くっそぉ……」
ヒノカを狙った二人は連行されていった。残ったのは女王と騎士、ヒノカと大家の婦人だ。
「ヒノカ、これでもう大丈夫ですよ」
「……ウチ、女王様とは知らず偉そうなことばかり言うてしもて。申し訳ありませんでした!」
頭を下げるヒノカの手を取ってほほえんだ。
「どうか顔を上げてください。礼を言うのは私のほうです、あなたのおかげでたくさんの思い出と学びを得られたのですから……ありがとうございました。それと、おばさまも」
婦人の方を向く。
「わ、わわわわわたくしめでございますか!?」
「一夜の宿と一杯のスープ……ご恩は決して忘れません」
「は、ははぁー! ありがたきしあわせー!」
婦人はすっかり恐縮したのか、地面にひれ伏してしまった。
「おばちゃんおおげさやで。顔を地面に埋める気かっちゅーねん!」
「だ、だってえ……」
朝日の空に女性たちの笑い声が響いた。
「ふふふ。あなた方に会えて、本当に嬉しく思います」
「女王様。名残惜しゅうございますが、わたしと城へ戻っていただけますね?」
「ええ。此度の件についてやらねばならないことがありますし、ジョゼフたちも心配しているでしょう」
騎士に促されて馬にまたがる。
「ヒノカ。あなたとはここでお別れになりますが、ぜひ来年の『稼ぎ時』にも来てください。待っています。おほほほ」
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