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第三章 次世代編
幕間 風の懊悩(2)
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実際のところ、疾風はもてた。
兄である草太は、周囲が認める女性がいたせいで(表立っては)騒がれてはいなかった。……ので、最近里に加わった男と人気を二分していたと言っても言いすぎではないだろう。
にも関わらず、彼には浮いた噂はなかった。
だからといって、衆道なのだとも女が嫌いなのだとも風評は聞こえてこない。
夜這いもされるし、昼日中からあからさまに人気のない処へ誘われるのなどしょっちゅうだ。
(もっとも途中で気づくので、寝ている室まで至らないうちにご退去願うのだが)
草太もこっそり誘いを受けているようだが、己の地元では遊ぶ気にもならず、暇もないようだ。
新参者は彼と同じく兄の片腕を担っているので、同じくらい遊ぶ暇はない筈なのだが……。これまたよく遊ぶ。
しかし、女達が男を取り合って修羅場を演じている場面は、ついぞ見かけない。よほど女の扱いに熟練しているのであろう。
疾風は一時の遊び相手、としてより生涯の伴侶として女達のお目がねにかなっているようだ。
彼も恋人よりは生涯ともに歩んでいける女性を探しているから、需要と供給は合っている筈である。
なかなか、彼は重い腰を上げぬ。
縁談を二百組まとめるのが生き甲斐という「寿老人」と異名をとった、彼の祖父がさじを投げた程だ。
ばらけていた赤茶けた髪をひとくくりにまとめながら歩いているその貌は、いつもの柔和な表情ではない。穏やかな光を湛えている片目も、ここ最近は暗い光を宿していた。
言うまでもなく帰蝶のことが尾を引いている。
(帰蝶に対して、何の言い訳も償いもする前に全ては終わってしまった)
あの娘は、胎内の子ごと彼女をくるんでくれる生涯の伴侶をみつけて、疾風の手の中から永遠に飛びだってしまった。
彼女は手をついて、疾風に謝った。
そして。
『勝手だけど、この子の後見をお願いしたいの。
父者はもう高齢だし。
草太に頼むのは、お門違い、だし』
言いにくそうではあったが、帰蝶の意思は固いようであった。
『勿論。本草学にしろ、忍ぶにしろ、鍛錬は早いほうがいい。
どちらも身を助けるワザだから、同時に学ばせよう。
どちらの道を進むかは、その子が十にでもなったら極めさせればいい。
けど、四郎兄者とおみつ姉者はそれでいいのか?』
疾風は尋ねた。
四郎・おみつ夫婦があまり瘤瀬衆と関わりを持ちたがらぬことも知っていたからだ。
しかし、疾風と帰蝶の子である事も、時苧は知っている。
帰蝶の胎内の子は、ただの子供ではない。
瘤瀬の棟梁の娘で、現在瘤瀬衆を率いている草太の年若の叔母を母とする。吉瀬衆の最後の棟梁、『ましらの勘三』の遺児を知られざる父に持つ、赤子。
親の血からすれば、見事な忍ぶに育つであろうし、いずれ棟梁の座にと思っても不思議ではあるまい。時苧が孫を手放す筈はなかった。
感傷など、無駄なこと。
事実は、ただ事実であるだけなのだ。
お互いのぬぐえない傷とともに。
『知良の子だと思ってくれてるけど』
帰蝶が口ごもった。
『でも、あたしの子だから。
瘤瀬に渡すべきだと思ってくれたんだと思う』
『そうだが』
知良は子のことを知っているのか。
そう、帰蝶に訊ねた。
キツい内容ではあった。が、義理の父親たる男が真実を知っているといないとでは、赤子の将来に
天と地ほどに違いが出るだろう。
『あいつね、わたしを見た途端、”あんた身重だろ?”って言ったのよ』
帰蝶は笑った。
しなかやな、女の笑い。
疾風は帰蝶がなにかを越えたことを知った。
