上 下
17 / 56
第1章

アイヴィ、急ぐ。

しおりを挟む






 「アイヴィ、寝る前の準備が済んだら、私の書斎に来て欲しい。」


食事が終わり、自分の部屋へ戻ろうとした私に、公爵様がそう言った。


何の用かは分からないけれど、呼ばれたからには行くしかない。私は、『わかりました』と一礼をしてから、自分の部屋へと戻った。


公爵様を待たせるわけにもいかない為、すぐさまスザンナに湯浴みの準備をするようお願いする。


いつもはゆっくりと過ごす私だが、今日ばかりは急ぐ。


濡れた髪を、スザンナが丁寧に拭いてくれるが、如何せん髪が長いせいで、乾きが遅い。


一度、肩の辺りまで短く切ってしまってもいいかもしれない。そんなことを言い出した私に、スザンナは驚いた様子だった。


 「絶対、絶対、ぜ~ったいに駄目です!」


スザンナがあまりに必死に止めるものだから、とりあえず髪を切ることは、保留にすることにしよう。


毎日髪を結ってくれているのは彼女だから、私の髪にでも愛着がわいたのかもしれない。


 髪が乾いた私は、公爵様の書斎へと向かった。


そういえば、高いお金と引き換えにエルズバーグ家の養女として売られることを知ったあの日も、こうしてお父様に書斎に来るよう言われていたっけ。


あのときは、お父様が私だけに時間を割いてくれたことがとても嬉しかった。今思えば、そんなことで一々浮足立つなんて、馬鹿げていると笑えてきてしまうけれど。


 公爵様の書斎に着いた私は、扉を叩く。中から『入って構わない』という声が聞こえた為、ガチャリと扉を開いた。


先程の服装と何ら変わらない公爵様と、既に寝る時用の服装に着替えてしまっている私。そして、本が沢山並ぶ書斎。なんだか全てがミスマッチに思える。


 「アイヴィ、ヒューゴから聞いたよ。勉強がしたいんだって?」


ああ、そのことか。


公爵様に話しておくと言ってくれていたが、もう話をつけてくれていたとは。仕事が早い男だ。


 「はい。」

 「君が公爵家うちに来て、まだ1週間だ。慣れない内に、慣れないことをさせるべきではないと思っていたが、アイヴィ自身が望むのなら、家庭教師をつけよう。」

 「ありがとうございます。」

 「ついで…と言ってはなんだが、マナーやダンスについても学ぶといい。これから公爵家の令嬢として過ごすんだ。きっと役に立つよ。」

 「分かりました。頑張ります。」

 「辛くなったら、すぐに言うんだよ?無理をしてはいけない。」

 「大丈夫です。必ず、ウィンストン家の役に立ってみせますから。」


意気込む私を見て、公爵様は悲しそうな表情を浮かべた。


どうしてそんな表情かおをするのだろうか。私は何か変なことを言っただろうか。






しおりを挟む

処理中です...