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第三章 次世代編
名を継ぐ者(4)
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「なーにが呼び戻すよ」
おみつが笑っていいかけた。
が。
きらきらした瞳の菜をが人差し指を己の唇に当てた。そうだったわね、とおみつは慌てて口を噤んだ。
空蝉の術のことは知られてはならないのだ。
ふと、おみつは菜をの姿を診、おや、と思った。
「すなひめさまー」
四郎とおみつの二男、疎部が菜をにかぶりついた。
「疎部、元気だった?」
諏名姫も疎部を優しく抱きとめる。
「会いたかったよー、すなひめさまー」
菜をは根本が餓鬼大将のせいか、子供に懐かれる。里の祭りなど、子供に囲まれて、大人が菜をに近づけないほどだ。
「ようこそ。
おいで下されました、諏名姫さま」
長男の知良が外に出てきて挨拶をした。
「お邪魔するわ、知良。
また背が伸びたのじゃない?」
「立ち話もなんですから。どうぞ、なかへ」
それを機に菜をとおみつは、ずっと立ち話してしたことに気付いた。くすくす笑いながら、知良に誘われて家屋に入っていった。
知良はあの戦乱のとき、おみつの胎の中にいた子供。そろそろ成人の儀を迎えるころだ。
そして、まもなく時苧と阿蛾の娘、帰蝶と祝言を上げる。
(ひとってわからないものねー。疾風兄者のこと、あんなに好きだったあの子が、おみつ姉者の息子のところへ嫁ぐなんて)
相変わらず、おみつの二男をまとわりつかせたまま、菜をはぼんやりと考えていた。
忍ぶの実質的棟梁が草太である現在。『瘤瀬衆』は諏和賀に拠点が移っていた。瘤瀬の長は時苧がしている為、次期棟梁の帰蝶が諏和賀にいても『瘤瀬衆』は機能するが。
(子供、子供してたのになー、あの子も来年は母親か!)
時苧・阿蛾夫婦と四郎・おみつ夫婦が揃って城に、挨拶と報告にきたときに予想していなかった縁組にも驚いた。
そして、帰蝶が既に身ごもっていることも驚いた。
帰蝶と知良、おみつ夫妻と時苧・阿賀の間でどういうやりとりがあったかわからぬ。しかし、第一子は瘤瀬衆にするべく、疾風を後見人とするらしい。
……縺れて絡み合った経緯は知っている。しかし、疾風も帰蝶も。そして知良もそれを知ってて生きることを選んだ。
(生まれるのは、おみつ姉者のおなかの子と同じくらいかしらね)
菜をはのんきに考えていた。
――それはそうと、普段から子供に好かれる菜をではあるが、今日の疎部はやたらと菜をに懐いている。
疎部は知良のあと、流産してしばらく子に恵まれなかった四郎・おみつ夫妻にとって、久方ぶりの子であった。年は10以上は離れており、兄の知良も面倒みがよく、腕白で甘えん坊であった。
(おみつ姉者が身重だから、子供心に遠慮して、甘えられないのかもしれないわ)
菜をはそう考えていた。
だが、その様子をおみつは違った目で見ていた。
彼女は薬師として日々、人々の死にも命の誕生にも幾度となく立ち会っている。
ましてや自身も経験者なのだ。
その彼女が見違う筈がなかった。
「菜を。あんた、最近調子はどう?」
藪から棒におみつに切り出され、菜をはきょとん、とした。
そして。
眼を泳がせたあと、考え考え話す。
「そうね……。
空蝉の術のときは、しょっちゅう寝所に色々な人が寝ていたから寝づらかったわね。
そのせいかしら?
ちょっと明るい所に出るとくらっとしたり、あまり食がすすまないの」
(それはそうだろう)
おみつは、こっそりと思った。
自ら謀ったこととはいえ。本来安らかな己を取り戻すべき寝所に、のべつまくなしに色々な男を招きいれる。そして、ともに夜を過ごさねばならなかったのだ。
普通の女でも辛いし、恐ろしい出来事だ。
ましてや、諏名姫の真性は忍ぶである。忍ぶのなかでも気配に聡い菜をが、どうして眠れよう。
……相手の男が夢の中で繰り広げていたであろう諏名との睦事は、実際はなかったとはいえ。
『伽をしている』相手は、完全に意識を失っており夢うつつではある。とはいえ、己と肌を重ねている夢を見ている。そんな相手の横で熟睡するのは、普通の神経では難しいであろう。
菜をが、それ以外に体の不調の原因に思い至らぬのも、仕方のないことであったかもしれぬ。
「月のものは?」
おみつはまた、ずばり、ときりこんだ。
「え?」
菜をはいよいよへんてこな顔をした。
”なんで姉者はわたしの月のものなんて気にするのかしら??”