……疾風が超えられぬ、なにかを。
そうして帰蝶は疾風の子ごと、知良に嫁いでいった。
兄である草太は、周囲が認める女性がいたせいで(表立っては)騒がれてはいなかった。……ので、最近里に加わった男と人気を二分していたと言っても言いすぎではないだろう。
にも関わらず、彼には浮いた噂はなかった。
だからといって、衆道なのだとも女が嫌いなのだとも風評は聞こえてこない。
夜這いもされるし、昼日中からあからさまに人気のない処へ誘われるのなどしょっちゅうだ。
(もっとも途中で気づくので、寝ている室まで至らないうちにご退去願うのだが)
草太もこっそり誘いを受けているようだが、己の地元では遊ぶ気にもならず、暇もないようだ。
新参者は彼と同じく兄の片腕を担っているので、同じくらい遊ぶ暇はない筈なのだが……。これまたよく遊ぶ。
しかし、女達が男を取り合って修羅場を演じている場面は、ついぞ見かけない。よほど女の扱いに熟練しているのであろう。
疾風は一時の遊び相手、としてより生涯の伴侶として女達のお目がねにかなっているようだ。
彼も恋人よりは生涯ともに歩んでいける女性を探しているから、需要と供給は合っている筈である。
なかなか、彼は重い腰を上げぬ。
縁談を二百組まとめるのが生き甲斐という「寿老人」と異名をとった、彼の祖父がさじを投げた程だ。
ばらけていた赤茶けた髪をひとくくりにまとめながら歩いているその貌は、いつもの柔和な表情ではない。穏やかな光を湛えている片目も、ここ最近は暗い光を宿していた。
言うまでもなく帰蝶のことが尾を引いている。
(帰蝶に対して、何の言い訳も償いもする前に全ては終わってしまった)
あの娘は、胎内の子ごと彼女をくるんでくれる生涯の伴侶をみつけて、疾風の手の中から永遠に飛びだってしまった。
彼女は手をついて、疾風に謝った。
そして。
『勝手だけど、この子の後見をお願いしたいの。
父者はもう高齢だし。
草太に頼むのは、お門違い、だし』
言いにくそうではあったが、帰蝶の意思は固いようであった。
『勿論。本草学にしろ、忍ぶにしろ、鍛錬は早いほうがいい。
どちらも身を助けるワザだから、同時に学ばせよう。
どちらの道を進むかは、その子が十にでもなったら極めさせればいい。
けど、四郎兄者とおみつ姉者はそれでいいのか?』
疾風は尋ねた。
四郎・おみつ夫婦があまり瘤瀬衆と関わりを持ちたがらぬことも知っていたからだ。
しかし、疾風と帰蝶の子である事も、時苧は知っている。
帰蝶の胎内の子は、ただの子供ではない。
瘤瀬の棟梁の娘で、現在瘤瀬衆を率いている草太の年若の叔母を母とする。吉瀬衆の最後の棟梁、『ましらの勘三』の遺児を知られざる父に持つ、赤子。
親の血からすれば、見事な忍ぶに育つであろうし、いずれ棟梁の座にと思っても不思議ではあるまい。時苧が孫を手放す筈はなかった。
感傷など、無駄なこと。
事実は、ただ事実であるだけなのだ。
お互いのぬぐえない傷とともに。
『知良の子だと思ってくれてるけど』
帰蝶が口ごもった。
『でも、あたしの子だから。
瘤瀬に渡すべきだと思ってくれたんだと思う』
『そうだが』
知良は子のことを知っているのか。
そう、帰蝶に訊ねた。
キツい内容ではあった。が、義理の父親たる男が真実を知っているといないとでは、赤子の将来に
天と地ほどに違いが出るだろう。
『あいつね、わたしを見た途端、”あんた身重だろ?”って言ったのよ』
帰蝶は笑った。
しなかやな、女の笑い。
疾風は帰蝶がなにかを越えたことを知った。
……疾風が超えられぬ、なにかを。
そうして帰蝶は疾風の子ごと、知良に嫁いでいった。
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