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変奏曲 男2(変更可能)(きらきら星の別視点のおはなし)
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登場人物
・ソラ :男想定・学生・モノローグは彼
・ユウ :男想定・学生
・ソラの父親:男・ユウを女に変更するならこちらもソラの母親に変更してください・ユウ役が兼任すること
ーーー
グォルフガング・アマデウス・モーツァルト。
ケッヘル番号265番。きらきら星変奏曲。
初めて聞いたのは、友人が出ていたピアノの発表会だった。
同じような曲を何度も聞いて眠気に襲われてきた頃、彼は登場した。
硬すぎる表情、ぎこちない動作。
漫画みたいにカクカクとお辞儀をされた時は、吹き出しそうになって焦った。
椅子の調整に無駄に時間をかけ、ガチャガチャとうるさい音が止み、彼はやっと椅子に座る。
長い沈黙。張り詰めた緊張感。ゆっくりと降ろされた小さな手。
その指先が鍵盤に触れた時、僕の世界は急速に変わり始めたんだ。
ーーー
ソラ「トゥインクル トゥインクル リールスター
ハウ アイ ワンダー ワッチュー アー
アッパーバーブ ザ ワールド ソウ ハイ
ライク ア ダイヤモンド イン ザ スカイ
トゥインクル トゥインクル リールスター
ハウ アイ ワンダー ワッチュー アー」
ユウ「またそれ?」
ソラ「イイでしょ別に。お気に入りなんだから。何回歌ってもさ。」
ユウ「にしても英語下手かよ。毎日歌っててこれですかー?」
ソラ「む。じゃあ、ユウくんが歌ってみせてよ!お手本!」
ユウ「え、なんで。」
ソラ「はやく!はやく!」
ユウ「はーあ。一回だけだぞ?」
ソラ「やりぃ~。」
そう言って彼は歌いだした。
きらきら星。僕と君の出会いの曲。僕が大好きな曲。
僕がこの曲をカタコトで歌うのはたぶん君のせい。
だって、とっても綺麗な発音で、澄んだ冬の夜空みたいなきらきらした歌い方をしているから。
これを聴きたくてわざと発音を直さないのは内緒。
ソラ「どうだ。少しは分かったか。」
ユウ「う~ん。分かんない!」
ソラ「だろうな!知ってたよ!・・・まあ、誰かに聴かせるとかそーゆー機会がない限りは思うように歌えばいいんじゃねーの?」
ソラ「ユウくんには聞かせるけどね。」
ユウ「なら直そうと思えよ万年十点。」
ソラ「あ~なにいってんのかきこえな~い!!」
ユウ「おい!はあ。これだからソラは。」
これが、僕らの日常。
ーーー
ユウ「それでさー。ユウトのヤツ、僕と一緒に振り返っちまうからさ。あいつらが面白がってユウトを呼ぶときも『ユウ』って呼び出してさ。」
ソラ「うん。」
ユウ「おかげであいつも僕も苦労してんだよ。ちょーメンドクセーの。そんなのはもっと子供の時にしてろ。まあ、僕はいいけどさ。」
ソラ「大変だね。」
ユウ「まあね。だけど、僕よりユウトのほうが大変だと思うよ。」
ソラ「そうなんだ。」
ユウ「うん。・・・なあ、今朝から気になってたこと聞いてもいい?」
ソラ「いいよ。なに。」
ユウ「なにがあった。」
ソラ「・・・。」
気づいちゃうんだよな、君は。
ユウ「今朝からってゆーか、ここ最近?元気ないってゆーか、自分から話したがらないじゃん。ちょっと心配してたんだよ。で、この帰る足の遅さ。・・・どーしたの。」
ソラ「・・・ちょっと、待ってもらえる?」
ユウ「うん。」
ソラ「勇気がいる。」
ユウ「話さなくても、いいんだぞ。」
ソラ「いや、話す。話すから、ちょっと待って。」
ユウ「わかった。じゃあ浜辺に移動しよう。待つのはそれまで。それでいい?」
ソラ「うん。」