そう思っているのがありありとわかって、余計おみつはじれじれした。
(ああ、もう!恋愛ごとや、己のことに鈍いのは相変わらず『菜を』のまんまね!いい年した大人の女じゃないの!気付きなさいよ!)
おみつ本人も、頭の回転の速く気性の荒い八雲のままであったのだが、気付いていない。
気が付くと、母親の会話から察したのだろう。知良が、それでも菜をのそばにいたがる疎部をひきずるようにして外に出て行った。
(みなさいよ!少年て言ってもいい知良でさえ、気付いたのに!ああ、でも、あの子は異常に勘が鋭いし、わたし以上の薬師になれそうな素質が顕れているけれどもね!)
知良はいまだ幼かったが、もう既に母親の代診をこなせるようになっていた。
だからこそ、池のほとりでぐったりとした帰蝶の具合を見てとれたのである。
なぜか、異様に燃えているおみつと。母親の様子を見て、慌てていた癖にさりげない仕草を装って外に出た知良と。兄に無理矢理外にだされてお冠で喚いている疎部に気をとられながら、菜をは心底面食らっていた。
「姉者? ……あの……?」
「埒が明かないから。はっきり聞くわ、菜を。
あんた、いつから月のものがないの」
おみつは我慢の限界、とばかりに言った。
「え! なんでわかったの!」
菜をは素っ頓狂な声をあげた。
頭痛がしてきた気がして、おみつは額をおさえた。
「姉者? 具合が悪いの?」
菜をがおみつの様子をみて、心配そうに訊ねた。
「自分の心配をしなさいよ!
あんた、食欲がなくて眠れなく、月のものがこなくなって、気付かないの?」
とうとう、たまりかねたおみつが怒鳴った。
「え」
菜をが瞳が真ん丸くなるまで見開いた。
「……うそ……」
茫然としている菜をに、おみつは優しく微笑みかけた。
「あたしのカンではね、十中八九間違いないわよ。
きちんと診ないと十ではないけれどもね。
それに、うちの次男坊がやたらとあんたに纏わりついてたでしょう?」
子供ってわかるらしいのよ。
知良だって、疎部が出来た頃、やたら甘えてきたし、今だって、疎部はお兄ちゃん子のくせに、急にあたしにべったりなんだから!
「あの子、あんたが大好きだからね。
だから、まとわりついてきてたのよ」
赤ちゃんに好きな人がとられちゃうって。
「え……」
菜をは、まだ事の次第をうまく呑み込めてないようだった。
だって。
殆ど諦めていた。
自分のせいなら辛いけど。二人のことだから、仕方ないとも思っていた。
なのに。
「本当に?」
菜をが囁き。
「あんた。跳ねたり、飛び降りたり。とにかく危ないことしてないでしょうね?」
おみつは、双眸に涙を滲ませながら、優しく言った。
「これからは暫く、そういうことは控えなくちゃだめよ」
かくて。
その後、諏名姫は正式に、薬師のおみつの見立てを受けた。二人は草太を「呼び戻して」から、里に発表することを決めた。
そんな事をしても、子供は十月十日すれば生まれてくる。
草太が戻った時から逆算したら、「月足らず」であることは、明らかであった。
おそらく里の者達には下衆の勘繰りをされよう。それは、一年にもわたって里人たちをたばかってきたのだから、そう謗られても仕方がない事ではあった。
が。
生まれてくる子が将来、草太の子ではなく、夜伽相手の子と噂されるのは出来るだけ避けたかった。
まして第二子が誕生した折りには、里の者たちは第一子を正当な諏和賀の後継者、と認めない可能性があったのだ。
菜をとおみつは出来る限り、赤子を護ることを誓い合った。
草太が戻って、三月が経った頃。ようやく待ちに待った知らせが諏和賀にもたらされた。知らせを受けた四郎が大喜びで、城まで草太を迎えに行く間に喚きまくったので、瞬く間に里中に慶事が伝わることになったのであった。
「あんたの子とあたしの子。ついでにうちの息子の子も同い年になるのね」
おみつは菜をにそっと囁いた。
おみつが笑っていいかけた。
が。
きらきらした瞳の菜をが人差し指を己の唇に当てた。そうだったわね、とおみつは慌てて口を噤んだ。
