上 下
39 / 39
エピローグ

女王様は十六歳になられる

しおりを挟む
 女王の誕生日がせまるころ、いつも城の中は準備で大忙しだ。
 特に宰相ジョゼフと騎士団長ピエールは、昨年のこともあってか念の入れようが違う。



「ピエール。いよいよ誕生日前夜のパーティーじゃな」
「はい。しっかりと女王様をお守りする所存です。すべて予定通りに……」

「予定通りだと? 甘い、甘いぞピエール! あのお方のこと、隙あらばまた飛び出すに決まっておる!」
「……誰が飛び出すのですか?」

「じょ、女王様!」

「聞こえていましたよ、爺や?」



「ならばこの際です、はっきり言わせてもらいますぞ。また城から出ようと考えておられるのでしょう? あなた様は先代の血をひくたった唯一のお方。もしものことがあれば取りかえしがつきません! 前回うまくいったからといって、次もと思われているなら大間違いです。ええわかります、わかりますとも。直に見て回ってこそ真実が見える、それも一理あるでしょう。しかしここは我慢のしどころですぞ! 女王様は玉座にしっかりとお座りになって、われわれが百聞にも勝るきめ細やかな報告を届けますから。まったく誰に似たのやら。先代もお忍びをくりかえしましたが、そこを見習ってもらっては困ります。そもそも――」





 はじまってしまった。
 城にもどった女王の悩みの種。ことあるごとにお忍びを控えるよう言ってくるジョゼフだ。

 話の内容はいつも似通っているし、とても長い……昔から説教をすると時間のかかる人物だったが、昨年のお忍びのこととなると今までの比ではなかった。

 よほど先代女王にも悩まされたのだろうと思う……が。



「母上がたびたび抜け出されたのは、爺やから逃げるためでもあったのでは……」

「なにかおっしゃいましたか?」
「いいえなにも。おほほほほ……」

 ジョゼフの話が終わるころにはパーティーがはじまる時刻。
 急いで身支度をととのえ、大広間へと向かう。





 数多の有力者たちが、女王を祝福しに集まっていた。用意された立食をつまみながら『そのとき』を待つ。





 ある程度の時間がたつと、進行役が杖で床をかるくたたき、来場者の名前をよみあげる。
 呼ばれた者、およびその従者が、主役たる女王のまえに進みでて祝福の言葉を述べる。これを順番に、全員がおこなうのだ。

 多くの場合、一年にいちどの顔合わせ……あるいは初対面になる。
 だが今回は違う。



「ドーコー伯爵から女王陛下へ、祝福の言葉です!」



「女王陛下、お誕生日おめでとうございます」
「おひさしぶりですね、ドーコー伯爵」
「おかげさまで、最近は力強いメルル焼きの作品が多く作られています。いずれ陛下にもお見せできるかと」
「まあ! 楽しみにしています」

 豊かな資源をもつメルルバルの町。すばらしい工芸品が今日もつくられ、人々を魅了しているだろう。





「カランド公爵から女王陛下へ、祝福の言葉です!」



「陛下……ご機嫌うるわしゅうございます」
「……先日の件、対処いただけたようでなによりです」

「20年前……たったひとり、おのれの責任だと申しでたダグラスを裁いて、事件の幕を引き、名乗り出なかった家臣の悪心に気づかなかった。このカランド、一生の不覚。面目次第もございません」

「同僚を守ることが彼の意志だったのでしょう。守られた者たちが心を改めなかったことが、残念でした……」
「はい。とうてい償いきれる過ちではありませんが、せめて……」

 カランド公は、後ろにひかえる騎士の青年を前に出させた。

「ダグラスの子トーマス……この者を必ずや、立派な騎士に育てあげてみせます」
「ええ、お願いします」

 緊張しているのか、トーマスは赤い顔で直立不動になっていた。

「私からも応援させてください、トーマス殿。お父上に恥じない騎士に……期待しています」

「あ、は……はははい! 光栄でああ、あありすますエルミ……女王様!」
「うふふっ、緊張されているのでしょうか?」

「初めての式典ですし無理もありません……しかし、来年はもっとしっかりしてもらわないといけませんな」
「それはそれは、楽しみですね」

「あの……どうか、お手柔らかに……」

 硬くなっている今のトーマスを見ていると面白い。しかしそれ以上に成長した姿を想像するのもまた楽しみである。
 たとえば、弟や息子を見まもる気持ちはこういうものだろうかと思った……もっとも彼は年上だが。