ユウ「じゃあ、行こうか。」
ーーー
僕と父との関係が壊れ始めたのは、一年くらい前からだ。
母が亡くなった。交通事故だった。不運な事故だ。ただ、それだけ。
僕は泣いた。たくさん泣いた。父に縋りついて一生分くらいは泣いた。とても悲しかったから。
父は、立っていた。立っているだけだった。涙を流すわけでもなく、僕に声をかけるでもなく、ただ、ただそこに立っていた。
それからだ。父が変わったのは。
ソラ「最初はね、言うだけだった。家事がめんどくさい。食費が無駄にかかる。おまえがいなければ。・・・おまえが、死ねば。楽できたのにって。」
ユウ「それは、」
ソラ「続けても。続けても、いい?」
ユウ「う、ん。」
ソラ「結構傷ついたよ。傷ついたけど、あの人の言うことは正しかったから。ごめんなさいって思った。あの時死んだのが僕だったら。僕はお金なんて稼げないし、母さんがやってくれてたことなんてすぐにできるはずもなかった。だから、ごめんなさいって思ってた。毎日思ってた。」
それから少し経つと、あの人の様子がまた変わった。
ソラ「物をね、投げてくるようになった。使い終わりのティッシュ、飲み終わった缶ビール、そこら辺のクッション。そこまではいいよ。お湯入ったマグカップ投げられてからはもう何でもありになっちゃって。ほら。」
僕の身体は、火傷と打撲でいっぱいだった。
ユウ「ひどい・・・。」
ユウくん。酷いのは僕だよ。僕が考えていることは最悪だ。
ソラ「ユウくん。」
ユウ「なに。」
ソラ「家に居たくない。帰りたくない。」
ユウ「うん。」
ソラ「ずっとここに居たい。」
ユウ「うん。」
ソラ「今は、今はね、耐えられる。大丈夫、大丈夫だから。」
ユウ「うん。」
頷かないで。優しくしないで。お願いだから。
ソラ「でももし、もしもう帰りたくなくなったら。もう意味がないと思ったら。」
ユウ「うん。」
言うな、止まれ。
ソラ「いっしょに、海の果てまで来てくれる?」
ああ、だめだよソラ。そんなこと言っちゃったら。
ユウ「そっか。そっか。」
ユウくんが、頷いちゃうじゃないか。
ユウ「わかった。約束。」
ソラ「・・・やくそく?」
ユウ「うん。」
彼の瞳は揺れていた。とても不安げに。
それでも迷わず、強く頷いてくれた。
ああ、ごめんなさい。ごめんなさいユウくん。
僕は最低だ。
ソラ「ありがと。」
僕は、その言葉に喜んでしまうよ。
ーーー
ソラ「トゥインクル トゥインクル リールスター
ハウ アイ ワンダー ワッチュー アー」
今日が最後の日だと思ったから。
一人で死ぬ勇気なんて無かったから。
君は約束を守る人だから。
言い訳ばかりを頭に浮かべて夜の砂浜を裸足で歩く。
足の裏が冷たくて心地良い。
お星さまなんて見えない。
呑気な声で歌っているのは僕だけ。
君はさっきからずっと黙ってる。ちょっと絡みずらい。
ソラ「どーしたの。」
分かりきった答えだった。だって、君は今震えている。
分かっているのに。分かっていてもなお、問いかけるのだ。
逃げないように。どうか、逃げてくれるように。
狡いな、僕は。
卑しい僕の気持など見向きもせず、可哀そうな君は、
ユウ「別に。なーんにも。」
綺麗な横顔で笑うのだ。
ーーー
ちゃぽん。
海水に足を入れる。丁度いいくらいの水温だ。
ソラ「う~ん、気持ちい~。」
視界に広がるのは、どこまでも広大な海。
果てなど存在しないと錯覚させるような海。
解放感に包まれる。ここには、好きなものしかない。
僕を傷つけるものなど、存在しない。
・・・少しはしゃぎすぎてしまっただろうか。
ソラ「じゃあ、行こっか。」
彼の目の前に左手を差し出す。彼の表情は、見ない。
ユウ(震わせながらも長く息を吐く)
ゆっくりと、ゆっくりと、時間をかけて右手が重ねられた。
