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第三章 次世代編
命のみなもと(6)
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――実は子が出来ぬことについて、他の男をあてがうことを真っ先に考えたのは草太なのだ。
とうの草太からそのことを相談された時苧が、苦渋の顔をしたほどだ。
『あいつのことだから、まともな方法じゃ承服しないだろうから。
直前までオレがいるところに眠り薬をかがせて他の男を入れ替えるか。
もしくはオレの気配をまとえる忍ぶのヤツを用意するか』
そのときの草太の顔は静かな、というにはまったく表情がなかった。
いつものような黒い太陽のようにきらめく瞳も、激情のときの黒い焔もない、無機な瞳。
時苧は人の祖父として、その表情に苛まれ、忍ぶの棟梁としてお家の存続という命題に引き裂かれた。
そして苦渋の決断の末、功刀に白羽の矢が立ったのだ。
『オレは探索に出てくる。
ここにいると功刀はおろか、この里ごと諏名を滅ぼしかねないからな』
そういって草太は姿を消したのだが。
菜をの諏名姫がそれを赦す筈がなかった。
もう一歩で国境を越える。
菜をが草太に声を掛けたのは、その瞬間だった。
『領主に断りもなく、次期棟梁がどこへ探索しに行くのかしら?』
それは領主の声だった。強く、険のこもった咎める響き。そのときの諏名姫の瞳はいつか、見たことがあった。
”あたしも連れて行け!これはあたしの闘いだッ”
土雲征伐のときに叫んだときの、あの眼差し。
『オレ達は諏和賀の領主に仕えているが、独自の論理で動いている。
邪魔はしないで貰おう』
草太はそっけなく言った。
やがて領主を追い越し、背中を見せる距離まで遠のいたとき。
『そう。それで今宵の私の寝所に。
草太と偽って、どこの誰が入ってくるの?』
草太はぴく、と眉を動かしたが、そのまま歩みを止めない。領主の声は相変わらず強かったが、怒りと涙が潜んでいた。
『なめた真似してくれるもんね?』
草太は脚を止めた。
『生半可な覚悟でっ。
兄者に血塗られた屍だらけの路を、共に歩んでくれと願った訳じゃないわッ!』
血を吐くような叫び。
己がどれだけ傲慢かは、弁えているつもりでいた。
草太を、己が歩む血塗られた路に引きずり込んでよい正当性など、なにひとつない。あるのは草太の、菜をと共に歩もうという気持ち一つだけ。草太がそれを翻せば、菜をには拒む術はないのだ。
それでも、菜をはどうしても草太と共に生きたかった。
同じ事象を見て笑い、感じたことをいいあい。同じ風景を見て、生きたかったのだ。そしてそれを草太は了承してくれた。
『今更、今更兄者の手を離すくらいなら、最初から手をとらなかったっ!
兄者があたしから離れていくなら、あたしはっ!』
菜をは、ギラギラとした目で見つめた。
『オレを殺すか?』
うっとりと草太が言う。
『オレは自害は出来ない。おまえがこの世に在り、この里が在る限り』
菜をに殺される。それだけが望みかのように草太はいう。
ぎりっと菜をは唇を噛み締めた。
『この里を滅ぼしてやるわ……っ』
『!』
思いもよらぬ言葉。草太は眼を見開いた。
『この地をわたしにくれたのは、じい様と兄者よ!
兄者がわたしから離れるというなら、この地などいらぬッ。
元の呪われた地に戻すまでよ!
その後、わたしも死ぬわ。
勝手にほっつき歩いて。
戻ってきたら、兄者はわたしの亡きがらを抱きしめて居ればよい!』
心底大事に思っている女の、血を吐くような叫び。
『諏名っ、』
草太は菜をの激しさに呆然とした。
あれほど里の為に心を配り、身を砕く覚悟で領主になった菜をが、諏和賀を捨てるという。全ては草太の為だけに。
『兄者のとるべき道はふたつよ。
この地でわたしとともに歩むか、去ることでこの地とわたしを滅ぼすか!』
闘う意思に満ち溢れた顔。
春の日差しのようにくるめいている瞳は、いまは黒い焔を宿し、草太を焼き尽くすかとみえた。
(こいつはなんで、ここ一番のときにこんなに生命を燃やすんだろう。オレをこの地に縛り付けているのが、おまえだと知らないのだろう)
『わかった』
草太は両手を上げた。恭順の意。
(オレはいつだっておまえに負けるんだ)
菜をから、先ほどの神々しささえも漂わせていた凛とした表情は消え失せた。かわりに顔をぐしゃぐしゃにしながら菜をは草太の腕の中に飛び込んだ。
『ごめんなさいっ。
こんな血塗られた路を、共に歩んで欲しいなんて……っ!
煉獄の焔に焼かれるのは、わたしだけでいいからッ……』
腕の中でか細い声が聞こえた。胸が温かくなり、そののち冷たく、湿ってくる。草太は腕の中の娘を、ぎゅっとかき抱いた。
『ここまで口説いておいて、”最後は別になろう”だ?