「コルン公爵から女王陛下へ、祝福の言葉です!」



「た、多大な迷惑をかけたにも関わらず、迎えいれてくださり感謝いたします……」
「コルン公。もっと強気になっていただかないと、いつかまたマカザのような者が現れてしまいますよ」
「マ、マカザがふたたび!? そ、それは困ります」

 女王は縮こまってしまったコルン公をなだめ、はげました。
 どうにか持ちなおし、心おきなく雑談に応じてくれるようになったころ、待望の話題がやってきた。

「あの宿屋の夫婦なのですが、出発前に様子を見にいきました」
「ぜひ聞きたいと思っていました! お元気ですか?」
「はい、無事に子供も生まれまております。男の子ですよ。それはもうにぎやかで――」

 それからの話はとても長くなった。自身の子育ての苦労などを延々と語りはじめたからだ。
 ジョゼフと気が合うかもしれないと、女王はふと思った。




 そして、ついに『彼女』の番がまわってきた。

「バレンノース家の御令嬢、ヒノカ様より女王陛下へ、祝福の言葉です!」

 ヒノカ。バレンノース城で別れたとき以来の再会だった。
 白いドレスに身をつつんだ彼女は真珠のように、滑らかで一目をひきつける美しさがあった。

 従者として仕えることになったソニアを連れ、優雅で堂々としたふるまいを見せている。
 これを見て『少し前まで旅芸人だった』と信じる人間はいないだろう。

「『お初にお目にかかります』、女王様。ヒノカ・カチ・バレンノースと申します」
「会えてうれしく思います、ヒノカ」






 月がひとつ、星が無数にひろがる夜空。
 全員の祝福を受け終えた女王は、テラスでひとり休憩を取っていた。
 頬をなでる風がつめたくて心地いい。

「……お、いたいた。ウチの読みはさえとるなあ」
「ヒノカ! 待っていました」

 厳かなドレスを身にまといつつも、旅をしていたころと変わらない、気さくなヒノカがいた。
 それにしても……

「うふふっ……」
「あはははは!」

 ふたりで大いに笑い合った。

「ははは……わらいすぎやで! その顔をあそこの連中に見られるわけにはいかんやろ!」
「大丈夫です、周りには……誰もいませんから!」
「ま、お嬢がそういうならそうなんやろな」

「バレンノース公はお元気ですか?」
「ずっと寝込んどったのがウソのようにな。医者が『気力でここまで持ちなおすなんて』とびっくりしとったわ」

「ヒノカが来てくれたからでしょう?」
「へへ……その代わりお嬢と別れることになってしもうた。どうや、ウチと会って元気でたか?」

「もとから元気ですが……そうですね、いっそう高揚していますよ」
「ホンマにそれだけか~? あのとき泣きながら別れを惜しんでたのは誰やったかな~?」
「す、少ししか泣いてません! ヒノカのほうこそ……」
「ちょ、泣いてへんわ!」



 他愛なく、しかし大切な時間。いつまでも語り合いたかったが、今は式典の場。

「……さて、いつまでも主役が席をはずすわけにはいかないやろ?」
「ええ。戻らなければなりません」
「名残惜しいけど……またな、お嬢……っと、戻るときは時間差をおいたほうがええか。先に行ってるわ」