彼の表情は、見ない。見なくても分かってしまうから。
ーーー
一歩、また一歩。波に逆らうように進んでいく。
少しずつ、少しづつ沈んでいくのが解る。
不思議と怖さは無かった。
きっと一人でここに来ていたなら、恐怖で足がすくんで、身体が動かなくなって、どうしようもなくなった僕はただ泣いていたのだろう。
でも、君がいるから。君が隣にいるから。
君はいつだって、僕に希望をくれるから。
だから。だから。
ユウ「こわい。」
聞いたことのない声だった。震えきって、情けのない声だった。
ソラ「なに、いってるの。」
分からない。
ソラ「なに、いったの。」
なんにも、分からない。
ソラ「言いなよ。なんて言った?今なんて言った?答えなよ。ねえ。」
ユウ「・・・かえりたい。」
ばちん。音がする。ああ、叩いたのだな。何の罪もない君を。この手で。
ソラ「なんで。どうして。」
ユウ「・・・。」
左手を振り上げる。僕は手を振り解こうとする。彼は必死になって繋ぎ止めてくる。
ソラ「離して。」
ユウ「嫌だ。」
ソラ「離せってば。」
ユウ「嫌だ。」
ソラ「離せって言ってんだろ!」
ユウ「嫌だ。嫌だ!嫌だ!!」
聞きたくない。聞きたくない。なにも聞きたくない。
ユウ「君が死ぬのは、嫌だ!!」
ソラ「・・・なんで。」
ばしゃり。海水の跳ねる音がした。何かが切れた。
お仕舞だ。何もかも。僕はもう終わったのだ。
ソラ「信じてたのに。信じてたのに、信じてたのに。」
結び目が解けるみたいに、普段の僕から考えられないほどすらすらと唇が動いている。
ソラ「綺麗事言って、良い人間のふりして、逃げようとして。僕が死ぬのは嫌だって?馬鹿言うなよ。自分が死にたくないだけのくせに。」
僕は、何を言っているのだろう。
ソラ「最低。」
何故、彼を罵倒するのを止められないのだろうか。
ソラ「最悪だよ。三文芝居に踊らされてたって訳だ。僕は全てを伝えて君に託したのに。運命を預けたのに。騙してたんだ。滑稽だと嘲笑ってたんだ。そうでしょ?」
分かりたくない。
僕がこんなに汚いことを考える人間だなんて、君のことを信じられないような人間だなんて分かりたくない。
君の表情が見えない。見たくない。
ソラ「おまえなんか。おまえなんか、死んじまえ。」
死んでしまえばいいのは、僕の方なのに。
ーーー
玄関を開ける。
目に入ったのは、リビングの明かり。
明々としたそれに思わず息を吞む。
まずい。
ばたん。扉の閉まる音が響く。
あの人が、あの人がやって来る。
父親「ずーいぶんと、遅いじゃない、の!」
蹴られた。思いっきり。
ソラ(詰まるような悲鳴)
父親「逃げてんじゃねえぞガキ!育ててやってんのに俺の言うことも聞けねえのかァ?」
苛立ってる。いつもよりずっと。
怖い。怖い。痛い。
分かってた。チャンスは一度きりだって。失敗したら終わりだって。
父親「も服もきったねェし。どこに行ってた。どこに行ってたんだァ?」
ソラ:(痛みと恐怖でちゃんとした言葉が出ない)
父親「話せねえのか。親の言うことも聞けねえのか。」
ソラ「ひ、ひとりで、海に・・・」
父親「嘘は、吐くなよ?」
ソラ「・・・友達と、海に。」(蹴られる)
痛い。
父親「ふーん?俺の苦労も知らず?オマエは夜まで遊び呆けて?ふーん。」
痛い。痛い。痛い。痛い。
なんかもう、もう無理だ。諦めよう。縋るのはやめよう。
もう、迷惑かけないようにしよう。それがいい。それでいい。
父さんの声は苦手だ。
僕に希望を与えてくれた、ユウくんに似てるから。
ーーー
聞き覚えのあるメロディーが響いた。
そうだ。これは母が歌ってくれたきらきら星。
目の前の彼のように拙く歌っていた僕と違って、母さんは僕のおねだりに応えてとっても流暢に何度も歌ってくれたんだっけ。懐かしいな。
