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セカンドアタック/第三階層

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=== ダンジョン第三階層 ===

 ダンジョン第三階層の扉を開ける。

 ズズッとサンダルをひきずる音はしない。
 カズヤの足にはNの文字が輝いていた。NEETではない。

 初挑戦した時と違って第三階層、フィールド型ダンジョンは明るかった。
 モンスターの巣への出入りが活発になる朝と昼を避けた、隙間の時間だ。
 片道一時間弱の最深部に行って帰ってくれば、拠点に戻る頃にはちょうど昼時になるだろう。何事もなければ。
 逆に、第三階層の攻略に手間取ると、昼時のダンジョン最深部はモンスターであふれることになる。
 それでもカズヤはこの時間を選んだ。
 タイムリミットで自らを追い込む、勇気ある決断である。さすが勇者。

「行ける。俺は行ける。俺は勇者、勇者なんだ」

 呟くカズヤの横を、するするっとハス美が通り抜ける。
 ためらうカズヤを勇気付けるように。
 ライブ配信に写り込むように。

犬好き勇者:ハス美ヨシッ!
冷やかし勇者:自重しろ、いまいいところなんだぞ
自宅警備員X:がんばれテイマー勇者。ハス美にいいとこ見せろ!

 先行したハス美が立ち止まってカズヤを見上げる。
 だいじょうぶ? おさんぽいける? とでも言っているかのように。

「うん。俺は、一人じゃないんだ」

 ふうっと一つ息を吐いて、カズヤが歩き出す。

 特訓——階段昇降——で鍛えた足で、大股で歩く。大きく手を振る。
 モンスターへの擬態である。
 犬の散歩してる風である。
 格好もぱっと見も普通、ハス美の存在もあって、これなら外を歩いていてもモンスターに襲われることはないだろう。
 最悪のモンスターお巡りさんに声をかけられることも転移魔法を使われることもないだろう。ないはずだ。不審者じゃないんで。犬の散歩してるだけなんで。

 レンガ風の通路を歩き出したカズヤは、すぐに曲がって狭い通路に入った。
 いつもの散歩ルートとは違うはずなのに、ハス美が抵抗することもない。賢い。

 通路の直線は続くが、その先に家屋はない。
 しばらく歩くとダンジョンはふたたび様相を変えた。
 農地が広がり、細い通路と広い敷地の家屋がポツポツ存在するフィールド型ダンジョンである。
 カズヤが暮らす住宅街は狭い範囲だったらしい。
 いまいち発展しなかった新興住宅地あるあるである。

「おっと、点滅か。危うくトラップに引っかかるところだった」

 都市型からフィールド型へ、ダンジョンが切り替わるポイントでカズヤは足を止めた。ハス美もちゃんと止まった。

 青く点滅する光が赤に変わる。
 しばらく待つと、光はまた青に変化する。
 それを見てカズヤはふたたび歩き出し、ハス美がタタタッと前に出た。

 点滅する光はダンジョン第三階層から存在するトラップだ。信号だ。

 引っかかると負傷、下手したら死ぬこともある。が、トラップを無視しても何事もなく通過できることもある。
 あたりに馬車が見えなくても、カズヤはきちんと止まってトラップをクリアした。偉い。

 左右に農地が広がる通路をしばらく行くと、前方からモンスターが近づいてくるのが見えた。
 ダンジョン第三階層で初めて目にしたモンスターである。
 ゆっくりした足取りのモンスターは、四本足の小型モンスターを連れている。

 カズヤはごくりと唾を呑んで、キャップのつばをつまんでイジる。
 少し下げてうつむき加減で目線を隠し——

 ハス美と目があって、背筋を伸ばした。

 まっすぐ前を見て、腕を振り、気持ち大股で歩く。

 モンスターと、先導する小型モンスターが近づいてくる。

 ふんふん鼻を鳴らしてキョロキョロする小型モンスターがカズヤを、足元のハス美を見る。
 つられてモンスターもカズヤを見る。

 目の端でモンスターを捉えながら、カズヤは前を見たまま視線を動かさない。

 すれ違う。

 そのまま、小型モンスターとモンスターはカズヤの後方、都市型ダンジョンへ去っていった。
 モンスターというか、犬と散歩中のお爺ちゃんだ。
 もしかしたらカズヤはともかく、ハス美は顔見知りだったかもしれない。
 本来であれば、せめて会釈してすれ違うのがスジだろう。

