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第二部 探索編~蛾楽
蛾楽の群れ(2)
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歩きながら、ふと思った。
(こはとの夢をみたのは、城下町ですれ違ったあの女のせいかもしれん)
歳は30前だろうか、婀娜っぽい雰囲気を持つ女であった。
洗いざらしの、何度も何度も綻びを直した粗末ななりであったが、美貌が目をひいた。
美女が嫌いな男なぞ、この世には存在しない。
草太も多分にもれない。あの時ばかりは忍ぶを忘れ、しげしげと美女の貌をみやった。
なんとなれば、こはとの顔に似ていたからだ。
慌てて振り返ったが、女の姿は雑踏に紛れていた。
草太ならば、それでも女を尾行するのはたやすいことであった。しかし、真剣に女の尻を追いかけようとしていた自分に気付き、馬鹿馬鹿しさを感じてやめたのだ。
それがこはとの夢として出てくるということは、思いもかけず己のなかでこだわっていたのかもしれない。
草太は頭を振って、こはとの事を心の底に沈めた。
◆
探索の内容としては、主に諏和賀に敵対する存在があるかどうかだ。
その邦の経済状況・軍事状況・指導者・その邦における力の勢力は。地理。宗教。
諏和賀の風評は聞こえてきているのか。
諏和賀は外の邦を攻めることはしない。
だが、地の利を掴んでおくことは損ではない。
殷州は、州都を中心にいくつか群落が点在している。
それぞれ距離もあり、群落の大きさも構成人数も一つの邦とはいえぬような小ささ。ではあるが、誰かが鼻薬を嗅がせてやれば、結託して一つの邦を襲撃することもある。
距離的には、諏和賀に攻め込むには時間がかかりすぎる。が、かえって一つ一つの群落に気をとられ、油断するのが多いのもこうしたところだ。
(こういった処は、血族の集まりだ)
構成員が皆、親戚・縁戚といった処が多く、よそ者が入り込める隙は少ない。
皆、商いなどは州都まできてすますので、行商のふりをして入り込むことも難しいのだ。
まして谷や山。それぞれに点在している為、旅人がうっかり迷い込んだという言い逃れも難しいのだ。
独立の気概が高いせいか、おいそれとどこそこの群落の重要な情報、というものは人の口からこぼれない。
草太の目であれば、一般の民人などよりもはるかに複雑な情報をみてとれるのであるが、今一歩踏み込んだ動向までは近づけなかった。
特に、点在した群落の情報がほしい。
土雲も、もとはそうした群落を奪い、巣食っていたのだ。
第二・第三の土雲は必ずいる。
また、友好な群落を見つけることも大きな成果になる。
友好とは諸刃の刃であり、警戒をしばしば慢心させる。その群落がいつ、牙をむくかも知れぬが。
草太が欲していたのは、そういった情報であった。
(どうしたもんかな……)
潜り込む為に時間を掛かり過ぎていた。
諏和賀の軍組織の要である草太が、あまり離れすぎた処におり、長期間不在というのも邦を不安定にさせる。そろそろ、退くかどうかを決断せねばならなかった。
(女なら町から町へ流れていて、男の邑にも入りやすいんだがな。今迄、男ばかり使ってきた。そろそろ女を使うことを考えに入れる時期なのかもしれん……)
そんなことを思いながら草太は山を下りていった。
「おおー、伍助。戻ったかよ」
店の主が草太に声をかけた。
草太はうっそりと頭をさげ、大儀そうにざるを抱えて脚をひきずりながら店に入った。
殷州をとりあえず歩き、それぞれの群落をざっと把握した。それからは州都の隅にある居酒屋で賄いとして働いていた。
草太の鍛えられた躯体をみれば、ひとかどの武芸を仕込んでいると気付く。
