蒼天の城

飛島 明

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第二部 探索編~蛾楽

蛾楽の群れ(4)

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「あたしの名は『蛾楽』さ」
 女は名乗った。
 草太にとって、その名はふるさとの忍ぶの女達の名前によく似ていた。

「がらく?あんたも吉蛾の出なのか」
「いや、あたしはこの邑の生まれだよ。
『蛾楽』っていう毒蛾がいてね、この邑でしかその蛾は育たないものだから。
そのままこの邑の名になったのさ。あたしの名前もそれで構わないだろう?」

 女は、『蛾楽』は草太の上に馬乗りになりながら、妖艶に笑った。
 草太は己の躰の上を這いまわる手を気にした様子もなく、”特産品”だという蛾の用法について尋ねた。

「その用途は?」
(おそらく、碌な用法じゃないだろう)
 裏でひっそりと流通しているようだ。
 草太もうっすらと用法を想像出来たが、詳細な情報が欲しかった。女は嫣然えんぜんと微笑んだ。

「その燐粉りんぷんは用量を間違えないで用いれば、媚薬になるのさ」
「ほう」
「安心しな、今は盛ってないよ」
「お前にはそんなモノは必要ないようだからな」
 草太がいうと、ふふ、と蛾楽は笑った。言葉を続ける。
「あの城下町で、その噂をきいて捜し求めてた時苧に会ってね。
面白そうだから連れてきたのさ」
「今も棟梁と続いているのか?」
「これでも、みかけより物堅いのよ。
続いてたら、孫を味見しようなんて言わないわ」

 女からは余裕が伺えた。祖父も数ある恋人の一人にしか、過ぎないのであろう。

「ねえ……」
 蛾楽が草太の躯体をまさぐりながら呟いた。
「あんたの名前は?」
「『伍助』だ」
 あの店での偽名であった。

「ふーん? 田舎臭い名前だね?
まあ、そういうことにしておいてあげようか」
 女は草太が偽名であることを、最初から御見通しのようであった。

「この躯……本当?」
 探るように男の躰を愛撫してくる手に、愛撫に見せかけて武器を仕込んでないか検分されていた。もしくは毒薬でも沁み込ませているのか、という疑心が湧いてくる。
「どういう意味だ」
 草太はとぼけた。まだ瞳はにごらせたまま、手もだらりとさげ、足もひきずったままだ。

「用心深いんだね」
 女も草太がとぼけているのをわかっていながら、深くは追求する気はないようであった。
「なぜオレをこの邑に入れた?」
「助けてほしいんだよ」
「助ける?」
「この邑はね、山間の谷間で作物が育たない。
そんな中、『蛾楽』を育て、媚薬を売りさばくのが唯一の収入なのさ」

 女が昏い声で呟き、草太の裸の胸に顔を埋めた。

「それで?」
「どんな作用なのかわからないんだけれど、女が生まれにくいのよ。
この邑は男ばかり生まれてくるの」

 古来、種を永続させるということは女系である。
 雄は己の遺伝子を広める為に数多くの雌を孕ませる。
 雌はより優秀な遺伝子を次世代に遺す為、今迄なかった要素をもつ雄。より生命力のある雄。そして今迄の要素を伸ばすべく、より優秀な雄を選ぶ。
 それが自然の理なのだ。

 それがこの邑では男しか生まれてこぬという。

 ふと草太は不知火の杜を想った。
 あそこは子供が30年の間、長の長嶺しか生まれてこなかった。
 歪んだ、あるいは弱った自然というものは。子孫を遺す力も弱くなり、歪になるものなのだろうか。



「だから、あたしは他の邑の男の種じゃないとだめなのよ。
男も他の邑から嫁を貰う」
「女が生まれないとわかっている畸形(きけい)の邑に、娘を寄越す親がいるのか?」
 男児が尊重されている風潮とはいえ。男しか生まれぬ、というのは人々の目には奇異にうつろう。
 実際、武装集団の集落でなしに男ばかりの邑が形成されているのは、異色であった。

「ふふ」
 蛾楽は含み笑いをした。
「あたし、いくつにみえる?」
「そう聞くってことは不老長寿にでもなるのか、その毒は」
「老いるのが遅くなるってだけだけど。
寿命は他の邑とそんな変わらないわ。
時苧と最後に逢ったのは40年近く前かしら。あたしはその頃、18だった」

 女の躯は確かに熟れていたが、張りといい30前後かと思っていた。
「いつまでも若くいたい女は飛びついてくるわ」
 蛾楽はくすくす笑った。

「ただし、死ぬときはすさまじいけどね。
毒を撒き散らしながら、一気にそれまで止まっていた老化が始まるのさ」
「その死者の始末はどうしているんだ」
「死ぬ数日前に蛾楽と同じ斑点が浮かぶのよ。すると石室に閉じ込めるの」
「その毒が流出したことはないのか」
「あるわよ」

 こともなげにいった。

「昔は蛾楽を吸わせた女を贈り物にして、その群落を滅ぼしたこともあるのさ。
今じゃ、邑の者はわかっているから死期を悟ると自ら石室にこもるんだ」
「なるほどな」
 毒を扱う者の末路はすさまじい。
 それをわかっていても、毒で生計を立てている邑。
(毒とともに生き、死ぬ覚悟が出来ているということか)

「そんな訳で殷州としてはこの邑を滅ぼしたい。
だけど、媚薬と毒薬を失うのは惜しい。
……ってことで、この邑はかなり特権が与えられているのよ」
「なるほど」

 滅ぼしたい、あるいは支配下におきたい。
 そう思いながら、蛾楽の威力に二の足を踏んでいるということなのだろう。
 蛾楽を育てるこの谷を奪い、育てさせればいいが、毒虫の生成に携わりたい人間が在野に転がっている訳がない。
 罪人を連れ込んで育てさせても、蛾楽が繊細である為少しの環境の変化でも耐えられないらしい。


 その為に、この邑があり。邑人達は殷州から疎まれ畏れられつつも、重用されているのだった。



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