 けれど、散歩していたのがいつもと違う人だったためか、ハス美も呼び止められることなくすれ違えた。

 カズヤはなんとか、モンスターから逃げられたらしい。

名無しの勇者:あっぶねー! いまぜったい話しかけられるパターンだったじゃん!
名無しの勇者:もしくは犬同士が絡んで飼い主が会話を余儀なくされるヤツ
犬好き勇者:ハス美、ヨシッ!
勇者in難波:テイムしたモンスターと攻略するとこういうリスクもあるんやなあ
かませ勇者B:幸運だったなテイマー勇者!

「よし。よし、よし、よし」

 戦闘を回避したカズヤが小さな声で繰り返す。
 モンスターとの遭遇で盛り上がる視聴者コメントは総スルーだ。そんな余裕はない。

 勇者にとって、ダンジョンを徘徊する四本足の小型モンスターと、同行するモンスターは天敵だ。
 犬は吠えるし、地元民である飼い主は普段見かけない人間に厳しい目を向けるので。不審者じゃないんです。犬の散歩してるだけなんです。

 天敵との遭遇をクリアしたカズヤの足取りは軽い。
 経験値を得てレベルが上がったらしい。違うけど違わない。

 自信をつけたカズヤの第三階層探索は順調に進んだ。
 事前に調べた通り、この時間はモンスターの巣も静かで、なんなく横を通り過ぎた。
 大通路を避けたため、すれ違う馬車は少ない。
 最初に遭遇した二体のモンスターを思えば何ほどのこともない。

 トラップもモンスターも馬車もスルーして、カズヤとハス美は探索を続けた。ダンジョン第三階層を歩き続けた。
 犬のお散歩してるんですよー、ウォーキングにもなって気持ちいいですねーと、モンスターに擬態して。

 やがて。

「……見えた。あれが、例の」

 はるか通路の先に緑と白に塗られた立て札が見える。

 勇者カズヤが攻略するダンジョンの最深部である。フ○ミマである。

 足を止めてポケットの中を確かめる。

 キーアイテム、5,000イェンに触れた。

 水色の文字をきっと睨みつけて、カズヤは歩みを進める。

 ダンジョン最深部の手前。
 開けた場所、最後の休息ポイントでカズヤは立ち止まった。

「ここで大人しく待ってるんだぞ」

 そう言って、ハス美を安全地帯に留め置く。駐車場の銀のポールにリードをくくり付ける。

 ダンジョン最深部フ○ミマの店内に、テイムしたモンスターペットは連れて行けない。
 ここから先は勇者一人、ソロでの戦いが待っている。

 ハス美は、大人しくちょこんとお座りしていた。

犬好き勇者:ハス美賢すぎない?
冷やかし勇者:待て、よく見ろヨダレが垂れてる
自宅警備員X:「いい子で待ってれば美味しいものもらえる、ハス美知ってる!」
名無しの勇者:しつけられてるなあ。テイマーの家系か
(自称)陽キャ勇者:がんばれテイマー勇者! ハス美が待ってるぞ!
かませ勇者B:俺たちもついてるぞ
かませ勇者A:店内は撮影禁止だけどなあ!
ベテラン勇者LV.1:暗い。ポケットに入れたか

 ここから先は勇者一人。
 ライブ配信の向こうにいる仲間、勇者たちでさえ力になれない。


 それでも。


 勇者カズヤは、ついにダンジョン最深部に挑む。


 ここから先にセーブポイントはない——帰ればいいだけだった。

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