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第一部 再興編
彼我に隔たった心(3)
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草のざわめく音が、虫の音が戻ってくる。
この2人がこんなにも互いへの感情をぶつけ合うのを、疾風ですら、初めてみた。
そして。
(……君主……? 姫君? 『諏和賀の臣』、って言ったか?)
疾風は頭の中がぐるぐる回っていた。
「わかっています……」
菜をの声が聞こえてきた。
悲しいほどに静かな声であった。
心の中でどれほど泣き喚き、叫んでいるものか。
おそろしいほどの抑制力で押さえ込んでいる為、鏡のように動かない表情。
言ってはならない一言。
彼と彼女をつなぐ絆を断ち切ってしまった命令。
疾風は立ちすくんでいた。
立ち去りたかったが脚が動かない。
「諏和賀の為に命を絶たれた者。
そして、今も命を脅かされている者達。
なんの咎で、命が奪われなければならない業を背負ったというのか。
その理由を告げることも、許しを乞うことも出来ない。
……わたしが諏名姫であることは、土雲を欺く為も誰にも知られてはいけないの」
(怖い!)
疾風が恐怖を感じたのは何年振りだろう。
はらはらと涙を落す少女はもの静かで、殺気など発していない。にも関わらず、覗くべからずの深淵をその存在に感じて、疾風はただただ恐ろしかった。
「だから、疾風兄者も忘れて」
菜をは疾風に向き合った。
怖いもの知らずの疾風が、今は、目の前の娘に怯えて動けなくなっていた。
眼が合う。
菜をの蒼いまでに澄んだ瞳から、逸らせない。
さらさらさら。
砂の流れるような音と、菜をの瞳が疾風の脳を占めた。
正気を失った疾風が、自分の小屋へ戻るのを見届けた。
菜をは、感情を噴き出させ、顔をぐしゃぐしゃにして、林の中へ走り去った。
枝から、枝へ、その後を何かが追う。
ほぅ。
密やかなため息をつくと、時苧は、糸のような細い長い針を握り締めていた手から力を抜いた。
そこにいたのは慈愛に満ちた祖父ではなくて、瘤瀬の棟梁であった。
草太に疾風が殺せるか、疑わしかったのだ。
しかし、菜をに止められたとはいえ殺意は本物であった。
「合格じゃ、草太。それでこそ、継の者よ」
時苧には、これから先。
菜をを護る為に、草太が命より大事な者に手をかけざるを得ない刻があるのを知っていたのだ。
(愛する者とはいえ。手をかけることに躊躇するのは、儂らには赦されぬ)
草太には手をかけたくない。
だが、菜をを生かす為であれば時苧は我が孫ですら弑すのにためらいはなかった。
菜をの後始末のつけかたにも満足した。
「奴が己が素性を晒したからには、儂が疾風の息を止めねばならんか、と思うておったが。
さては我が姫も、なかなか胆力の据わったことよ」
そして、激怒してもなお結局は菜をの身を案じている草太のことも。菜をの兄姉弟妹への優しい、愚かなまでの思いやりも。忍ぶになりきれないでいる二人が、時苧には愛おしかった。
(あとは、草太にまかせるとするか)
そう考えると、冷徹な頭領の顔から祖父の顔になり、自分の小屋へ戻っていった。
この2人がこんなにも互いへの感情をぶつけ合うのを、疾風ですら、初めてみた。
そして。
(……君主……? 姫君? 『諏和賀の臣』、って言ったか?)
疾風は頭の中がぐるぐる回っていた。
「わかっています……」
菜をの声が聞こえてきた。
悲しいほどに静かな声であった。
心の中でどれほど泣き喚き、叫んでいるものか。
おそろしいほどの抑制力で押さえ込んでいる為、鏡のように動かない表情。
言ってはならない一言。
彼と彼女をつなぐ絆を断ち切ってしまった命令。
疾風は立ちすくんでいた。
立ち去りたかったが脚が動かない。
「諏和賀の為に命を絶たれた者。
そして、今も命を脅かされている者達。
なんの咎で、命が奪われなければならない業を背負ったというのか。
その理由を告げることも、許しを乞うことも出来ない。
……わたしが諏名姫であることは、土雲を欺く為も誰にも知られてはいけないの」
(怖い!)
疾風が恐怖を感じたのは何年振りだろう。
はらはらと涙を落す少女はもの静かで、殺気など発していない。にも関わらず、覗くべからずの深淵をその存在に感じて、疾風はただただ恐ろしかった。
「だから、疾風兄者も忘れて」
菜をは疾風に向き合った。
怖いもの知らずの疾風が、今は、目の前の娘に怯えて動けなくなっていた。
眼が合う。
菜をの蒼いまでに澄んだ瞳から、逸らせない。
さらさらさら。
砂の流れるような音と、菜をの瞳が疾風の脳を占めた。
正気を失った疾風が、自分の小屋へ戻るのを見届けた。
菜をは、感情を噴き出させ、顔をぐしゃぐしゃにして、林の中へ走り去った。
枝から、枝へ、その後を何かが追う。
ほぅ。
密やかなため息をつくと、時苧は、糸のような細い長い針を握り締めていた手から力を抜いた。
そこにいたのは慈愛に満ちた祖父ではなくて、瘤瀬の棟梁であった。
草太に疾風が殺せるか、疑わしかったのだ。
しかし、菜をに止められたとはいえ殺意は本物であった。
「合格じゃ、草太。それでこそ、継の者よ」
時苧には、これから先。
菜をを護る為に、草太が命より大事な者に手をかけざるを得ない刻があるのを知っていたのだ。
(愛する者とはいえ。手をかけることに躊躇するのは、儂らには赦されぬ)
草太には手をかけたくない。
だが、菜をを生かす為であれば時苧は我が孫ですら弑すのにためらいはなかった。
菜をの後始末のつけかたにも満足した。
「奴が己が素性を晒したからには、儂が疾風の息を止めねばならんか、と思うておったが。
さては我が姫も、なかなか胆力の据わったことよ」
そして、激怒してもなお結局は菜をの身を案じている草太のことも。菜をの兄姉弟妹への優しい、愚かなまでの思いやりも。忍ぶになりきれないでいる二人が、時苧には愛おしかった。
(あとは、草太にまかせるとするか)
そう考えると、冷徹な頭領の顔から祖父の顔になり、自分の小屋へ戻っていった。
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