 深夜までつづく式典のあと、夜が明けるころには城下町で行われるパレードの支度をする。

 毎年、馬車にのって人々から祝福を受けてきた。しかし今年は様式を変える……女王たっての希望だ。



「今日はよろしくお願いします、ソラ」

 馬にまたがり、その顔を優しくなでた。ブルルッと気合のはいった返事がたのもしい。

 ソラ……旅の路銀をかせぐため、競馬場へと足をはこんだ縁で出会った競走馬。
 女王が、女王杯というレースで騎乗し、優勝した……あの景色を生涯わすれることはない。

 自ら騎乗してパレードにのぞみたい。女王がそう考えたときに思い出したのが、ソラをそだてた牧場の親子だ。
 いずれ誕生日式典を見にいきたいと言っていた。
 ので、招待をかねてソラを借りられないか使いの者を出し、了承を得たのだ。

 ソラの移動のため親子が城へ来たのは数日前のこと。
 両親はひっくりかえるほどの驚きよう。娘のアニーは女王のまわりをぐるぐる回ってはしゃいだ。
 今日の式典もどこかで見ていることだろう。



「女王様、お時間です」
「わかりました。では出発しましょう」

 門をくぐり、城下町へと進みだした。パレードの始まりだ。





「じょおうさまー!」
「女王さまー!」
「おめでとうございまーーーーす!!」

 歓声のなか、手を振ってこたえる……馬上だとまた違った景色だ。

「みなさま……温かいお言葉をありがとうございます!」

 青空の嵐とも形容されるパレードはいつにも増して熱気に包まれていた。
 盛り上がっているのは、いつもと違うからだろうか?
 それとも……

「凛々しくなられた気がする」
「女王様って乗馬が得意なのかな?」
「なんて頼もしいお姿……」

 去年より民の目線に寄りそえていたら。人として成長できていたら、とても嬉しく思う。
 お忍びの旅は女王にとっておおきな一歩だった。
 そしてこれから何度も、大小の一歩を重ねていく。

 理想は高い。まだまだ母の……先代の背中は遠いと感じている。

 だからこそ――






 翌日。
 城下町の聖堂で祈りをささげる人々の中に、ヒノカの姿があった。

「今日この町を出発するで。アイツのこと、これからも見守ってやってくれな……」



「では、私はヒノカのことを見守ってくださるようにお祈りしましょう」

 一年前と同じく、女王はヒノカのとなりにいる。

「それじゃおあいこやん。あー……じゃあせっかくや、ルネの姐さんのこともお願いしとくわ」



 聖堂を出ながら話をつづける。

「今さらですが、ヒノカが旅に出ても問題はないのですか?」
「お嬢が言うかい!」

 ビシッと胸元にツッコミがはいった。この感触もひさしぶりで、出発の実感がわいてくる。

「私は二回目。お忍びについてはヒノカより先輩ですから」

「先輩ねぇ……ま、ウチはおじいちゃんとソニアに言ってあるから大丈夫や。ちゅうかお嬢こそ誰かに言ってきたんか?」



「……ルネがきっとなんとかしてくれるでしょう。ね?」

「コラコラ、お嬢が抜けだしたら大騒ぎどころじゃないやろ!」
「次回から事前に言っておこうと思います……」

「早くも三度目をたくらんどるとは、家来も大変やな……」



 庭の木から飛び出した鳥たちが、町の外へと向かう姿が見えた。去年よりも一羽多い……来年はもっと増えているだろうか?

 いや、来年よりも『今』に想いをはせよう。女王はそう思いながらヒノカの手をとった。

「さあ、出発しましょう!」









 女王たちが聖堂前から見えなくなるころ、木の枝が大きくゆれた。
 降ってきたのはひとりのメイド……ルネ。

「お嬢様ってば、『なんとかしてくれる』なんて、言ってくれますねー。あのおじいさん、すごく話が長くて眠くなっちゃう……となると」

 うんと伸びをしたあと、紙と筆をとりだし文章をしたためる。

「……よし、去年と同じく手紙で『なんとか』しましょう。というわけで騎士団長……お小言をもらう役、お任せします。すみません……あっ!」

 なにかをひらめいたルネは、いつもの笑みを浮かべながら駆けていった。



「今回はあそこに置いていこうっと。誰が見つけるかなー? にししっ」






おわり
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...