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第1章
薔薇と奥様。
しおりを挟む私が、ウィンストン公爵家の養女になって早1週間。やっと屋敷内を迷わずに、行き来できるようになって来た。特に行動を規制されていないことを良いことに、私はよく庭園に行っては、こうしてスザンナと共に散歩をしていた。
「アイヴィ様、お花のいい匂いがしますね~!」
「そうね。」
「アイヴィ様は、なんのお花が好きですか?私は、好きってわけでもないんですけど、実は好きな男性からバラの花束を頂くのが夢なんです~!」
キャー!と勝手に盛り上がるスザンナ。実はも何も、別に隠していないだろうに。彼女の妄想癖は今日も絶好調だ。
「好きな花、ねぇ…。」
正直、これといってない。
確かに花は綺麗だ。咲いていれば自然と其処に目が行くし、部屋に飾るだけで一気に華やかな雰囲気になる。しかし、生憎なことに私は今まで花を愛でるような生活をして来なかった。
花なんて結局どれも綺麗なことには変わりないのだから何でも良い…だなんて言ったら、庭師に怒られるだろうか。
私は、見事に咲き誇る大輪の赤い薔薇にそっと触れる。
まるで、公爵家の花なのだから当然だと言わんばかりの美しい咲き方だ。
「うちの庭園はどう?気に入ってくれた?アイヴィ。」
「…奥様。」
後ろに仕えていたスザンナが慌てた様子でお辞儀をする。
ガゼボの下で優雅にお茶を楽しんでいた奥様。ふわりと向けられたその笑みは、大輪の薔薇にも負けを取らない美しさだ。
「アイヴィ、一緒にお茶なんてどうかしら?美味しいお菓子もあるわよ。」
「…喜んでご一緒させて頂きます。」
いらっしゃい、と招かれた私は、奥様の元へと向かう。
用意されてあった椅子に座れば、奥様に付いていた侍女が、慣れた手付きでお茶を入れてくれた。私はお礼を言ってから、ティーカップに口をつける。
舌が肥えているわけじゃないから、『美味しい』という在り来りな感想しか出て来ないけれど、きっと高い茶葉なのだろう。
「うちには慣れたかしら?」
「あ…はい。」
「何か困ったことはない?大丈夫?」
「問題ありません。」
「そう、それなら良かったわ。」
ただお茶を飲んでいるだけだというのに、随分と様になる人だと、心の中で思う。私では、こんなにも洗礼された動きは出来ない。
「そのドレス、よく似合ってるわ。可愛い。」
「ありがとうございます。奥様が選んでくださったと聞きました。」
「うふふっ。娘のドレスを選ぶことがこんなにも楽しいことだったなんて知らなかったわ。私に楽しみを与えてくれてありがとう。アイヴィ。」
「いいえ、私は何も。」
今日着ているラベンダーのドレスも、首元に光るネックレスも、奥様が選んでくださったものだ。
最初は、これらが私の物だと信じられず、身につけてもいいものなのだろうかと悩んだが、買ってくれたのにもかかわらずクローゼットやアクセサリーボックスに仕舞い込んでいる方がずっと失礼なのではないかと思い、思い切って身につけてみることにした。
「アイヴィは、身長いくつなの?」
「えっと…。エルズバーグ家で最後に測ったときは135cmとかだったような…?」
「そう。そのドレス、ちょっと大きいわよね。今度きちんと採寸してもらいましょう。」
「今あるドレスで十分ですが…。」
「あら、アイヴィ。駄目よ?私から楽しみを取っては。」
ふふっ、と笑う奥様。纏う雰囲気は、どこまでも柔らかく、ほんの少しだけ、お母様に似ていると感じてしまった。
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