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第一部 再興編
崩れ落ちた城
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草太の眼差しには生き抜く事を決意した者のみが宿す、勁さがあった。
その、時。
「おまえさまっ!!」
女の叫び声がした。
どすっ、
ずしゃっっ。
肉に刀が刺さり、肉を断つ音がした。
「小篠……っ!」
一郎太の信じられないような呻き声に草太は目をやった。
(小篠? それは、母の名だ)
奥方となった笹やの護衛をするべく、小篠はあの日も城に上がっていた。
炎のおさまった数日後。
ご領主をはじめ、奥方や一族の首は城門に曝された。
諏和賀一族の首以下の遺体や、父や叔父達の遺骸を探すことは初めから、考えてすらおらなかった。
だが、小篠の首はおろか、遺体の欠片も見つけられなかったのだ。
しかし、母の亡骸を探そうにも城は焼け落ちていた。
骨も墨と化し、石ころと見分けがつかぬ。
ましてや何体かは見つけることの出来た亡骸から、見分けられよう筈もなかった。
奥方の躯も、そして小篠の躯がどのように陵辱(りょうじょく)されたかを見ずにすんだのは、幸いだったと。
そう無理やり納得し。
既に亡者の列に加わっていると信じていたのだ。
女が左肩から、右の臍脇まで斜めに斬られていた。殺気を感知した一郎太に振り向き様に袈裟懸けに斬られたのだ。
「……っ、」
一郎太が喘ぐ。
見ると、一郎太の腹にも吉蛾の女が護身に用いる短刀が根元まで埋まっていた。
斬られながらも、女が渾身の一撃を繰り出したのだ。
男と女はゆっくりと崩れ落ちた。
二人の血が、じわじわと拡がっていく。
「母者?母者なのかっ」
草太が女に駆け寄る。
罠ではないかと用心しながらも、抱き上げて、顔にかかった髪をかきあげた。
荒く、浅い吐息。
血の気のない、やや歳を加えた女の貌。だが、確かに幼い記憶に残っている母の面影だった。
「母者!!」
草太が絶叫する。
「オレだっ貴女の息子の草太だっ」
「……草……、太……?」
女の手が、弱弱しく草太の顔に手を添えられてた。ごぼ、と女の口から血の泡があふれ出た。
「……大きく……なったの、ね……。あのひと……、そ。そ……くり……」
「貴様っ」
草太は母をそっと床に横たえると、肉食獣のような眸で一郎太を見やった。
まだ、息がある。草太はとどめを刺す為に一郎太に近寄っていった。
「儂は……ずっと……、狂いたかった……」
浅い息の下から、一郎太が呟いていた。
目からは、凶気の焔がきえていた。手足を投げ出したまま、虚ろな眼で天井を見つめているその腹から生えた短刀の柄が、呼吸に合わせて弱々しく上下していた。
「おはたを斬り殺した後。愚かにも、罪の重さに怯えていた……」
一郎太は焦点の合わない目で、つぶやいていた。
草太は用心しながら、近づいてゆく。
「諏和賀を去って遠つ郷で暮らし、おはたの霊を慰めながら生きようと思っていた。
儂は未練がましいとも、浅ましいとも思うていたが、せめて一度、笹やと思いを交わしたかった」
草太は眼を見開いた。
「笹やは儂の想いを叶えてくれた。
儂は約束通り、もう諏和賀を騒がすまい、と思った……。
笹やが懐妊したと聞き、あの時の子だと確信した。儂の思いは実を結んだのだ」
焦点が定まらぬまま、一郎太は微笑んでいた。
まさか。
いつしか、草太は、時苧と交わした会話を憶い出していた。いや、消そうと思っても、記憶に染み付いて、消えない言葉だった。
『諏名姫の前に男児をお産みになられていた』
『その赤児さまのお名前は?』
『草太という』
『偶然よ、偶然』
でまかせ、というにはあまりに緻密な嘘だった。
そして菜をの背中の痣と、自分の痣。あまりにそっくりな、風車の羽根のような紋様のような痣。
あれは、何を意味するのか。
(まさか、この男が。自分の本当の父親なのか!)