それは非道いな。最後までつきあうさ』
そうして、夫婦ともに時苧を民をたばかる事を選んだのだった。
「どんなに苦しくても、お互いの手を携えて生きていこう」と。
とうの草太からそのことを相談された時苧が、苦渋の顔をしたほどだ。
『あいつのことだから、まともな方法じゃ承服しないだろうから。
直前までオレがいるところに眠り薬をかがせて他の男を入れ替えるか。
もしくはオレの気配をまとえる忍ぶのヤツを用意するか』
そのときの草太の顔は静かな、というにはまったく表情がなかった。
いつものような黒い太陽のようにきらめく瞳も、激情のときの黒い焔もない、無機な瞳。
時苧は人の祖父として、その表情に苛まれ、忍ぶの棟梁としてお家の存続という命題に引き裂かれた。
そして苦渋の決断の末、功刀に白羽の矢が立ったのだ。
『オレは探索に出てくる。
ここにいると功刀はおろか、この里ごと諏名を滅ぼしかねないからな』
そういって草太は姿を消したのだが。
菜をの諏名姫がそれを赦す筈がなかった。
もう一歩で国境を越える。
菜をが草太に声を掛けたのは、その瞬間だった。
『領主に断りもなく、次期棟梁がどこへ探索しに行くのかしら?』
それは領主の声だった。強く、険のこもった咎める響き。そのときの諏名姫の瞳はいつか、見たことがあった。
”あたしも連れて行け!これはあたしの闘いだッ”
土雲征伐のときに叫んだときの、あの眼差し。
『オレ達は諏和賀の領主に仕えているが、独自の論理で動いている。
邪魔はしないで貰おう』
草太はそっけなく言った。
やがて領主を追い越し、背中を見せる距離まで遠のいたとき。
『そう。それで今宵の私の寝所に。
草太と偽って、どこの誰が入ってくるの?』
草太はぴく、と眉を動かしたが、そのまま歩みを止めない。領主の声は相変わらず強かったが、怒りと涙が潜んでいた。
『なめた真似してくれるもんね?』
草太は脚を止めた。
『生半可な覚悟でっ。
兄者に血塗られた屍だらけの路を、共に歩んでくれと願った訳じゃないわッ!』
血を吐くような叫び。
己がどれだけ傲慢かは、弁えているつもりでいた。
草太を、己が歩む血塗られた路に引きずり込んでよい正当性など、なにひとつない。あるのは草太の、菜をと共に歩もうという気持ち一つだけ。草太がそれを翻せば、菜をには拒む術はないのだ。
それでも、菜をはどうしても草太と共に生きたかった。
同じ事象を見て笑い、感じたことをいいあい。同じ風景を見て、生きたかったのだ。そしてそれを草太は了承してくれた。
『今更、今更兄者の手を離すくらいなら、最初から手をとらなかったっ!
兄者があたしから離れていくなら、あたしはっ!』
菜をは、ギラギラとした目で見つめた。
『オレを殺すか?』
うっとりと草太が言う。
『オレは自害は出来ない。おまえがこの世に在り、この里が在る限り』
菜をに殺される。それだけが望みかのように草太はいう。
ぎりっと菜をは唇を噛み締めた。
『この里を滅ぼしてやるわ……っ』
『!』
思いもよらぬ言葉。草太は眼を見開いた。
『この地をわたしにくれたのは、じい様と兄者よ!
兄者がわたしから離れるというなら、この地などいらぬッ。
元の呪われた地に戻すまでよ!
その後、わたしも死ぬわ。
勝手にほっつき歩いて。
戻ってきたら、兄者はわたしの亡きがらを抱きしめて居ればよい!』
心底大事に思っている女の、血を吐くような叫び。
『諏名っ、』
草太は菜をの激しさに呆然とした。
あれほど里の為に心を配り、身を砕く覚悟で領主になった菜をが、諏和賀を捨てるという。全ては草太の為だけに。
『兄者のとるべき道はふたつよ。
この地でわたしとともに歩むか、去ることでこの地とわたしを滅ぼすか!』
闘う意思に満ち溢れた顔。
春の日差しのようにくるめいている瞳は、いまは黒い焔を宿し、草太を焼き尽くすかとみえた。
(こいつはなんで、ここ一番のときにこんなに生命を燃やすんだろう。オレをこの地に縛り付けているのが、おまえだと知らないのだろう)
『わかった』
草太は両手を上げた。恭順の意。
(オレはいつだっておまえに負けるんだ)
菜をから、先ほどの神々しささえも漂わせていた凛とした表情は消え失せた。かわりに顔をぐしゃぐしゃにしながら菜をは草太の腕の中に飛び込んだ。
『ごめんなさいっ。
こんな血塗られた路を、共に歩んで欲しいなんて……っ!
煉獄の焔に焼かれるのは、わたしだけでいいからッ……』
腕の中でか細い声が聞こえた。胸が温かくなり、そののち冷たく、湿ってくる。草太は腕の中の娘を、ぎゅっとかき抱いた。
『ここまで口説いておいて、”最後は別になろう”だ?
それは非道いな。最後までつきあうさ』
そうして、夫婦ともに時苧を民をたばかる事を選んだのだった。
「どんなに苦しくても、お互いの手を携えて生きていこう」と。
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