耳を傾けていると、突然彼の表情が、メロディーの表情が変化する。
ソラ「うわぁ・・・。」
さっきまでのぎこちなさは何処へやら。
軽やかに翔ける左手、高らかに歌い上げる右手。
くるくると変わっていく曲調。
彼は、それはそれは楽しそうにピアノに微笑みかける。
ソラ「あ、ミスした。」
ユウ「ぷはっ。」
すると、彼は吹き出すようにして笑う。つられて僕も笑う。勢いは止まらない。
ソラ「すごい・・・。綺麗。綺麗だ。」
忘れない。忘れられない。あの日のことは、ずっと。
ーーー
目が覚めた。いつもと違う場所だ。
荒れたリビングの惨状が目に入る。
きっと、気絶でもしてそのままめんどくさいからと放置されたのだろう。
目の前にはテーブル。そしてワンコイン。
これだからあの人は苦手だ。世間体を気にしてか育ててはくれる。
当たり散らすだけだったら嫌いになれたのに。
酷い人だ。貴方も、僕も。
ソラ「トゥインクル トゥインクル リールスター
ハウ アイ ワンダー ワッチュー アー」
季節は秋。時刻は午後を指している。そっちは今頃、放課後だろうか。
ソラ「アッパーバーブ ザ ワールド ソウ ハイ
ライク ア ダイヤモンド イン ザ スカイ」
あの日から、僕らの日常は崩れ去ってしまった。僕のせいで。
ソラ「トゥインクル トゥインクル リールスター
ハウ アイ ワンダー ワッチュー アー」
昼間に星は見えないのに、見上げてしまうのは何故なんだろう。
君のピアノが聴きたいと思ってしまうとは、なんて酷いやつなんだろう。
今すぐにでも死んでしまいたいのに一人では死ぬこともできない愚かな人間のことを、どうか、どうか許さないでくれ。
・ソラ :男想定・学生・モノローグは彼
・ユウ :男想定・学生
・ソラの父親:男・ユウを女に変更するならこちらもソラの母親に変更してください・ユウ役が兼任すること
ーーー
グォルフガング・アマデウス・モーツァルト。
ケッヘル番号265番。きらきら星変奏曲。
初めて聞いたのは、友人が出ていたピアノの発表会だった。
同じような曲を何度も聞いて眠気に襲われてきた頃、彼は登場した。
硬すぎる表情、ぎこちない動作。
漫画みたいにカクカクとお辞儀をされた時は、吹き出しそうになって焦った。
椅子の調整に無駄に時間をかけ、ガチャガチャとうるさい音が止み、彼はやっと椅子に座る。
長い沈黙。張り詰めた緊張感。ゆっくりと降ろされた小さな手。
その指先が鍵盤に触れた時、僕の世界は急速に変わり始めたんだ。
ーーー
ソラ「トゥインクル トゥインクル リールスター
ハウ アイ ワンダー ワッチュー アー
アッパーバーブ ザ ワールド ソウ ハイ
ライク ア ダイヤモンド イン ザ スカイ
トゥインクル トゥインクル リールスター
ハウ アイ ワンダー ワッチュー アー」
ユウ「またそれ?」
ソラ「イイでしょ別に。お気に入りなんだから。何回歌ってもさ。」
ユウ「にしても英語下手かよ。毎日歌っててこれですかー?」
ソラ「む。じゃあ、ユウくんが歌ってみせてよ!お手本!」
ユウ「え、なんで。」
ソラ「はやく!はやく!」
ユウ「はーあ。一回だけだぞ?」
ソラ「やりぃ~。」
そう言って彼は歌いだした。
きらきら星。僕と君の出会いの曲。僕が大好きな曲。
僕がこの曲をカタコトで歌うのはたぶん君のせい。
だって、とっても綺麗な発音で、澄んだ冬の夜空みたいなきらきらした歌い方をしているから。
これを聴きたくてわざと発音を直さないのは内緒。
ソラ「どうだ。少しは分かったか。」
ユウ「う~ん。分かんない!」
ソラ「だろうな!知ってたよ!・・・まあ、誰かに聴かせるとかそーゆー機会がない限りは思うように歌えばいいんじゃねーの?」
