蒼天の城

飛島 明

文字の大きさ
133 / 142
第三章 次世代編

幕間 風の懊悩(2)

しおりを挟む
 実際のところ、疾風はもてた。
 兄である草太は、周囲が認める女性がいたせいで(表立っては)騒がれてはいなかった。……ので、最近里に加わった男と人気を二分していたと言っても言いすぎではないだろう。


 にも関わらず、彼には浮いた噂はなかった。
 だからといって、衆道なのだとも女が嫌いなのだとも風評は聞こえてこない。
 夜這いもされるし、昼日中からあからさまに人気のない処へ誘われるのなどしょっちゅうだ。
(もっとも途中で気づくので、寝ている室まで至らないうちにご退去願うのだが)

 草太もこっそり誘いを受けているようだが、己の地元では遊ぶ気にもならず、暇もないようだ。
 新参者は彼と同じく兄の片腕を担っているので、同じくらい遊ぶ暇はない筈なのだが……。これまたよく遊ぶ。
 しかし、女達が男を取り合って修羅場を演じている場面は、ついぞ見かけない。よほど女の扱いに熟練しているのであろう。

 疾風は一時の遊び相手、としてより生涯の伴侶として女達のお目がねにかなっているようだ。
 彼も恋人よりは生涯ともに歩んでいける女性を探しているから、需要と供給は合っている筈である。

 なかなか、彼は重い腰を上げぬ。
 縁談を二百組まとめるのが生き甲斐という「寿老人」と異名をとった、彼の祖父がさじを投げた程だ。


 ばらけていた赤茶けた髪をひとくくりにまとめながら歩いているその貌は、いつもの柔和な表情ではない。穏やかな光を湛えている片目も、ここ最近は暗い光を宿していた。
 言うまでもなく帰蝶のことが尾を引いている。

(帰蝶に対して、何の言い訳も償いもする前に全ては終わってしまった)
 あの娘は、胎内の子ごと彼女をくるんでくれる生涯の伴侶をみつけて、疾風の手の中から永遠に飛びだってしまった。

 彼女は手をついて、疾風に謝った。
 そして。
『勝手だけど、この子の後見をお願いしたいの。
父者はもう高齢だし。
草太に頼むのは、お門違い、だし』
 言いにくそうではあったが、帰蝶の意思は固いようであった。
『勿論。本草学にしろ、忍ぶにしろ、鍛錬は早いほうがいい。
どちらも身を助けるワザだから、同時に学ばせよう。
どちらの道を進むかは、その子が十にでもなったら極めさせればいい。
けど、四郎兄者とおみつ姉者はそれでいいのか?』
 疾風は尋ねた。
 四郎・おみつ夫婦があまり瘤瀬衆と関わりを持ちたがらぬことも知っていたからだ。

 しかし、疾風と帰蝶の子である事も、時苧は知っている。
 帰蝶の胎内の子は、ただの子供ではない。

 瘤瀬の棟梁の娘で、現在瘤瀬衆を率いている草太の年若の叔母を母とする。吉瀬衆の最後の棟梁、『ましらの勘三』の遺児を知られざる父に持つ、赤子。
 親の血からすれば、見事な忍ぶに育つであろうし、いずれ棟梁の座にと思っても不思議ではあるまい。時苧が孫を手放す筈はなかった。



 感傷など、無駄なこと。
 事実は、ただ事実であるだけなのだ。
 お互いのぬぐえない傷とともに。

『知良の子だと思ってくれてるけど』
 帰蝶が口ごもった。
『でも、あたしの子だから。
瘤瀬に渡すべきだと思ってくれたんだと思う』

『そうだが』
 知良は子のことを知っているのか。
 そう、帰蝶に訊ねた。
 キツい内容ではあった。が、義理の父親たる男が真実を知っているといないとでは、赤子の将来に
 天と地ほどに違いが出るだろう。
『あいつね、わたしを見た途端、”あんた身重だろ?”って言ったのよ』

 帰蝶は笑った。
 しなかやな、女の笑い。
 疾風は帰蝶がなにかを越えたことを知った。
 ……疾風が超えられぬ、なにかを。


 そうして帰蝶は疾風の子ごと、知良に嫁いでいった。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

魔王の残影 ~信長の孫 織田秀信物語~

古道 庵
歴史・時代
「母を、自由を、そして名前すらも奪われた。それでも俺は――」 天正十年、第六天魔王・織田信長は本能寺と共に炎の中へと消えた―― 信長とその嫡男・信忠がこの世を去り、残されたのはまだ三歳の童、三法師。 清須会議の場で、豊臣秀吉によって織田家の後継とされ、後に名を「秀信」と改められる。 母と引き裂かれ、笑顔の裏に冷たい眼を光らせる秀吉に怯えながらも、少年は岐阜城主として時代の奔流に投げ込まれていく。 自身の存在に疑問を抱き、葛藤に苦悶する日々。 友と呼べる存在との出会い。 己だけが見える、祖父・信長の亡霊。 名すらも奪われた絶望。 そして太閤秀吉の死去。 日ノ本が二つに割れる戦国の世の終焉。天下分け目の関ヶ原。 織田秀信は二十一歳という若さで、歴史の節目の大舞台に立つ。 関ヶ原の戦いの前日譚とも言える「岐阜城の戦い」 福島正則、池田照政(輝政)、井伊直政、本田忠勝、細川忠興、山内一豊、藤堂高虎、京極高知、黒田長政……名だたる猛将・名将の大軍勢を前に、織田秀信はたったの一国一城のみで相対する。 「魔王」の血を受け継ぐ青年は何を望み、何を得るのか。 血に、時代に、翻弄され続けた織田秀信の、静かなる戦いの物語。 ※史実をベースにしておりますが、この物語は創作です。 ※時代考証については正確ではないので齟齬が生じている部分も含みます。また、口調についても現代に寄せておりますのでご了承ください。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

処理中です...