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第一部 再興編
桜花の城郭
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新築された諏和賀の城。
その城主の室。
鎧戸を開け放した空間からは、ちらちらと舞い落ちる桜の花びらが見えた。槌を遣う音、威勢のよい掛け声から、城下の復興と田畑の塩抜き作業が始まっているのが、見てとれた。
室内には、娘がひとり端坐していた。
たおやか、というには凛々しい雰囲気を漂わせている硬質な美しさ。
質素ながら、里の者からの心づくしの娘らしい袿に、黒髪がぱらりとかかっている。
周囲の者に近寄りがたいものを感じさせてしまう、その容貌も。
普段であれば夏の日射しのような瞳と柔らかな微笑みが、そんな印象を吹き飛ばして見せてしまうのだが。
今の娘の様子は、沈んでいるようであった。
そんな娘の許へと、外から飛び込んできた若者が一人。
「兄者?」
もっとも、娘も気配はわかっていた
「よ」
敏捷な、獰猛な大型の獣を思わせる動き。
「もう、充分だよ」
微笑みながら娘が言う。
「ん?」
片目の兄が首をかしがた。
「もう警護してくれなくて大丈夫だよ、疾風兄者。土雲も滅んだし。わたしも自分の身くらい、護れる」
娘が重ねて言った。
苦笑であっても広がった笑顔が、冷たい印象ですらあった容貌を、春の風のように温かく柔らかい表情に変えた。
土雲が滅びた痕も、瘤瀬の里の者たちが交互に周りを固めてくれているのだ。
娘は嬉しい反面、自分が別の世界の人間になってしまったようで寂しい。
否。
城主の室に座っているということは。菜をという娘の躯に、城主という衣を纏った諏名姫であった。
「まあ、そう寂しいことを言うな。
こうでもしないと、お前に会えないだろ。瘤瀬の者の、苦肉の策だ」
疾風が明るく笑う。
「瘤瀬に戻りたいよ、兄者」
ふと甘えたくなって菜を、いや諏名姫はいった。
「甘える相手まちがえてるんじゃないか?」
疾風がにこにこと、あっさりと云う。
菜をは、口の中で呟いた。
「だって……。草太兄者は目も合わせてくれないし」
護衛の番が回ってきても、草太は姿すら見せない。
気配で、それと知るばかりだ。
避けているのか、瘤瀬を護ることが多いのを抜かしても、明らかに護衛の番に回ることすら少ない。
「オレは別に草太兄者に、とは言ってないぞ」
にこにこにこにこ。
満面の笑顔、とはこういう顔を言うのだろう。
「……」
菜をは俯いてしまった。
流石にいじめすぎたと気付いた疾風が言葉をつないだ。
「以前、お前と兄者には特別な絆があるって言ったこと、覚えているか」
「うん」
「兄者はオレに背中を預けてくれてる。そして兄者は。おまえに右で戦うことを望んでいるんだ、と」
「でも、それは……、わたしが諏和賀の血統だったから」
辛そうに、切なそうに菜をが言う。
「仮にもご領主だぞ?
通常なら旗印に押し立てても、お前を倒されたら兄者たちの夢はおしまいだ。
男のご領主であったって、前面には出さないだろう。
それが最後の血筋で、しかも娘だときたら。
十重二十重に囲って、風にもあてないようにするのが当然ってもんだろう?」
「……」
「兄者の右腕は殆ど使えない事をお前なら、知っているな?」
草太があまりにも右腕で普通の事をこなす為、麻痺している事を知っているのは時苧と疾風くらいだったが。菜をは暫し黙った後、こくり、と頷いた。
「兄者がお前に右側を護らせる意味が、わかるか」
「……」
「苦手な右側を任せる位、兄者はお前を信用しているんだ。
だからお前に、瘤瀬を護ることをを望んだんだ」
菜をの瞳から、みるみる涙が溢れてきた。
「瘤瀬の里への襲撃を防いだろう?