ソラ「ユウくんには聞かせるけどね。」
ユウ「なら直そうと思えよ万年十点。」
ソラ「あ~なにいってんのかきこえな~い!!」
ユウ「おい!はあ。これだからソラは。」
これが、僕らの日常。
ーーー
ユウ「それでさー。ユウトのヤツ、僕と一緒に振り返っちまうからさ。あいつらが面白がってユウトを呼ぶときも『ユウ』って呼び出してさ。」
ソラ「うん。」
ユウ「おかげであいつも僕も苦労してんだよ。ちょーメンドクセーの。そんなのはもっと子供の時にしてろ。まあ、僕はいいけどさ。」
ソラ「大変だね。」
ユウ「まあね。だけど、僕よりユウトのほうが大変だと思うよ。」
ソラ「そうなんだ。」
ユウ「うん。・・・なあ、今朝から気になってたこと聞いてもいい?」
ソラ「いいよ。なに。」
ユウ「なにがあった。」
ソラ「・・・。」
気づいちゃうんだよな、君は。
ユウ「今朝からってゆーか、ここ最近?元気ないってゆーか、自分から話したがらないじゃん。ちょっと心配してたんだよ。で、この帰る足の遅さ。・・・どーしたの。」
ソラ「・・・ちょっと、待ってもらえる?」
ユウ「うん。」
ソラ「勇気がいる。」
ユウ「話さなくても、いいんだぞ。」
ソラ「いや、話す。話すから、ちょっと待って。」
ユウ「わかった。じゃあ浜辺に移動しよう。待つのはそれまで。それでいい?」
ソラ「うん。」
ユウ「じゃあ、行こうか。」
ーーー
僕と父との関係が壊れ始めたのは、一年くらい前からだ。
母が亡くなった。交通事故だった。不運な事故だ。ただ、それだけ。
僕は泣いた。たくさん泣いた。父に縋りついて一生分くらいは泣いた。とても悲しかったから。
父は、立っていた。立っているだけだった。涙を流すわけでもなく、僕に声をかけるでもなく、ただ、ただそこに立っていた。
それからだ。父が変わったのは。
ソラ「最初はね、言うだけだった。家事がめんどくさい。食費が無駄にかかる。おまえがいなければ。・・・おまえが、死ねば。楽できたのにって。」
ユウ「それは、」
ソラ「続けても。続けても、いい?」
ユウ「う、ん。」
ソラ「結構傷ついたよ。傷ついたけど、あの人の言うことは正しかったから。ごめんなさいって思った。あの時死んだのが僕だったら。僕はお金なんて稼げないし、母さんがやってくれてたことなんてすぐにできるはずもなかった。だから、ごめんなさいって思ってた。毎日思ってた。」
それから少し経つと、あの人の様子がまた変わった。
ソラ「物をね、投げてくるようになった。使い終わりのティッシュ、飲み終わった缶ビール、そこら辺のクッション。そこまではいいよ。お湯入ったマグカップ投げられてからはもう何でもありになっちゃって。ほら。」
僕の身体は、火傷と打撲でいっぱいだった。
ユウ「ひどい・・・。」
ユウくん。酷いのは僕だよ。僕が考えていることは最悪だ。
ソラ「ユウくん。」
ユウ「なに。」
ソラ「家に居たくない。帰りたくない。」
ユウ「うん。」
ソラ「ずっとここに居たい。」
ユウ「うん。」
ソラ「今は、今はね、耐えられる。大丈夫、大丈夫だから。」
ユウ「うん。」
頷かないで。優しくしないで。お願いだから。
ソラ「でももし、もしもう帰りたくなくなったら。もう意味がないと思ったら。」
ユウ「うん。」
言うな、止まれ。
ソラ「いっしょに、海の果てまで来てくれる?」
ああ、だめだよソラ。そんなこと言っちゃったら。
ユウ「そっか。そっか。」
ユウくんが、頷いちゃうじゃないか。
ユウ「わかった。約束。」
ソラ「・・・やくそく?」
ユウ「うん。」
彼の瞳は揺れていた。とても不安げに。
それでも迷わず、強く頷いてくれた。
ああ、ごめんなさい。ごめんなさいユウくん。
僕は最低だ。
