蒼天の城

飛島 明

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第一部 再興編

姫君の伽(2)

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 塩抜き作業に従事している領民たち。
 まだまだ先が見えないが、表情はみな明るい。
 元々の領民であった者達は少なかった。しかし新しい領主が、流民や隣国のくいっぱぐれの次男坊や三男坊などに土地を与えたのだ。

 無論、瘤瀬の里の者も応援に来ていた。
 その中に腰の曲がった老人と、その孫であろう、青年。

「そうじゃ」
 老人が思い付いたように、何気なく言った。
 腰は曲がっていたが、瞳の色はきらきらとしていて若々しかった。手つきにも、しっかりしたものがある。

「なんだ、じい様?」
 青年は、小休止用に持参していた竹筒から茶を飲む。端正な顔立ちにすごい傷痕が走ってはいたが、人を恐怖に陥れるものではない。なにより、表情がのんびりとしていた。

「お前、菜をとくっつけ」
 時苧は天気かなにか、さほどの重大ごとではないかのようにぽん、と言った。

 ぶほっ!!
 草太が茶を吹き出した。
 どうやら草太には、天気の話題ほど聞き流してよい話題ではなかったらしい。
「な、なにを……っ!」
 顔が赤いのは、せたからだけではあるまい。

「何を言い出すんだ、爺っ!
あれは、もう菜をじゃない。我らの君主の諏名姫なんだぞ!」
「そう、菜をじゃないんじゃ」
 ふむふむ、とうなづく時苧。
「諏名姫はお前を好いておる。わかっておるじゃろうが」
(ちくしょー、じじー。何を言い出しやがる! 都合よく『菜を』と『諏名姫』を遣いわけるなあっ!)


 草太は聴きたくて、しかし訊きたくなくて忘れたままになっていた疑問を思い出して、祖父にぶつける事にした。
「……じい様」
「なんじゃい」
 爺はほけーと空を飛ぶ鳥なぞを眺めている。

「ひとつ聞きたい」
「痣のことかの」
「……なんでッ」

 草太は驚いた。
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