蒼天の城

飛島 明

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第一部 再興編

彼我に隔たった心(2)

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「兄者こそ、まことに信を置いている者にすら、口を噤んでいるつもりかっ!」
 菜をも負けてはいなかった。
 萎れていた表情が一変し、闘う者に戻った。


 疾風は一人、事情が飲み込めず内心狼狽していた。

「それが次期頭領の器かっ! それで里の者を率いて戦えるのかっ」
 菜をが吠えた。


「お前が云えば、オレは疾風を斬る」
 うってかわって静かに草太がいう。

 殺気が疾風と菜をに押し寄せた。
 菜をと疾風の体が、我知らず総毛立つ。

「やってみろ!疾風兄者を誅させはしない!」
 菜をが叫びざま、刃を草太に向けた。
「身の程を知るがいい。お前の刃がオレに届く前に、疾風は事切れている」
 草太は言い放った。

「くっ!」
 菜をが唇を噛み締めた。
 相手の技量を瞬時に読み取るのは、闘う者にとって呼吸するより自然な動作だ。
 今までの鍛錬から盗賊や獣たちとの戦いから、己と草太との力量の差は嫌と言うほど思い知っていた。

「たしかにな!
だが、いかに兄者といえど、向きの違う動きは出来まい」
 菜をが刃の向きを自分に向けた。

「馬鹿か、貴様は。貴様の命など、盾にもならぬ。
お前の刃が致死に至る深さになる迄になまくら刃など叩き落とせるというのが、まだわからんのか」
 草太は冷たく嘲った。

「ならば……」
 逡巡したような声。
 これを言えば、全て、終わりになる。
 そんな菜をの迷いを疾風は感じた。

「ならば、お前の主君として命じる。
疾風を誅するならば、そなたはもはや、臣ではない」

 菜をが命を発した。
 先程の逡巡した声音は何であったのか。
 そう思わせるほど迷いがない、まるで生まれたときから命じることを知っているような、その響き。

「……なんだと……」
 草太の唇がめくりあがる。
 野生の獣が他者からの服従を強いられると、このような顔になるのか。

 びりびりびり。
 闘気と殺気が、菜をと疾風を甚振った。
 肚に気を籠めておらねば、立っておれぬ程の凄まじい圧力。

「君主に逆らうか?」
 草太に静かに訊ねた菜をの顔。
 最後の希望の一筋を、自分で断ち切った断末魔の顔。

「菜をッ」
 草太の顔に殺気がよぎる。

「聞こえなかったか!君主に指図するなと言った!」
 血を吐くような菜をの怒声がした刹那。
 黒い影と化した草太が疾風を襲いかけた。
「動くな!
疾風を誅すれば、そなたを諏和賀の臣とは未来永劫、認めはせぬ!」

 菜をの雷のような、鞭のような声が草太の体を縛り付けた。



 どさり。
 疾風へ跳んだ勢いを自らを地に落とし、殺したのだ。
 やがて、草太はゆっくりと身をおこした。瞳に、ぎらぎらと凶暴な光が宿っていた。

 やがて。
「……わが主君の仰せのままに」
 疾風が思わず、ぞっとするような声であった。

「なれど憶えておかれよ、姫君。
あなたは、血塗られている道を踏みしめておわすことを。
生半可な覚悟で俺の”主”を称されること、許さぬ」

 言い捨てると、草太は振り返りもせず、立ち去った。
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