ソラ「ありがと。」
僕は、その言葉に喜んでしまうよ。
ーーー
ソラ「トゥインクル トゥインクル リールスター
ハウ アイ ワンダー ワッチュー アー」
今日が最後の日だと思ったから。
一人で死ぬ勇気なんて無かったから。
君は約束を守る人だから。
言い訳ばかりを頭に浮かべて夜の砂浜を裸足で歩く。
足の裏が冷たくて心地良い。
お星さまなんて見えない。
呑気な声で歌っているのは僕だけ。
君はさっきからずっと黙ってる。ちょっと絡みずらい。
ソラ「どーしたの。」
分かりきった答えだった。だって、君は今震えている。
分かっているのに。分かっていてもなお、問いかけるのだ。
逃げないように。どうか、逃げてくれるように。
狡いな、僕は。
卑しい僕の気持など見向きもせず、可哀そうな君は、
ユウ「別に。なーんにも。」
綺麗な横顔で笑うのだ。
ーーー
ちゃぽん。
海水に足を入れる。丁度いいくらいの水温だ。
ソラ「う~ん、気持ちい~。」
視界に広がるのは、どこまでも広大な海。
果てなど存在しないと錯覚させるような海。
解放感に包まれる。ここには、好きなものしかない。
僕を傷つけるものなど、存在しない。
・・・少しはしゃぎすぎてしまっただろうか。
ソラ「じゃあ、行こっか。」
彼の目の前に左手を差し出す。彼の表情は、見ない。
ユウ(震わせながらも長く息を吐く)
ゆっくりと、ゆっくりと、時間をかけて右手が重ねられた。
彼の表情は、見ない。見なくても分かってしまうから。
ーーー
一歩、また一歩。波に逆らうように進んでいく。
少しずつ、少しづつ沈んでいくのが解る。
不思議と怖さは無かった。
きっと一人でここに来ていたなら、恐怖で足がすくんで、身体が動かなくなって、どうしようもなくなった僕はただ泣いていたのだろう。
でも、君がいるから。君が隣にいるから。
君はいつだって、僕に希望をくれるから。
だから。だから。
ユウ「こわい。」
聞いたことのない声だった。震えきって、情けのない声だった。
ソラ「なに、いってるの。」
分からない。
ソラ「なに、いったの。」
なんにも、分からない。
ソラ「言いなよ。なんて言った?今なんて言った?答えなよ。ねえ。」
ユウ「・・・かえりたい。」
ばちん。音がする。ああ、叩いたのだな。何の罪もない君を。この手で。
ソラ「なんで。どうして。」
ユウ「・・・。」
左手を振り上げる。僕は手を振り解こうとする。彼は必死になって繋ぎ止めてくる。
ソラ「離して。」
ユウ「嫌だ。」
ソラ「離せってば。」
ユウ「嫌だ。」
ソラ「離せって言ってんだろ!」
ユウ「嫌だ。嫌だ!嫌だ!!」
聞きたくない。聞きたくない。なにも聞きたくない。
ユウ「君が死ぬのは、嫌だ!!」
ソラ「・・・なんで。」
ばしゃり。海水の跳ねる音がした。何かが切れた。
お仕舞だ。何もかも。僕はもう終わったのだ。
ソラ「信じてたのに。信じてたのに、信じてたのに。」
結び目が解けるみたいに、普段の僕から考えられないほどすらすらと唇が動いている。
ソラ「綺麗事言って、良い人間のふりして、逃げようとして。僕が死ぬのは嫌だって?馬鹿言うなよ。自分が死にたくないだけのくせに。」
僕は、何を言っているのだろう。
ソラ「最低。」
何故、彼を罵倒するのを止められないのだろうか。
ソラ「最悪だよ。三文芝居に踊らされてたって訳だ。僕は全てを伝えて君に託したのに。運命を預けたのに。騙してたんだ。滑稽だと嘲笑ってたんだ。そうでしょ?」
分かりたくない。
僕がこんなに汚いことを考える人間だなんて、君のことを信じられないような人間だなんて分かりたくない。
君の表情が見えない。見たくない。
ソラ「おまえなんか。おまえなんか、死んじまえ。」
死んでしまえばいいのは、僕の方なのに。
