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第二部 探索編~子安
愛欲の館(11)
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子安の内乱は失敗に終わった。
女王は新しい愛人である宰相とともに事あるを見越し、周到に鎮圧の準備を重ねていたのだ。むしろ、内乱を夫におこさせるようにも仕向けていた。
五色の堰は壊れなかった。
だが、国守と呼ばれていた男は冷たい骸となって、八つ裂きにされて街角に曝された。
撰州の諏和賀に功刀がやってきたのは、翌年のことであった。
義理堅い男らしく、元国守の骸をすべて拾い集める為に偽者の骸と取替え、葬ってきたのだという。
「ここで使ってくれ。姫さんの漢前の女っぷりに、惚れたよ」
諏和賀城の御前の間につくねんと現ると、功刀はにっと笑った。
菜をはもとより草太は動じない。
同席の者達も、城主と次期が平然としているのを見て、静観していた。
「時間がかかったな」
草太は功刀の分厚い胸をどやしつけた。
功刀は改めて菜をの前に膝まづくと、頭を垂れた。
「忍ぶもの、功刀。諏名姫と次期どのに終生お仕え申す」
菜をはにこりと微笑んだ。
「よろしくね、功刀。この邦がお前にとっと生きやすい邦であればよいけれど」
「時に、かの国の後始末はどうなった」
草太が尋ねる。
国守処刑の噂は諏和賀にも届いていた。菜をが改めて気がかりそうな眼差しを功刀に向けてきた。
功刀は意外なことを言った。
「元主が内乱を決意したのはさ、奴の妾が初めての子ごと毒殺されてからさ」
「…………」
「それまでそ国守は、どんな処遇にも耐えてたんだが」
女王と国守の間には閨ごとは存在しなかった。
「あの邦じゃ、奴は永久に成り上がりさ」
主人と定めていた割には、功刀の言葉は乱暴であった。
「未来永劫、血族とは認められない。
奴の子は奴の子であっても、那の皇子にはなれない。
女王はそれでも、奴の血脈が繁栄していくことを赦さなかった」
なぜか、悲しみを抑えているような功刀の言葉に、菜をは思い出した、国守であった男の言葉を。
自分は生きていたから理由もわからず、何人もの妓を殺してしまったと。
「そう……」
功刀の血のつながらぬ妹が、若かりし頃の国守にのぞまれた。女が、最初の子を孕んだときに胎内の子もろとも殺されたのだとは、後で聞いた話だ。
「あいつは父の連れ子。オレは母の連れ子。なかなかむつまじい家族だったぜ」
母が亡くなり、父が亡くなり、兄妹の生活は困窮を極めた。
武道に優れた兄を世に出す為、父よりも年上の男に妹は嫁いだのだ。国守は妹を死なせてしまったことを心底悔いてくれた。そして、何の後ろ盾もない功刀を信頼し、重用してくれた。
ふと。
(功刀は妹を、そして妹は兄を慕っていたのではあるまいか?)
お互い支えあい、寄り添い、お互いの幸せを願うあまりに、己は身をひいたのではないか。
功刀の横顔に、そんな表情を草太はみた気がした。
「おい。次期どの」
暗器の手入れをしている草太に功刀が声を掛けてきた。
「なんだ」
「お姫さんの湯殿のぞかねー?」
いいもはてず、功刀は地面に寝転がっていた。
「手の早えぇ次期どのだなー。なんの為に気配封じの術身につけてんだ、宝の持ち腐れじゃねーか」
「おい」
気色ばんだ草太の手が、ぐいっと功刀の襟をつかむ。
「なんだよ、次期どの」
「子安の都での菜をの姿をばらすなよ」
草太は功刀に、低い声で恫喝した。
「言うかよ、そんな勿体無い事」
「それとな」
「あん?」
「おまえも忘れとけっ」
言うなり、功刀の頭を思いっきり殴った。
普通の里人であったなら、即死だったかもしれぬ。後には目を回した功刀が地面に転がっていた。
ほの暗い明かりの中での菜をの一糸纏わぬ裸身を草太は思い出していた。
そこだけ、白く輝いているようであった裸身。
草太の身をただ、ただ案じていた真剣な瞳の色。
間違いなく(兄者に触れてみろ!八つ裂きにしてやる!)と言っていた眼差し。
菜をはそれどころじゃなかったかもしれないが、草太と功刀は神々しい迄の裸身に見惚れていたのだ。
己を省みず、護る者の為に一命を賭していたあの姿に、功刀も毒気を抜かれてしまったのだ。
