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三章 水車の町と先代女王

女王様は先代に似ていらっしゃる

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「……つまり、わたくしめが選んだメルル焼きは、シャルカン商店の作品ではない……と?」

 女王が語った事実に、ドーコー伯爵は驚きを隠せないようだ。
 当然、『黒幕』とされたシャルカン親子は反論してくる。

「女王様のお言葉ではありますが、何を証拠にそのようなことを!」
「そうだそうだ!」

「……では、作品を壇上から降ろし、誰が作ったのか名乗らせましょうか?」



「な……ならば我々の手で、責任を持って運ぶべきです! もし――」
「あ、ボクの意見も聞いてください! 階段で落としてしまったら、割れてしまいますよ? それじゃ困りますよね?」
「おい馬鹿者! せっかくの策をつぶす気か!」
「え? どういうこと?」

 息子はぽかんと口を開けている。どうやらシャルカンの最後の一手を読めなかったようだ。
 むろん、その手を使わせるつもりはない。

「あなたの言うことはもっともです。仮に、粉々になってしまったら、誰の作品かわからなくなってしまいますね」

「あ、そうか……」
「馬鹿が……馬鹿息子が……っ!」



「ですので、『決して落とさない者』に運ばせましょう。私が指名します」

 『彼ら』が群衆の中にいることは、気配でわかっている。方向に検討をつけて呼びかけた。

「ストガルド工房の親方さんとお弟子さん、こちらへ来てください」

 親子が人々をかきわけ、柵をまたいでやってくる。そろって両ひざをつき、うやうやしく頭を下げた。

「ここにおりやす」
「み、右に同じくです」

「ではストガルド殿、ドーコー伯爵。壇上の最優秀作品をここへ。息子さんは待っていてください」



 指名された二人は、作品をいちど元の木箱に入れて、慎重な足取りで運んできた。
 女王が目印にしていた青いシミの正体は、ヒノカが持っていた染料である。昨夜、ルネにつけさせたのだ。

「あーもうダメだ! ボクはここで失礼します!」
「お、同じく失礼いたします!」

 箱が置かれたと同時に、シャルカン親子が立ちあがって逃げだした。方向は階段からみて正面、つまり――

「うわわわわわっ!?」

 いきおいよく重し付きの縄が投げ入れられた。逃亡者の足にくるくると巻きつき、自由をうばう。

「うおっ! なんだこれは……!?」

 たちまち地面に倒れこむ両者の前に現れたのはヒノカとルネだった。

「芸人、なめんなや」
「おとなしくしてくださいねー」
「親子って似るもんやな……似なくていいところも、な!」

「ぐへえ……っ」

 背中を押さえつけ、完全に身柄を確保した。
 ヒノカは女王と先代を『頼りになる親子』と評してくれたが、彼女たちも本当に頼もしい……何度そう思ったことか。

「二人とも、お見事です。では、あらためて……作品を見ましょうか」




 ストガルドが箱のふたを開けた。壇上では見えなかった、今年の最優秀作品。大衆の中から感嘆の声があがった。

「職人ストガルドよ。陛下が指名された理由は、ひとつしか考えられぬ。このメルル焼き……そなたのものであろう?」
「……いいえ、あっしではございやせん」
「な、なんだと!?」

 あのとき、彼の決心を正しく理解できていたのだと、女王は安堵した。
 木箱に入っていたのは、水車が描かれた大皿――

「では誰が作ったというのだ?」
「あっしの息子、ザットです」
「お……お父ちゃん!?」



「伯爵様、神聖な品評会で『すり替え』という重大な違反行為をしたこと……申し訳ございやせん」

「謝る必要はない。そもそもシャルカン商店が自分らのものだと偽っていたのだぞ? もし陛下がご指摘くださらなければ……愚かな私は気づかなかっただろう。こちらこそすまなかった」

「それはそれ、これはこれでございやす。あっしは『息子の作品こそ評価されるべきだ』と。選考方法を利用し、あなた様を偽ったのでございやす」

 老齢の職人は両手をついて、深く頭をたれた。



「本日をもってストガルド工房の看板を下ろしやす。どんな罰でも謹んでお受けいたしやすから……息子のメルル焼きを、どうかお認めに!」
「お父ちゃん!」
「後は任せたぞ、ザット」

 伯爵はひざをつき、親子の肩をそっと……いたわるように抱いた。

「顔を上げてくれ。お前たちに罰を与えるなどできるものか」

 自らに言い聞かせるように何度も頷くと、こちらに向かい直し、改めて頭を下げた。

「女王陛下。このたびの不祥事、最大の原因である私めに……どうか厳しい処分をお与えください」



 女王は考える。
 若いころのストガルドは品評会に出たくても出られなかったという。息子のザットも、これまでの規定では同じ。ならば――



「……では、この会の選考方法を改定してもらいます。無名ゆえに出品が許されず、そのまま埋もれた職人もいることでしょう」
「数十年の月日を考えればおそらく……いや、確実に存在するかと」

「よって出品者については制限を設けず、すべての作品を人の目で見て評価してください。たいへんな労力が必要でしょう……ですが、メルル焼きの発展を想うならば、信頼できる家臣とともに、やり遂げてごらんなさい」

「はっ! このドーコー、必ずや果たします」



「もう一つ。シャルカン親子への処分ですが……」

 そう言うと当人たちは、釣り上げられた魚のようにじたばたと動き出した。

「ヒィィィィ!」
「ひええええっ!」
「こらっ、暴れんなや!」

「伯爵にすべて任せます。ただし、商店で働くほかの人々が困らないよう、代わりの経営者を呼ぶなどの対応をするように」
「かしこまりました」



「ストガルド殿、そしてザット殿……」
「へい」
「は、はいっ!」

「先日はたいへん勉強になりました……ありがとうございます。これからの働きにも期待していますよ」
「ザット、お前におっしゃってるんだぜ?」
「あ、あの、えっと……精いっぱい、頑張ります!」



 どこからともなく拍手の音が鳴り、次第に大きく会場をつつんでいった。




 翌日。

「お父ちゃん、今日は休むのかい?」
「俺は看板を下ろした……引退だ。もうメルル焼きは作らねえ」

「『もう作るな』なんて、女王様も伯爵様も言ってなかったじゃないか」
「これは俺なりのけじめってやつだ。作らんと言ったら作らん」

「ハァ……強情だなあ」
「うるせえ。はやく仕事場に行きな、『ザット親方』さんよ」

「……昨日のことだけどさ。女王様、すごかったよね」
「そうだな、先代によく似ていらっしゃって……って、それがどうした?」

「来年の品評会のことなんだけど、女王様の人形でいこうかと思ってるんだ」
「な、なんだと!? お前……ハンパなもん作ったら無礼ってもんだぞ、おい!」

「お父ちゃんも、むかし先代の人形を作ったんだよね。盗みたいなあ……その技術」
「……ずいぶんと口がうまくなったじゃねえか」



 ドン、と胸をたたく音がした。

「一年やそこらでモノにできると思うなよ! ストガルドの技は甘くねえぞ!」

 威勢のいい声とともに、二人の気配は遠くなっていった。







「……これでめでたしめでたし。ですね」
「昨日あれだけ大立ち回りしておいて、今日は壁越しに聞き耳をたてるか……忙しいお嬢やで」
「見つかったら大騒ぎですもんねー」





 はやくも来年が楽しみになった女王は、そのときどうやって自分を模した人形を見にいこうか、あれこれと思案を巡らせるのであった。
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