自分は諏和賀の殿の子ではなかった。
しかし、こはととは血がつながっていたのだ。そして菜をとまでも。
草太は、足下が崩れ落ちていくような感覚に堪えながら、一郎太の呟きを聞き漏らすまい、とした。
「男児が出生した、と聞き及んだ時、儂は祝杯をあげた……。
儂の血を継ぐ者が諏和賀の跡取りになるのだ、と思うておった訳ではない。
笹やと、儂の愛しあった証が世にある、ということが嬉しかったのだ。
殿に次の子が出来たのならば、儂はその子を引き取ろうと考えていた。しかし……」
ごぼり。
一郎太の口から血が吐き出された。
腹からも血が流れ、かなりの血溜まりが出来ていた。
束の間、白くなっていた一郎太の顔が憎しみで生命力を取り戻したかのように見えた。
「あろうことか、すぐ病死したというのだ。
そんな都合のいい話は信じられぬ。笹やと草太の殿が、儂の子を殺したのだ!
儂は、沸き上がる怒りを押さえきれなかった。
その時、儂は笹やと草太の殿に復讐してやろうと心に誓ったのだ」
草太はようやく、病的に一郎太を怯えていた、という奥方のことが理解出来た。
『いつか、取りかえしのつかない事が起こる』
そう確信した父が、親子の縁を棄ててまでも、己れの子を。
これから生まれてくる殿の、本当の和子に対する身代わりにしてでも。
兄の手から幼馴染みの殿と、妻の姉を護り通し。護り抜くことで己れの兄が、これ以上血塗られた地獄を彷徨うわないように、と。
祈った気持ちが痛い程よくわかったのだ。
そして愛する女に裏切られた、と思い至った一郎太の憎しみも。
自分の娘を捨て駒にしてさえ、諏和賀の一族を根絶やしすると誓った男の凶気を。
一郎太の瞳が、ぼんやりと草太を見た。
「草太。殿の幼名をもつお前は……笹やの子か? ……儂の子供、なのか……?」
喪ってしまった者への哀しみと、生きていて欲しいという一縷の願い。
だが、その一言は草太を串刺しにした。
その時、弱いけれどはっきりとした声が、草太と一郎太の耳に届いた。
「姉上の御子はまことに亡くなったのです……」
「母者!!」
草太は母の元に駈けよった。
母は苦しい息の下から、なんとか言葉を続ける。
一郎太が全身全霊を傾けて聞き入っているのが感じとれた。
「あの女を選んだ一郎太殿の気持ちがわからなくて、姉上は苦しがっておられました。
そして、あなたが祝言を上げると聞き、殿様の求愛を受け入れられたのです。
あの女が亡くなってから、初めてあなたの苦しみを知ったと……。
弁解もしなかったあなたを蛇蝎のごとく嫌ってしまったと、ずっと悔いておられました……」
途切れ途切れではあったが、草太と一郎太にはよく聞こえた。最後の力を振り絞って語る小篠の瞳は濁った色ではなく、正常な理知的な輝きに澄んでいた。
太郎一が亡くなり、わが子時松と、国松、そして菜をの首級を見せられてから壊れてしまった心が、ようやく元に戻ったのだ。
小篠の躰から命がどんどん失われていく。
手の施しようはなかった。
しかし、彼女は瞳に力を宿したまま、じっと成長したわが子をみつめた。
「草太は、わたしと太郎一殿の子です」
しっかりとした、声だった。
小篠の瞳から涙が滴り落ちた。
「若君が亡くなられて、姉上は半狂乱にならました。
一郎太どの、あなたとの事は姉上とわたしで死ぬまで秘しておくつもりでございました……。
なれど……、姉上は若君の後を追う覚悟で、殿に一郎太殿との子であると申し上げました」