オレ達が、土雲を襲っている間の隙を考えていなかった訳じゃない。
だけど、瘤瀬襲撃の知らせを受け、『手勢を襲撃と護衛の二手に割かねば!』と皆が騒いだとき、兄者は『菜をがいるからな』って止めたんだ」
「……」
菜をも思い出した。
その城主の室。
鎧戸を開け放した空間からは、ちらちらと舞い落ちる桜の花びらが見えた。槌を遣う音、威勢のよい掛け声から、城下の復興と田畑の塩抜き作業が始まっているのが、見てとれた。
室内には、娘がひとり端坐していた。
たおやか、というには凛々しい雰囲気を漂わせている硬質な美しさ。
質素ながら、里の者からの心づくしの娘らしい袿に、黒髪がぱらりとかかっている。
周囲の者に近寄りがたいものを感じさせてしまう、その容貌も。
普段であれば夏の日射しのような瞳と柔らかな微笑みが、そんな印象を吹き飛ばして見せてしまうのだが。
今の娘の様子は、沈んでいるようであった。
そんな娘の許へと、外から飛び込んできた若者が一人。
「兄者?」
もっとも、娘も気配はわかっていた
「よ」
敏捷な、獰猛な大型の獣を思わせる動き。
「もう、充分だよ」
微笑みながら娘が言う。
「ん?」
片目の兄が首をかしがた。
「もう警護してくれなくて大丈夫だよ、疾風兄者。土雲も滅んだし。わたしも自分の身くらい、護れる」
娘が重ねて言った。
苦笑であっても広がった笑顔が、冷たい印象ですらあった容貌を、春の風のように温かく柔らかい表情に変えた。
土雲が滅びた痕も、瘤瀬の里の者たちが交互に周りを固めてくれているのだ。
娘は嬉しい反面、自分が別の世界の人間になってしまったようで寂しい。
否。
城主の室に座っているということは。菜をという娘の躯に、城主という衣を纏った諏名姫であった。
「まあ、そう寂しいことを言うな。
こうでもしないと、お前に会えないだろ。瘤瀬の者の、苦肉の策だ」
疾風が明るく笑う。
「瘤瀬に戻りたいよ、兄者」
ふと甘えたくなって菜を、いや諏名姫はいった。
「甘える相手まちがえてるんじゃないか?」
疾風がにこにこと、あっさりと云う。
菜をは、口の中で呟いた。
「だって……。草太兄者は目も合わせてくれないし」
護衛の番が回ってきても、草太は姿すら見せない。
気配で、それと知るばかりだ。
避けているのか、瘤瀬を護ることが多いのを抜かしても、明らかに護衛の番に回ることすら少ない。
「オレは別に草太兄者に、とは言ってないぞ」
にこにこにこにこ。
満面の笑顔、とはこういう顔を言うのだろう。
「……」
菜をは俯いてしまった。
流石にいじめすぎたと気付いた疾風が言葉をつないだ。
「以前、お前と兄者には特別な絆があるって言ったこと、覚えているか」
「うん」
「兄者はオレに背中を預けてくれてる。そして兄者は。おまえに右で戦うことを望んでいるんだ、と」
「でも、それは……、わたしが諏和賀の血統だったから」
辛そうに、切なそうに菜をが言う。
「仮にもご領主だぞ?
通常なら旗印に押し立てても、お前を倒されたら兄者たちの夢はおしまいだ。
男のご領主であったって、前面には出さないだろう。
それが最後の血筋で、しかも娘だときたら。
十重二十重に囲って、風にもあてないようにするのが当然ってもんだろう?」
「……」
「兄者の右腕は殆ど使えない事をお前なら、知っているな?」
草太があまりにも右腕で普通の事をこなす為、麻痺している事を知っているのは時苧と疾風くらいだったが。菜をは暫し黙った後、こくり、と頷いた。
「兄者がお前に右側を護らせる意味が、わかるか」
「……」
「苦手な右側を任せる位、兄者はお前を信用しているんだ。
だからお前に、瘤瀬を護ることをを望んだんだ」
菜をの瞳から、みるみる涙が溢れてきた。
「瘤瀬の里への襲撃を防いだろう?
オレ達が、土雲を襲っている間の隙を考えていなかった訳じゃない。
だけど、瘤瀬襲撃の知らせを受け、『手勢を襲撃と護衛の二手に割かねば!』と皆が騒いだとき、兄者は『菜をがいるからな』って止めたんだ」
「……」
菜をも思い出した。
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