上 下
38 / 39
六章 公爵の孫娘

女王様はお帰りになられる

しおりを挟む
 こうしてソモンを捕縛できた。しかし裁くべき立場のバレンノース公は病の身……となれば、女王が直々にくだすしかない。



「く……くそっ、貴様ら……我だけを縛りつけるとはどういうことだ! ほかの兵どもはどうなんだ、ええ!?」

 すっかり意気消沈した様子の兵士たちは、武器を置いて座りこんでしまっていた。
 たったひとりに制圧されるのも困りものだが……これをきっかけに精進してほしいと思う。

 それにはきっかけが必要だ……たとえば、病床の主君が気力をとりもどすような吉報が。



「ルネ、調査隊のみなさんはここへ向かっているのですね?」
「もうじき着くころかと思いますー」
「他公の手の者を介入させるのは気がすすみませんが……今回はしかたがな――」

「ソモン様、ソモン様ぁー!!」

 声をあげて中庭にはいってきたのは、あの門番だった。



「たいへんです! コルン公の調査隊とかいうものたちが……あ、あれ……?」
「お、到着したみたいですねー」

「ソモン様、どうして縄に……?」
「いいところに来た! 我を助けろ、いますぐだ!」
「えっ?」

 こちらをちらりと見る門番。

「む、無理ですよオレひとりじゃ!」
「やれといったらやるんだ! だいたいお前たちは――」





「……お嬢様、そろそろ言っちゃってもいいですか?」
「はい。どうぞ」



「ご静粛に! こちらのお方はハイナリアの女王、アンナ・ルル・ド・エルミタージュ様であらせられるぞー!!」

 ルネの声がひびきわたる。その場にいる全員が彼女のほうを向いた。

「ええ!?」
「女王様だって!?」

「あー! そういえば聞いたことがある!」
「門番! 知っているのか!?」

「お、俺は城を出入りする人間と話す機会が多いんだが……アンナ女王様がお忍びで各地を旅してまわり、悪人どもをこらしめていると何度かウワサになっていた……まさか本当だったとは……!」

「そこの人、よく知ってますねー。まっ、ウソだと思うなら調査隊のみなさんに聞いてみてもいいですよー」



「女王様」
「ああ、女王様!」

 兵士たちがつぎつぎとひれ伏す中で、青い顔でぼうぜんとしているのはソモンだった。

「そんな……まさか……我にこんなことが……なぜ……バカな……」



「ソモン。偽りの公女を作り上げ、権力を握ろうとした件。それに孤児院と結託しての悪行……断じて許すわけにはいきません」

 余罪がある可能性も考えられる。時間をかけて調べる必要があるだろう。
 立て続けになってしまうが、ルネにも働いてもらうつもりだ。

「さあ、彼を牢屋へ連れていきなさい」

「ろう……や……我、が……」

 今回の事件の黒幕は、放心状態のまま連行されていった。





 しばらくのち、女王とヒノカは扉の前にいた……この先がヒノカの祖父、バレンノース公の自室である。

「……ヒノカ、心の準備はできましたか?」
「どう準備しろっちゅーねん……なにも想像できん」

「そうですね。でも、きっと大丈夫……いきますよ?」





 コンコンと扉をたたいて、開けた。
 部屋の中は薄暗く、ろうそくの小さな明かりだけがゆらめいていた。

「誰だ……?」

 声の主はもちろんバレンノース公だ。
 動く気配はない。ほとんど寝たきりだと聞いていたが……どうやらその通りらしい。

「なにやら騒がしかったが……何かあったのか?」

「お休みのところ失礼します。バレンノース公……おひさしぶりですね」
「君は……いや、あなた様は……!?」

「どうかそのまま。お体にさわります」
「……おどろきました。まさか陛下がいらっしゃるとは……ますますお母上に似られましたな……」



「積もる話はありますが……今日はぜひとも、会わせたい方がおりまして。さあ、ヒノカ……」

 扉を開けたときから、背中にはりついていヒノカを引っぱりだした。
 おずおずとしながらも懸命に口をひらく。

「……ええと……ウチは、その……ヒノカと言います。生まれはこの地方で、おか……母の名前はリア・カチです」

「リア……まさか……! 顔をよく見せてくれるか?」

 ベッドにかけより、膝をつくヒノカ。バレンノースは上体をおこして、彼女の顔をじっと見つめた。

「ああ、間違いない。リアの面影がある……あの子が、こんなに立派な娘を……」
「自分でいうのも変やけど、ウチの顔だけで信じてええんか……? そうや、この証拠を見てからでも――」

「ひょっとして笛を見せるつもりかな?」
「……! そ、そうや。これ、母の形見で……」
「形見……」



 バレンノースの頬に涙が光る。

「つらい思いをしてきたのだな……わしが頑固だったばかりに……すまない。わしがあのふたりを認めてさえいれば」
「おじいちゃんっ!」

 泣いているのだろう。ヒノカの声は震えていた。

「ウチは幸せや。小さいころから、今まで……ずっと幸せやったで。おじいちゃんが謝ることなんて、なんもないで……」
「わしを祖父と呼んでくれるのか……」

「……当たり前や。だからウチのことも――」
「ヒノカ。わが孫娘よ」

「……あ」





 女王は退室した。ふたりの時間を過ごしてほしいから……
 今。そしてこれからも。

 さまざまな想いが目頭を熱くさせる。



「……うまくいったみたいですね。お嬢様」
「ええ。私ももらい泣きしてしまいました」

「……ヒノさん、ここに残るんでしょうか?」
「きっと。いえ、必ず。たったひとりの肉親なのですから」

「肉親ですか……ちょっとうらやましいですね」
「ふふっ、たしかに。私も肉親はいませんが……城のみんなが自分の家族だと思っています」

「おっと! それってわたしも入ってます?」
「もちろんですよ、ルネ」

「じゃあわたしにも家族がいるってことで……にししっ」

 笑顔のルネにひとつ、お願いをする。

「そんなあなただけに頼めることがあります。ヒノカを支えてあげてくれますか?」
「あーやっぱりそう来ますか。生活が変わったら大変そうですもんねー。わかりました!」

 女王の『家族』のひとりは、胸をトンとたたいて了承してくれた。



「そのかわりと言ってはなんですが、わたしからもお願いがあります」
「わかりました、聞きましょう」



「そろそろ『家族』に、お顔を見せてやってくださいませ」

 そう。こんなに女王の気持ちを知っているルネだからこそ、無二の友人を任せられるのだ。



「……ふふっ。もとよりそのつもりです。あのふたりを見ていたら、ちょっとだけ恋しくなってしまいました」







 旅立ちはヒノカと二人だった。
 途中でルネが合流して、三人になった。

 その旅の帰り道は、女王一人だった。
しおりを挟む

処理中です...