蒼天の城

飛島 明

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第一部 再興編

瘤瀬の里(5)

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 疾風は、小鷲に躯をなすりつけて気持ちの悪い声音で更にあてこすり始めた。

「兄者はぁーっ、他の者を決して兄者の前に出させない。しかし、本当にやばいときはオレに背中を預けてくれる」
 その通りだったから、小鷲は頷いた。
「そしてェ菜をにィ、右を預けるんだなァ」

 小鷲の右腕は、これまでの死闘ともいえる鍛錬で、痛覚がなくなっていた。
 よほどの眼をもつものでないと、その麻痺は見抜けない。
 しかし、小鷲や疾風もしくはそれ以上の手練れと相まみえれば、その僅かな麻痺が命取りとなる。

 小鷲は、普段の鍛練や野盗相手であれば、右腕であしらってしまう。
 右腕には鉄を巻き、いざとなると盾にし隠し持った暗器で虚を稼ぐ。
 なかなか、小鷲の左腕で相手させられるほどの敵に出会えない。
 狩りの時などは、わざと獣を追い詰めて挑ませたりはする。
 疾風や時苧との鍛錬も、鈍らせない為に左手で小刀でもって戦う。

 しかし、鍛錬だと精神の甘さまでは鍛えられない。
 不本意ではあるのだが、紛れ込んできた夜盗に暗示をかけて襲わせることもある。人は死にもの狂いの時、ありえない力を発揮する。そして死をも恐れぬ人間ほど、恐ろしいものはない。
『肉を切らせて骨を切る』という言葉のまま、挑んでくるからだ。

 小鷲の本当のきき腕を左腕だと知っているのは疾風と時苧、もしかすると菜をだけだ。

「あいつはオレのきき腕が左だと気づいているんだろう、自然に右に回りこまれるんだ」
 憮然として小鷲は言う。
 回り込まれているのは確かだが、他の者にならそんなことをさせはしないのだ。
 それを疾風も知っている。

 疾風の躯が、寄りかかっていたのを小鷲からすげなく外された。
 懲りもせず、同じ位の背の高さなのにわざわざ折り曲げて、小鷲を覗き込んだ。

「んんんー?右側に回り込まれるのを何よりも嫌う兄者がかぁ?
 兄者は他の者は前に絶対出させない。
 何がなんでも、自分が前に立つ。
 そして、菜をには、絶対後ろに下がらせない。これも、なにがなんでもだ。なぁんでだ?」

「それは」
 草太は言いかけて口を噤む。
(菜をが諏和賀の血筋だからだ。領主が、領民を護れなくてどうする)

 小鷲は出かかっていた言葉をなんとか飲み込んだ。
 それは秘中の秘。
 祖父と自分だけが護り抜くことだ。
 いかな疾風にでも、告げられることではない。

 だが、主君とは本来最後列に居て、十重二十重の家臣に護られているべきもの。菜を女性でしかも主君の血筋の唯一の血を継ぐ者。
 そんな唯一無二の娘を最前列で戦わせている以上、菜をを護るのは自分の役目だ。
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