空蝉の術のことは知られてはならないのだ。
ふと、おみつは菜をの姿を診、おや、と思った。
「すなひめさまー」
四郎とおみつの二男、疎部が菜をにかぶりついた。
「疎部、元気だった?」
諏名姫も疎部を優しく抱きとめる。
「会いたかったよー、すなひめさまー」
菜をは根本が餓鬼大将のせいか、子供に懐かれる。里の祭りなど、子供に囲まれて、大人が菜をに近づけないほどだ。
「ようこそ。
おいで下されました、諏名姫さま」
長男の知良が外に出てきて挨拶をした。
「お邪魔するわ、知良。
また背が伸びたのじゃない?」
「立ち話もなんですから。どうぞ、なかへ」
それを機に菜をとおみつは、ずっと立ち話してしたことに気付いた。くすくす笑いながら、知良に誘われて家屋に入っていった。
知良はあの戦乱のとき、おみつの胎の中にいた子供。そろそろ成人の儀を迎えるころだ。
そして、まもなく時苧と阿蛾の娘、帰蝶と祝言を上げる。
(ひとってわからないものねー。疾風兄者のこと、あんなに好きだったあの子が、おみつ姉者の息子のところへ嫁ぐなんて)
相変わらず、おみつの二男をまとわりつかせたまま、菜をはぼんやりと考えていた。
忍ぶの実質的棟梁が草太である現在。『瘤瀬衆』は諏和賀に拠点が移っていた。瘤瀬の長は時苧がしている為、次期棟梁の帰蝶が諏和賀にいても『瘤瀬衆』は機能するが。
(子供、子供してたのになー、あの子も来年は母親か!)
時苧・阿蛾夫婦と四郎・おみつ夫婦が揃って城に、挨拶と報告にきたときに予想していなかった縁組にも驚いた。
そして、帰蝶が既に身ごもっていることも驚いた。
帰蝶と知良、おみつ夫妻と時苧・阿賀の間でどういうやりとりがあったかわからぬ。しかし、第一子は瘤瀬衆にするべく、疾風を後見人とするらしい。
……縺れて絡み合った経緯は知っている。しかし、疾風も帰蝶も。そして知良もそれを知ってて生きることを選んだ。
(生まれるのは、おみつ姉者のおなかの子と同じくらいかしらね)
菜をはのんきに考えていた。
――それはそうと、普段から子供に好かれる菜をではあるが、今日の疎部はやたらと菜をに懐いている。
疎部は知良のあと、流産してしばらく子に恵まれなかった四郎・おみつ夫妻にとって、久方ぶりの子であった。年は10以上は離れており、兄の知良も面倒みがよく、腕白で甘えん坊であった。
(おみつ姉者が身重だから、子供心に遠慮して、甘えられないのかもしれないわ)
菜をはそう考えていた。
だが、その様子をおみつは違った目で見ていた。
彼女は薬師として日々、人々の死にも命の誕生にも幾度となく立ち会っている。
ましてや自身も経験者なのだ。
その彼女が見違う筈がなかった。
「菜を。あんた、最近調子はどう?」
藪から棒におみつに切り出され、菜をはきょとん、とした。
そして。
眼を泳がせたあと、考え考え話す。
「そうね……。
空蝉の術のときは、しょっちゅう寝所に色々な人が寝ていたから寝づらかったわね。
そのせいかしら?
ちょっと明るい所に出るとくらっとしたり、あまり食がすすまないの」
(それはそうだろう)
おみつは、こっそりと思った。
自ら謀ったこととはいえ。本来安らかな己を取り戻すべき寝所に、のべつまくなしに色々な男を招きいれる。そして、ともに夜を過ごさねばならなかったのだ。
普通の女でも辛いし、恐ろしい出来事だ。
ましてや、諏名姫の真性は忍ぶである。忍ぶのなかでも気配に聡い菜をが、どうして眠れよう。
……相手の男が夢の中で繰り広げていたであろう諏名との睦事は、実際はなかったとはいえ。
『伽をしている』相手は、完全に意識を失っており夢うつつではある。とはいえ、己と肌を重ねている夢を見ている。そんな相手の横で熟睡するのは、普通の神経では難しいであろう。
菜をが、それ以外に体の不調の原因に思い至らぬのも、仕方のないことであったかもしれぬ。
「月のものは?」
おみつはまた、ずばり、ときりこんだ。
「え?」
菜をはいよいよへんてこな顔をした。
”なんで姉者はわたしの月のものなんて気にするのかしら??”