びくん。
一郎太の躯が揺れた。
愛して、愛しすぎて、せめて憎悪で結ばれようと定めた女の誠実な想いを初めて知ったのだ。
「殿はっ、……殿様も……、あ、なたへの仕打ちを、恥じ……っ、あ、姉上をお赦しになりました……。
……っ、は、流行り病で亡くなった、あ、赤児様がっ、さ、寂しくない、ようにと……っ、こ、瘤瀬の里近くにうめることをお許し下さいました……、」
母の言葉が途切れ途切れになってきた。
一郎太が、草太が知りたかった真実がこんなところにあるとは。
「同じ頃っ、身ごもっていたわ、たしもっしゅ、出産し。
男児だったので、殿様が生まれ得なかった“わが子”へと御用意していた御名……、殿様のご幼名、そ、“草太”のお名を赤児に授かりました……」
「伯父貴」
草太が言った。一郎太が目を見開く。
初めて、肉親として言葉を交わした。
「じい様は。父者が生まれた時、あまりに伯父貴にそっくりな事が嬉しかったから、父者の名前を『太郎一』と名づけたと。
おはたの本性を知ってから、伯父貴に辛く当たったのを悔いて。
必死に伯父貴の行方を探してて。見つけたら瘤瀬に迎え入れるつもりであったと」
草太が時苧の想いを一郎太に伝えた。
「父……者……」
一郎太の双眸から、涙が溢れた。
「草、太」
一郎太の顔に死相が顕われてきた。
同時に禍々しい程の凶気が薄れ散った。
「ここは墜ちる……おまえの母を連れて、疾く、に、逃げよ」
「……いい、え」
小篠が抗う。母の顔は、既に紙のように白い。
「わたし……は。一郎太殿とまいります」
「小篠」
一郎太が弱々しく呟いた。
草太は母を見た。
母は息子をみつめた。
「母者」
何を言っても、無駄なことはわかっていた。
生命の火が消えてゆく。
小篠がふんわりと微笑んだ。
「一郎太殿。太郎一殿も、姉上も、殿様も待っておられます……また……、桜の花びらを追い掛けて、5人で遊びましょう……」
小篠は、目を閉じた。
「笹や……」
一郎太は愛していた女の名を呟き、ゆっくり目を閉じた。男の目のはしからすうっと、透明な雫が落ちた。
炎がすべてを永劫へと持ち去る。
ごうごうと音をたてながら、火の粉が花びらのように舞っていた。
草太は、燃え尽きるまで見届けていた。
その、時。
「おまえさまっ!!」
女の叫び声がした。
どすっ、
ずしゃっっ。
肉に刀が刺さり、肉を断つ音がした。
「小篠……っ!」
一郎太の信じられないような呻き声に草太は目をやった。
(小篠? それは、母の名だ)
奥方となった笹やの護衛をするべく、小篠はあの日も城に上がっていた。
炎のおさまった数日後。
ご領主をはじめ、奥方や一族の首は城門に曝された。
諏和賀一族の首以下の遺体や、父や叔父達の遺骸を探すことは初めから、考えてすらおらなかった。
だが、小篠の首はおろか、遺体の欠片も見つけられなかったのだ。
しかし、母の亡骸を探そうにも城は焼け落ちていた。
骨も墨と化し、石ころと見分けがつかぬ。
ましてや何体かは見つけることの出来た亡骸から、見分けられよう筈もなかった。
奥方の躯も、そして小篠の躯がどのように陵辱(りょうじょく)されたかを見ずにすんだのは、幸いだったと。
そう無理やり納得し。
既に亡者の列に加わっていると信じていたのだ。
女が左肩から、右の臍脇まで斜めに斬られていた。殺気を感知した一郎太に振り向き様に袈裟懸けに斬られたのだ。