(アイツのおかげで、いいモン見れたぜ)
つい甘美な想いにとらわれ、口元がにやけてしまうのは、男の性で、仕方ない。
女王は新しい愛人である宰相とともに事あるを見越し、周到に鎮圧の準備を重ねていたのだ。むしろ、内乱を夫におこさせるようにも仕向けていた。
五色の堰は壊れなかった。
だが、国守と呼ばれていた男は冷たい骸となって、八つ裂きにされて街角に曝された。
撰州の諏和賀に功刀がやってきたのは、翌年のことであった。
義理堅い男らしく、元国守の骸をすべて拾い集める為に偽者の骸と取替え、葬ってきたのだという。
「ここで使ってくれ。姫さんの漢前の女っぷりに、惚れたよ」
諏和賀城の御前の間につくねんと現ると、功刀はにっと笑った。
菜をはもとより草太は動じない。
同席の者達も、城主と次期が平然としているのを見て、静観していた。
「時間がかかったな」
草太は功刀の分厚い胸をどやしつけた。
功刀は改めて菜をの前に膝まづくと、頭を垂れた。
「忍ぶもの、功刀。諏名姫と次期どのに終生お仕え申す」
菜をはにこりと微笑んだ。
「よろしくね、功刀。この邦がお前にとっと生きやすい邦であればよいけれど」
「時に、かの国の後始末はどうなった」
草太が尋ねる。
国守処刑の噂は諏和賀にも届いていた。菜をが改めて気がかりそうな眼差しを功刀に向けてきた。
功刀は意外なことを言った。
「元主が内乱を決意したのはさ、奴の妾が初めての子ごと毒殺されてからさ」
「…………」
「それまでそ国守は、どんな処遇にも耐えてたんだが」
女王と国守の間には閨ごとは存在しなかった。
「あの邦じゃ、奴は永久に成り上がりさ」
主人と定めていた割には、功刀の言葉は乱暴であった。
「未来永劫、血族とは認められない。
奴の子は奴の子であっても、那の皇子にはなれない。
女王はそれでも、奴の血脈が繁栄していくことを赦さなかった」
なぜか、悲しみを抑えているような功刀の言葉に、菜をは思い出した、国守であった男の言葉を。
自分は生きていたから理由もわからず、何人もの妓を殺してしまったと。
「そう……」
功刀の血のつながらぬ妹が、若かりし頃の国守にのぞまれた。女が、最初の子を孕んだときに胎内の子もろとも殺されたのだとは、後で聞いた話だ。
「あいつは父の連れ子。オレは母の連れ子。なかなかむつまじい家族だったぜ」
母が亡くなり、父が亡くなり、兄妹の生活は困窮を極めた。
武道に優れた兄を世に出す為、父よりも年上の男に妹は嫁いだのだ。国守は妹を死なせてしまったことを心底悔いてくれた。そして、何の後ろ盾もない功刀を信頼し、重用してくれた。
ふと。
(功刀は妹を、そして妹は兄を慕っていたのではあるまいか?)
お互い支えあい、寄り添い、お互いの幸せを願うあまりに、己は身をひいたのではないか。
功刀の横顔に、そんな表情を草太はみた気がした。
「おい。次期どの」
暗器の手入れをしている草太に功刀が声を掛けてきた。
「なんだ」
「お姫さんの湯殿のぞかねー?」
いいもはてず、功刀は地面に寝転がっていた。
「手の早えぇ次期どのだなー。なんの為に気配封じの術身につけてんだ、宝の持ち腐れじゃねーか」
「おい」
気色ばんだ草太の手が、ぐいっと功刀の襟をつかむ。
「なんだよ、次期どの」
「子安の都での菜をの姿をばらすなよ」
草太は功刀に、低い声で恫喝した。
「言うかよ、そんな勿体無い事」
「それとな」
「あん?」
「おまえも忘れとけっ」
言うなり、功刀の頭を思いっきり殴った。
普通の里人であったなら、即死だったかもしれぬ。後には目を回した功刀が地面に転がっていた。
ほの暗い明かりの中での菜をの一糸纏わぬ裸身を草太は思い出していた。
そこだけ、白く輝いているようであった裸身。
草太の身をただ、ただ案じていた真剣な瞳の色。
間違いなく(兄者に触れてみろ!八つ裂きにしてやる!)と言っていた眼差し。
菜をはそれどころじゃなかったかもしれないが、草太と功刀は神々しい迄の裸身に見惚れていたのだ。
己を省みず、護る者の為に一命を賭していたあの姿に、功刀も毒気を抜かれてしまったのだ。
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