ーーー
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明々としたそれに思わず息を吞む。
まずい。
ばたん。扉の閉まる音が響く。
あの人が、あの人がやって来る。
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蹴られた。思いっきり。
ソラ(詰まるような悲鳴)
父親「逃げてんじゃねえぞガキ!育ててやってんのに俺の言うことも聞けねえのかァ?」
苛立ってる。いつもよりずっと。
怖い。怖い。痛い。
分かってた。チャンスは一度きりだって。失敗したら終わりだって。
父親「も服もきったねェし。どこに行ってた。どこに行ってたんだァ?」
ソラ:(痛みと恐怖でちゃんとした言葉が出ない)
父親「話せねえのか。親の言うことも聞けねえのか。」
ソラ「ひ、ひとりで、海に・・・」
父親「嘘は、吐くなよ?」
ソラ「・・・友達と、海に。」(蹴られる)
痛い。
父親「ふーん?俺の苦労も知らず?オマエは夜まで遊び呆けて?ふーん。」
痛い。痛い。痛い。痛い。
なんかもう、もう無理だ。諦めよう。縋るのはやめよう。
もう、迷惑かけないようにしよう。それがいい。それでいい。
父さんの声は苦手だ。
僕に希望を与えてくれた、ユウくんに似てるから。
ーーー
聞き覚えのあるメロディーが響いた。
そうだ。これは母が歌ってくれたきらきら星。
目の前の彼のように拙く歌っていた僕と違って、母さんは僕のおねだりに応えてとっても流暢に何度も歌ってくれたんだっけ。懐かしいな。
耳を傾けていると、突然彼の表情が、メロディーの表情が変化する。
ソラ「うわぁ・・・。」
さっきまでのぎこちなさは何処へやら。
軽やかに翔ける左手、高らかに歌い上げる右手。
くるくると変わっていく曲調。
彼は、それはそれは楽しそうにピアノに微笑みかける。
ソラ「あ、ミスした。」
ユウ「ぷはっ。」
すると、彼は吹き出すようにして笑う。つられて僕も笑う。勢いは止まらない。
ソラ「すごい・・・。綺麗。綺麗だ。」
忘れない。忘れられない。あの日のことは、ずっと。
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これだからあの人は苦手だ。世間体を気にしてか育ててはくれる。
当たり散らすだけだったら嫌いになれたのに。
酷い人だ。貴方も、僕も。
ソラ「トゥインクル トゥインクル リールスター
ハウ アイ ワンダー ワッチュー アー」
季節は秋。時刻は午後を指している。そっちは今頃、放課後だろうか。
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ライク ア ダイヤモンド イン ザ スカイ」
あの日から、僕らの日常は崩れ去ってしまった。僕のせいで。
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君のピアノが聴きたいと思ってしまうとは、なんて酷いやつなんだろう。
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「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
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でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
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