「……っ、」
一郎太が喘ぐ。
見ると、一郎太の腹にも吉蛾の女が護身に用いる短刀が根元まで埋まっていた。
斬られながらも、女が渾身の一撃を繰り出したのだ。
男と女はゆっくりと崩れ落ちた。
二人の血が、じわじわと拡がっていく。
「母者?母者なのかっ」
草太が女に駆け寄る。
罠ではないかと用心しながらも、抱き上げて、顔にかかった髪をかきあげた。
荒く、浅い吐息。
血の気のない、やや歳を加えた女の貌。だが、確かに幼い記憶に残っている母の面影だった。
「母者!!」
草太が絶叫する。
「オレだっ貴女の息子の草太だっ」
「……草……、太……?」
女の手が、弱弱しく草太の顔に手を添えられてた。ごぼ、と女の口から血の泡があふれ出た。
「……大きく……なったの、ね……。あのひと……、そ。そ……くり……」
「貴様っ」
草太は母をそっと床に横たえると、肉食獣のような眸で一郎太を見やった。
まだ、息がある。草太はとどめを刺す為に一郎太に近寄っていった。
「儂は……ずっと……、狂いたかった……」
浅い息の下から、一郎太が呟いていた。
目からは、凶気の焔がきえていた。手足を投げ出したまま、虚ろな眼で天井を見つめているその腹から生えた短刀の柄が、呼吸に合わせて弱々しく上下していた。
「おはたを斬り殺した後。愚かにも、罪の重さに怯えていた……」
一郎太は焦点の合わない目で、つぶやいていた。
草太は用心しながら、近づいてゆく。
「諏和賀を去って遠つ郷で暮らし、おはたの霊を慰めながら生きようと思っていた。
儂は未練がましいとも、浅ましいとも思うていたが、せめて一度、笹やと思いを交わしたかった」
草太は眼を見開いた。
「笹やは儂の想いを叶えてくれた。
儂は約束通り、もう諏和賀を騒がすまい、と思った……。
笹やが懐妊したと聞き、あの時の子だと確信した。儂の思いは実を結んだのだ」
焦点が定まらぬまま、一郎太は微笑んでいた。
まさか。
いつしか、草太は、時苧と交わした会話を憶い出していた。いや、消そうと思っても、記憶に染み付いて、消えない言葉だった。
『諏名姫の前に男児をお産みになられていた』
『その赤児さまのお名前は?』
『草太という』
『偶然よ、偶然』
でまかせ、というにはあまりに緻密な嘘だった。
そして菜をの背中の痣と、自分の痣。あまりにそっくりな、風車の羽根のような紋様のような痣。
あれは、何を意味するのか。
(まさか、この男が。自分の本当の父親なのか!)
自分は諏和賀の殿の子ではなかった。
しかし、こはととは血がつながっていたのだ。そして菜をとまでも。
草太は、足下が崩れ落ちていくような感覚に堪えながら、一郎太の呟きを聞き漏らすまい、とした。
「男児が出生した、と聞き及んだ時、儂は祝杯をあげた……。
儂の血を継ぐ者が諏和賀の跡取りになるのだ、と思うておった訳ではない。
笹やと、儂の愛しあった証が世にある、ということが嬉しかったのだ。
殿に次の子が出来たのならば、儂はその子を引き取ろうと考えていた。しかし……」
ごぼり。
一郎太の口から血が吐き出された。
腹からも血が流れ、かなりの血溜まりが出来ていた。
束の間、白くなっていた一郎太の顔が憎しみで生命力を取り戻したかのように見えた。
「あろうことか、すぐ病死したというのだ。
そんな都合のいい話は信じられぬ。笹やと草太の殿が、儂の子を殺したのだ!