そのような男であれば武芸で身をたてようと、州都の警備・傭兵などで仕官するために街に設けてある武官斡旋所を訪ねるのがスジというものであろう。
それでは草太のほしい情報には届かない。まして、『忍ぶ』ことを至上とした探索行動にも適わない。
だから、わざと筋肉をおとして肩をだらりとさげた。目をにごらせ、戦乱で傷ついた傷兵を模しているのだ。
店の主人は初め、貌にものすごい傷痕が走りあきらかに傷病兵あがりである(ように見える)草太を雇うことをいやがった。
兵くずれがあっという間に夜盗に転じることはよくあることだ。
元はしっかりした躯だったようだが、今ではハンパ者。用心棒にもなりはせぬ。
だが。
『女房を亡くし、男手一つで育てあげた娘とも戦乱のどさくさで生き別れになってしまった』
嗚咽を堪えながら訥々としゃべる男の話に、店の主は不覚ながらほろりときてしまった。仕方なく、慈善のつもりで雇うことにしたのだ。
雇ってみれば、山育ちらしく山菜採りの腕はなかなかのもの。賄いも娘を育てていただけあって、割と食える。
寡黙ではあったが、よく働く。
陰気であったのは、戦に赴いた経験と家族と不幸な別れ方をしてしまったせいであろうと、店の主は勝手に納得していた。しかし彼に後添えを探してやろうとかいらぬ節介はしなかった。
あいつぐ戦乱で、女子供は地に隠れ、このような城下町では遊妓の数も不足していたのだ。
五体健康な男ですら女にあぶれていたのに、ハンパ者にあてがう女が余っていよう筈もなかった、という事情もある。
山菜採りも、煮炊きも瘤瀬でしていたので、お手の物だ。
また、この手の店では人が集まる。噂が集まる。
この店は中央の繁華街に面してはいないものの、州都の二つあるうちの一つの城門の近くにあった。錬兵場や妓館、宿屋も多い通りにある。
主が出す料理が山の物、川の物などを合わせて美味い。量も多く安いので、労働者や旅人や武功をたてようとする武芸者でにぎわっていた。
情報収集にはうってつけであった。
ともあれ、草太は己の思いとおりに潜入することに成功していたのである。
(こはとの夢をみたのは、城下町ですれ違ったあの女のせいかもしれん)
歳は30前だろうか、婀娜っぽい雰囲気を持つ女であった。
洗いざらしの、何度も何度も綻びを直した粗末ななりであったが、美貌が目をひいた。
美女が嫌いな男なぞ、この世には存在しない。
草太も多分にもれない。あの時ばかりは忍ぶを忘れ、しげしげと美女の貌をみやった。
なんとなれば、こはとの顔に似ていたからだ。
慌てて振り返ったが、女の姿は雑踏に紛れていた。
草太ならば、それでも女を尾行するのはたやすいことであった。しかし、真剣に女の尻を追いかけようとしていた自分に気付き、馬鹿馬鹿しさを感じてやめたのだ。
それがこはとの夢として出てくるということは、思いもかけず己のなかでこだわっていたのかもしれない。
草太は頭を振って、こはとの事を心の底に沈めた。
◆
探索の内容としては、主に諏和賀に敵対する存在があるかどうかだ。
その邦の経済状況・軍事状況・指導者・その邦における力の勢力は。地理。宗教。
諏和賀の風評は聞こえてきているのか。
諏和賀は外の邦を攻めることはしない。
だが、地の利を掴んでおくことは損ではない。
殷州は、州都を中心にいくつか群落が点在している。
それぞれ距離もあり、群落の大きさも構成人数も一つの邦とはいえぬような小ささ。ではあるが、誰かが鼻薬を嗅がせてやれば、結託して一つの邦を襲撃することもある。
距離的には、諏和賀に攻め込むには時間がかかりすぎる。が、かえって一つ一つの群落に気をとられ、油断するのが多いのもこうしたところだ。
(こういった処は、血族の集まりだ)
構成員が皆、親戚・縁戚といった処が多く、よそ者が入り込める隙は少ない。
