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第1章

ドロシー・オーウェンズ。

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 高熱で倒れてから約1ヶ月。私はやっと、勉強することの許可を公爵様から頂くことが出来た。けれど、タダでとはいかず『二度と無理をしない』という約束をさせられた。破った場合には『ヒューゴの勉強もストップさせる』という訳の分からない脅し文句まで添えて。


流石は高名なウィンストン家の当主だ。抜かりがない。


 返してもらった教科書とノートを手に、早足で勉強部屋へと向かう私。


ちなみにこの足の速さは、勉強が楽しみだという思いから来るものではなく、成績の為にも一刻も早く勉強を再開しなければという思いから来るものだった。


ガチャリと部屋の扉を開ければ、何故かヒューゴとバーサ先生が居て固まる私。見知らぬ令嬢まで居るものだから、一瞬、時間のみならず部屋まで間違えたかと思った。


普段、バーサ先生よりも早く着くように心掛けている私は、この部屋にはまだ誰も来ていないだろうと思ってノックもせずに開けてしまったわけだが…、状況としてはご覧の通りだ。


キョロキョロと周りを見渡すけれど、此処は間違いなく勉強部屋だし、設置された時計を見る限り時間も間違えていない。そもそもの日付を間違えたかとも思ったが『久々に家庭教師の元でお勉強が出来る日ですね』とスザンヌも言っていたし、今日で合っている筈だ。


私が部屋を間違えたわけでも、時間を間違えたわけでも、日付を間違えたわけでもない。…となると、ヒューゴの勉強を邪魔してしまったわけでもない筈。そしてその令嬢は、いったい誰なのか。


状況の把握に苦しむ私の眉間に皺が出来る。


 「そういえばアイヴィは、今日から再開だったね。もう無茶な勉強方法はしちゃ駄目だよ。」

 「分かってる。私がまた倒れたら、ヒューゴの勉強もストップさせるって公爵様に脅された。」

 「父さんそんなこと言ったの?」

 「言った。」

 「そうなんだ…。俺は勉強を一時止められたところで何の問題もないけれど、アイヴィが倒れるのは困るから、やっぱり無茶は禁止ね?」

 「…分かった。ところで、何で此処に居るの?」


聞きたいことが、やっと1つ聞けた私。


聞けば、ヒューゴは此処で見知らぬ令嬢と共にバーサ先生から勉強を教えてもらっていたらしい。いつもは違う曜日か、私の後に教わっている筈のヒューゴが何故…と思ったが、それについてもきちんと説明をしてくれた。


 「ドロシー嬢の予定に合わせて今日にしたんだ。」


見知らぬ令嬢の名前は、ドロシーと言うらしい。


どうやら彼女はバーサ先生の教え子の1人らしく、ヒューゴとは、時々こうして共に勉強をする仲なんだとか。


 「この間のパーティーでお見かけは致しましたが、こうしてお話するのは初めてですわね。改めてご挨拶申し上げますわ、アイヴィ様。わたくし、ドロシー・オーウェンズと申します。オーウェンズ侯爵家の長女でございます。アイヴィ様には、以後お見知りおきを戴きたく存じますわ。」


にこりと、美しく微笑むオーウェンズ様。


私よりも暗い茶色の髪と、赤い瞳を持つ彼女は、ヒューゴと同い年のようだけれど随分と大人っぽく見えた。







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