儂は、沸き上がる怒りを押さえきれなかった。
その時、儂は笹やと草太の殿に復讐してやろうと心に誓ったのだ」
草太はようやく、病的に一郎太を怯えていた、という奥方のことが理解出来た。
『いつか、取りかえしのつかない事が起こる』
そう確信した父が、親子の縁を棄ててまでも、己れの子を。
これから生まれてくる殿の、本当の和子に対する身代わりにしてでも。
兄の手から幼馴染みの殿と、妻の姉を護り通し。護り抜くことで己れの兄が、これ以上血塗られた地獄を彷徨うわないように、と。
祈った気持ちが痛い程よくわかったのだ。
そして愛する女に裏切られた、と思い至った一郎太の憎しみも。
自分の娘を捨て駒にしてさえ、諏和賀の一族を根絶やしすると誓った男の凶気を。
一郎太の瞳が、ぼんやりと草太を見た。
「草太。殿の幼名をもつお前は……笹やの子か? ……儂の子供、なのか……?」
喪ってしまった者への哀しみと、生きていて欲しいという一縷の願い。
だが、その一言は草太を串刺しにした。
その時、弱いけれどはっきりとした声が、草太と一郎太の耳に届いた。
「姉上の御子はまことに亡くなったのです……」
「母者!!」
草太は母の元に駈けよった。
母は苦しい息の下から、なんとか言葉を続ける。
一郎太が全身全霊を傾けて聞き入っているのが感じとれた。
「あの女を選んだ一郎太殿の気持ちがわからなくて、姉上は苦しがっておられました。
そして、あなたが祝言を上げると聞き、殿様の求愛を受け入れられたのです。
あの女が亡くなってから、初めてあなたの苦しみを知ったと……。
弁解もしなかったあなたを蛇蝎のごとく嫌ってしまったと、ずっと悔いておられました……」
途切れ途切れではあったが、草太と一郎太にはよく聞こえた。最後の力を振り絞って語る小篠の瞳は濁った色ではなく、正常な理知的な輝きに澄んでいた。
太郎一が亡くなり、わが子時松と、国松、そして菜をの首級を見せられてから壊れてしまった心が、ようやく元に戻ったのだ。
小篠の躰から命がどんどん失われていく。
手の施しようはなかった。
しかし、彼女は瞳に力を宿したまま、じっと成長したわが子をみつめた。
「草太は、わたしと太郎一殿の子です」
しっかりとした、声だった。
小篠の瞳から涙が滴り落ちた。
「若君が亡くなられて、姉上は半狂乱にならました。
一郎太どの、あなたとの事は姉上とわたしで死ぬまで秘しておくつもりでございました……。
なれど……、姉上は若君の後を追う覚悟で、殿に一郎太殿との子であると申し上げました」
びくん。
一郎太の躯が揺れた。
愛して、愛しすぎて、せめて憎悪で結ばれようと定めた女の誠実な想いを初めて知ったのだ。
「殿はっ、……殿様も……、あ、なたへの仕打ちを、恥じ……っ、あ、姉上をお赦しになりました……。
……っ、は、流行り病で亡くなった、あ、赤児様がっ、さ、寂しくない、ようにと……っ、こ、瘤瀬の里近くにうめることをお許し下さいました……、」
母の言葉が途切れ途切れになってきた。
一郎太が、草太が知りたかった真実がこんなところにあるとは。
「同じ頃っ、身ごもっていたわ、たしもっしゅ、出産し。
男児だったので、殿様が生まれ得なかった“わが子”へと御用意していた御名……、殿様のご幼名、そ、“草太”のお名を赤児に授かりました……」
「伯父貴」
草太が言った。一郎太が目を見開く。
初めて、肉親として言葉を交わした。
「じい様は。父者が生まれた時、あまりに伯父貴にそっくりな事が嬉しかったから、父者の名前を『太郎一』と名づけたと。
おはたの本性を知ってから、伯父貴に辛く当たったのを悔いて。
必死に伯父貴の行方を探してて。見つけたら瘤瀬に迎え入れるつもりであったと」
草太が時苧の想いを一郎太に伝えた。
「父……者……」
一郎太の双眸から、涙が溢れた。
「草、太」
一郎太の顔に死相が顕われてきた。
同時に禍々しい程の凶気が薄れ散った。
「ここは墜ちる……おまえの母を連れて、疾く、に、逃げよ」
「……いい、え」
小篠が抗う。母の顔は、既に紙のように白い。
「わたし……は。一郎太殿とまいります」
「小篠」
一郎太が弱々しく呟いた。
草太は母を見た。
母は息子をみつめた。
「母者」
何を言っても、無駄なことはわかっていた。
生命の火が消えてゆく。
小篠がふんわりと微笑んだ。
「一郎太殿。太郎一殿も、姉上も、殿様も待っておられます……また……、桜の花びらを追い掛けて、5人で遊びましょう……」
小篠は、目を閉じた。
「笹や……」
一郎太は愛していた女の名を呟き、ゆっくり目を閉じた。男の目のはしからすうっと、透明な雫が落ちた。
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