蒼天の城

飛島 明

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第一部 再興編

土雲(2)

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「はっ!」
 声達がおそれ、おののき、ひれ伏した。

 今まで気配が感じられなかったのに。
 どうやら、その声の主はずっとそこに居たようなのだ。
 土雲衆すら怯えさせるこの声こそが、彼らを束ねている頭目であるようだ。

「お、おそれながら。吉蛾きちがの邑で仕留めた若君も、偽者とはっ」
 ひれ伏したまま、座の者のうち一番目の声の主が怯えた声で頭目に伺いをたてる。
 しかし、怯えた振りをしていても、野心までは隠そうとはしていなかった。

 頭目はそれを知ってか、知らずか、楽しげに応えた。

「城内にいたのが、時松。吉蛾におったのが、国松という。
 松は、諏和賀の領地と他国との境に植わっておる。
 いわば、諏和賀という土地の象徴よ。
 それに太郎一めは、白々しくも手前の親父の時苧から一字とって名づけたのよ。
 いかにも『この若君は偽者だ』と匂わせるためにな。
 わしらが、吉蛾の邑の『国松』に食いつくように、エサを蒔いたのよ。
 猿並みと思うてた奴らも、少しは頭を使ったと見える」

 頭目はうそぶいた。


 居並ぶ者達は吉蛾の策略に、今更に感嘆するのを禁じえなかった。
 事あるを予想し、己が血筋で諏和賀の血統から土雲衆の眼を欺こうとした、豪胆さに。

「『国松』とは名の通り、諏和賀を統べる名よ。国松も所詮、目くらまし。
 こやつこそが本物の血統の者と我らに信じさせる為だけに、用意してあった者よ。
 本当の血筋から、儂の目を逸らす為のな」

 クククク……。頭目は無気味に嘲った。

「本当のとは。……姫君への、でござるか?」
 今度は壮年の男が問うた。

「娘の名は諏和賀から一字とった『諏名』であったな、確か」
「ということは」
「諏和賀のまことの血統は諏名姫のみ、ということよ」

 からくりの謎は解けた。だが。

「では。あの折、首を戴いた童女は?」
 一座に疑念が浮かぶ。
「もしや。あの幼子も替え玉であった……、と?」
 まさか。
 その結論に達したとき、残忍な土雲衆が言いよどんだ。

「愉しみが増えたのう。
 時苧にも、まだ忍ぶの血が流れておったとはな。
 奥の手を暴かれた彼奴らの慌てふためく顔が見てやろうぞ!」

 残忍な、人を苦しみに墜とすときにのみ悦楽を見出す愉悦の声。

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