蒼天の城

飛島 明

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第三章 次世代編

名を継ぐ者(5)

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 それから。


「お子が出来たこと、誠に祝着至極」
 老人は極めて慇懃いんぎんにいってのけた。
「瘤瀬の棟梁にも、ご心配かけたわね」
 領主は鷹揚おうようにそれを受け止める。
 そして。
(ここからが肝心)

「務めは果たしたわよ」
 諏名姫は言ってのけた。
「草太が役に立てたようで何より」
 時苧は真っ向から喰らいついた。
「ええ。わたしたち、ほっとしているのよ」
「姫にお聞きしたい儀がござる」
「どうしたの」
 諏名姫はとぼけてみせた。

「……蛾楽に問いあわせた処。
『蛾楽の里』には草太は行っておらなんだようでしたがのう」
 にこにこっ
 好々爺然とした時苧がちくりと棘をさしてくる。
「あら? おかしいわね、『あの』蛾楽が。
私にならともかく、”瘤瀬の時苧”に素直な返事をするとでも思っているの?」
 対して諏名姫も負けてはいない。陰険な応答をする。

 時苧はそんな嫌味には負けず、ズバリと斬り込んだ。
「して。ご領主さまには、草太をどこへやっておりましたかの?」

 ――あの日。
 草太が『失踪』をしたと皆が思った晩、時苧は四方八方に人をやった。無論、『蛾楽の里』にも。
 しかし、孫の行方はようとして知れなかった。

「われら、瘤瀬衆が血眼になってもあやつの毛筋一筋、みつけられませなんだ。
”あやつ、すでにこの世のものではないかもしれぬ”と爺は人知れず血の涙を流しておりましたわい」
 時苧はしゃあしゃあと言った。
 諏名姫は言った。
「それはないわね」
 きっぱりと断言した。
「私を殺すために第2の土雲になることはあっても。
私が生きている限り草太は自刃はしないわ」

(知っておるわ、そんなこと。肝心なのは)
 時苧はこっそりと腹の中で呟いた。
(ぬしが、このわしをここまで完璧に欺いてまで、どこに草太を隠していたかということよ)
 ……それに。

「姫様。お子の父御はどなたですかな」
 祖父の眼が、きらりと白い眉の下で光るのを、領主は丁々発止と受け止めた。彼女の眼がきらきらとした光を宿している。
「おかしなことを申されのね。
草太が還ってきて私が懐妊した。
それの何処に、どんな問題があるというの?」

「わしは」
 時苧はゆっくりと言った。
 白い眉毛の下から今なお黒々とした双眸が、何も見逃すまい、と光る。
「領主さまが身ごもられたのは、草太が戻る前と思うておりまする」
「そうなの?じゃあわたしの子の父は誰?」
 諏名姫は笑顔で躱したあと、真剣な色を双眸に浮かべた。
「姻族に権力を持たせるべきではないと、わたしは思っいてる。
子の父が”誰か”の思う方向に不都合な人物であった場合。
子の父親が不慮の事故や、突然の病で倒れても……ね?」

 にこにこにこ。
 諏名姫も笑みを崩さない。

「誰……とは? はて。爺も年を取りましたわい」
 時苧はわざとらしく、年相応のふりをした。
「手塩にかけてお育てもうしあげた姫様のお心が読めぬようになってしまって……。
もう、わしも引退ですかのう……」

「わたしは所詮、偉大な瘤瀬の棟梁の掌で遊ばせて貰っている、哀れな一領主に過ぎないもの。
わたしの考えなど、一を話さずとも十を分かってくださっている棟梁が、何をおっしゃってるのかしらね」
 菜をが、にぃと唇に笑みを浮かべた。

 大局を見て時苧が正しくとも、この件に関しては諏名姫も言いたいことが山ほどあるのだ。
 たとえ、それが私憤にしても。

「まあ、でも。時苧がそうおっしゃるのなら。
お引き留めするのも酷というものよね?」

 祖父と孫娘の間に火花が散っており、疾風と功刀は首をすくめて二人の闘いを見守っていた。



 諏名姫の懐妊が告げられて、里は沸き立った。だが当然、一つの疑問が雲のように沸き起こる。

『姫君の腹のお子は誰なのか』。
 姫君の伴侶であると認められる男が出奔中に子が出来たのではないか、とまことしやかに囁く者が後を絶たなかったからだ。
『そう言えば、姫は少し前からふくよかになられた』
『荒事が好きなあの方が、少し大人しいなとは思っていたのだ』


(実は)
 他の男の種ではないのか、と。

(諏名姫は、草太どのの出奔を『極秘任務だ』とずっと言ってはおられたが)
 誰もそれを信じてはおらなかった。
(瘤瀬の棟梁でさえ、知らされぬ任務などあるものか)

 心当たりある(と思い込まされている)警護の者達は一様にそわそわとした。
 が、翌日のうちには、彼らの中の既成事実(と思っている捏造)はすっぱりと彼らの頭から拭い去られていたのだ。


(菜をは、他の者どもとは寝ておらぬな)
 時苧はある一つの結論に達した。
(疾風や功刀を味方につけて、わしをあざむく為の、大掛かりな茶番を仕掛けよったな。全く甘い奴らじゃ。まんまと、菜をに抱きこまれよって。すると……、草太も疾風や功刀に紛れて、伽をしていただろう。いや、草太こそが伽をしていたに違いない)

 してみると、この腹の子は。
 時苧は確信をもっていたが、菜をの口から『草太の子』であると聞きたかった。
 祖父として。瘤瀬の棟梁として。


 諏名姫は澄んだ瞳で時苧を見た。
「誰がどう言おうが、この子の父親は草太です」
 諏名姫の真っ直ぐな言葉は、聞く者にとって幾通りにも意味を与えるものであった。
 時苧は「はっ」と平伏するしかなかった。


 疾風と功刀はにや、と笑う口を引き締めねばならなかった。

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