そう思っているのがありありとわかって、余計おみつはじれじれした。
(ああ、もう!恋愛ごとや、己のことに鈍いのは相変わらず『菜を』のまんまね!いい年した大人の女じゃないの!気付きなさいよ!)
おみつ本人も、頭の回転の速く気性の荒い八雲のままであったのだが、気付いていない。
気が付くと、母親の会話から察したのだろう。知良が、それでも菜をのそばにいたがる疎部をひきずるようにして外に出て行った。
(みなさいよ!少年て言ってもいい知良でさえ、気付いたのに!ああ、でも、あの子は異常に勘が鋭いし、わたし以上の薬師になれそうな素質が顕れているけれどもね!)
知良はいまだ幼かったが、もう既に母親の代診をこなせるようになっていた。
だからこそ、池のほとりでぐったりとした帰蝶の具合を見てとれたのである。
なぜか、異様に燃えているおみつと。母親の様子を見て、慌てていた癖にさりげない仕草を装って外に出た知良と。兄に無理矢理外にだされてお冠で喚いている疎部に気をとられながら、菜をは心底面食らっていた。
「姉者? ……あの……?」
「埒が明かないから。はっきり聞くわ、菜を。
あんた、いつから月のものがないの」
おみつは我慢の限界、とばかりに言った。
「え! なんでわかったの!」
菜をは素っ頓狂な声をあげた。
頭痛がしてきた気がして、おみつは額をおさえた。
「姉者? 具合が悪いの?」
菜をがおみつの様子をみて、心配そうに訊ねた。
「自分の心配をしなさいよ!
あんた、食欲がなくて眠れなく、月のものがこなくなって、気付かないの?」
とうとう、たまりかねたおみつが怒鳴った。
「え」
菜をが瞳が真ん丸くなるまで見開いた。
「……うそ……」
茫然としている菜をに、おみつは優しく微笑みかけた。
「あたしのカンではね、十中八九間違いないわよ。
きちんと診ないと十ではないけれどもね。
それに、うちの次男坊がやたらとあんたに纏わりついてたでしょう?」
子供ってわかるらしいのよ。
知良だって、疎部が出来た頃、やたら甘えてきたし、今だって、疎部はお兄ちゃん子のくせに、急にあたしにべったりなんだから!
「あの子、あんたが大好きだからね。
だから、まとわりついてきてたのよ」
赤ちゃんに好きな人がとられちゃうって。
「え……」
菜をは、まだ事の次第をうまく呑み込めてないようだった。
だって。
殆ど諦めていた。
自分のせいなら辛いけど。二人のことだから、仕方ないとも思っていた。
なのに。
「本当に?」
菜をが囁き。
「あんた。跳ねたり、飛び降りたり。とにかく危ないことしてないでしょうね?」
おみつは、双眸に涙を滲ませながら、優しく言った。
「これからは暫く、そういうことは控えなくちゃだめよ」
かくて。
その後、諏名姫は正式に、薬師のおみつの見立てを受けた。二人は草太を「呼び戻して」から、里に発表することを決めた。
そんな事をしても、子供は十月十日すれば生まれてくる。
草太が戻った時から逆算したら、「月足らず」であることは、明らかであった。
おそらく里の者達には下衆の勘繰りをされよう。それは、一年にもわたって里人たちをたばかってきたのだから、そう謗られても仕方がない事ではあった。
が。
生まれてくる子が将来、草太の子ではなく、夜伽相手の子と噂されるのは出来るだけ避けたかった。
まして第二子が誕生した折りには、里の者たちは第一子を正当な諏和賀の後継者、と認めない可能性があったのだ。
菜をとおみつは出来る限り、赤子を護ることを誓い合った。
草太が戻って、三月が経った頃。ようやく待ちに待った知らせが諏和賀にもたらされた。知らせを受けた四郎が大喜びで、城まで草太を迎えに行く間に喚きまくったので、瞬く間に里中に慶事が伝わることになったのであった。
「あんたの子とあたしの子。ついでにうちの息子の子も同い年になるのね」
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