皆、商いなどは州都まできてすますので、行商のふりをして入り込むことも難しいのだ。
まして谷や山。それぞれに点在している為、旅人がうっかり迷い込んだという言い逃れも難しいのだ。
独立の気概が高いせいか、おいそれとどこそこの群落の重要な情報、というものは人の口からこぼれない。
草太の目であれば、一般の民人などよりもはるかに複雑な情報をみてとれるのであるが、今一歩踏み込んだ動向までは近づけなかった。
特に、点在した群落の情報がほしい。
土雲も、もとはそうした群落を奪い、巣食っていたのだ。
第二・第三の土雲は必ずいる。
また、友好な群落を見つけることも大きな成果になる。
友好とは諸刃の刃であり、警戒をしばしば慢心させる。その群落がいつ、牙をむくかも知れぬが。
草太が欲していたのは、そういった情報であった。
(どうしたもんかな……)
潜り込む為に時間を掛かり過ぎていた。
諏和賀の軍組織の要である草太が、あまり離れすぎた処におり、長期間不在というのも邦を不安定にさせる。そろそろ、退くかどうかを決断せねばならなかった。
(女なら町から町へ流れていて、男の邑にも入りやすいんだがな。今迄、男ばかり使ってきた。そろそろ女を使うことを考えに入れる時期なのかもしれん……)
そんなことを思いながら草太は山を下りていった。
「おおー、伍助。戻ったかよ」
店の主が草太に声をかけた。
草太はうっそりと頭をさげ、大儀そうにざるを抱えて脚をひきずりながら店に入った。
殷州をとりあえず歩き、それぞれの群落をざっと把握した。それからは州都の隅にある居酒屋で賄いとして働いていた。
草太の鍛えられた躯体をみれば、ひとかどの武芸を仕込んでいると気付く。
そのような男であれば武芸で身をたてようと、州都の警備・傭兵などで仕官するために街に設けてある武官斡旋所を訪ねるのがスジというものであろう。
それでは草太のほしい情報には届かない。まして、『忍ぶ』ことを至上とした探索行動にも適わない。
だから、わざと筋肉をおとして肩をだらりとさげた。目をにごらせ、戦乱で傷ついた傷兵を模しているのだ。
店の主人は初め、貌にものすごい傷痕が走りあきらかに傷病兵あがりである(ように見える)草太を雇うことをいやがった。
兵くずれがあっという間に夜盗に転じることはよくあることだ。
元はしっかりした躯だったようだが、今ではハンパ者。用心棒にもなりはせぬ。
だが。
『女房を亡くし、男手一つで育てあげた娘とも戦乱のどさくさで生き別れになってしまった』
嗚咽を堪えながら訥々としゃべる男の話に、店の主は不覚ながらほろりときてしまった。仕方なく、慈善のつもりで雇うことにしたのだ。
雇ってみれば、山育ちらしく山菜採りの腕はなかなかのもの。賄いも娘を育てていただけあって、割と食える。
寡黙ではあったが、よく働く。
陰気であったのは、戦に赴いた経験と家族と不幸な別れ方をしてしまったせいであろうと、店の主は勝手に納得していた。しかし彼に後添えを探してやろうとかいらぬ節介はしなかった。
あいつぐ戦乱で、女子供は地に隠れ、このような城下町では遊妓の数も不足していたのだ。
五体健康な男ですら女にあぶれていたのに、ハンパ者にあてがう女が余っていよう筈もなかった、という事情もある。
山菜採りも、煮炊きも瘤瀬でしていたので、お手の物だ。
また、この手の店では人が集まる。噂が集まる。
この店は中央の繁華街に面してはいないものの、州都の二つあるうちの一つの城門の近くにあった。錬兵場や妓館、宿屋も多い通りにある。
主が出す料理が山の物、川の物などを合わせて美味い。量も多く安いので、労働者や旅人や武功をたてようとする武芸者でにぎわっていた。
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