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勇者の国 番外編
番外編-ミラ-“いきたい”道
しおりを挟むそのまた翌日。
今度はついに手ぶらでリアンが訪ねてきた。
既に子ども達は彼女を「姉貴」と慕い、今日も今日とて遊びまくる。
そろそろ仕事は大丈夫なのかと不安に思う。(見ている方が)
今回は何も持ってきていないので、ミラは嫌味を言うことが出来ない。
────本当になんなんだコイツ…
リアンを見る度、彼女からの司書の勧誘が思い出され、頭を振る。
────オレは、オレの居場所は、ここだ
そして今度はあの夜を思い出す。
団員がアミックを殴り、子供達が怯える様子…。
ミラは目を閉じる。
「おい、お前」
「ん?私?」
呼ばれたリアンは駆けてくる。
ミラは顎だけで「来い」と指し示す。
そして彼は部屋に隠していた本(拾ってきた方)を取り出し、リアンに見せる。
「お前にはスラムの常識が足りない。例えば────」
そう言って、何やら指さしながら説明している様子を、アミックとラフマが覗いていた。
「何してんだアイツら」
「さぁ~♪キングの考えることは分かんねぇから♪」
「お前と知能指数が違うもんな」
「ひどいぜ~♪」
❁
その後、リアンは帰った。
彼女が帰ると子どもたちは寂しそうにする。
もう完全に彼らの生活の一部となっていた。
大人たちとミラ、アミックは、「まだ寝たくない」という子どもらを(無理矢理)寝かしつけ、自らも部屋に戻る。
しばらく経った。
ミラはゆっくり起き上がる。
そして部屋を出て、夜のスラム街を歩く。
絡んでくる輩は回し蹴り1発で黙らせながら、王都の方へ向かう。
そして、迷いの森とスラムと王都、丁度3つの狭間のような場所に着いた。
そこには1人の人影があった。背中しか見えない。
ミラは話しかける。
「おい、こんな夜中に何してる」
「………」
人影は答えない。背を向けたままだ。
ミラは続ける。
「…おかしいと思ったんだ。アイツは『勇者の書いた本がある』とか言ってたが、有り得ねぇ。あの本は勇者の国の情報が書かれてる。勇者が死んだ後に建国された勇者の国の、な」
「………」
「それにアイツはどうやってそれを知った?そんな不確かな情報で暴走するのはリスクが大きい。なら、それはアイツにとって確かな情報だったんだ。例えばそのコミュニティでボス…オレに近い人物からの情報、とかな」
「………」
「加えて、アイツは戦力である大人がいない時を狙ってきた。偶然か?」
ミラは歯を食いしばる。
「だから確信した。オレらの中に裏切り者がいるってな。アイツが『3日後』とか何とか言ってたっつーのは裏切り者をあぶり出すための嘘だ。白竜団であるアイツと怪しまれずに交渉するとなると、森が近くて暗いここしかない────
人影がゆっくりと振り返る。
────だろ?…ラフマ」
人影の顔が月明かりで照らされる。
ラフマは口角を上げて笑った。
「く…くっくっ……。あーあ、まんまと嵌められちまった」
彼は揺らりと顔を下げ、ぐしゃりと髪をかきあげる。
その瞳は冷たい。
それでもミラは落ち着いていた。
「カルドの時から右腕として動いていたお前なら、あの団員も話を信じただろう。あとはお前の話術があれば簡単に利用できた」
「くっくく、アイツは扱いやすかったなぁ」
「…お前情報を与える代わりに何を求めたんだ?」
「いや、何も」
「は?」
ラフマは笑いを堪えきれずにいる。
困惑するミラに近づき、肩に手を置く。
「お前には理解出来ないだろうな。俺はただ、あの場所をぶっ壊したかっただけだ。あーでもアイツは失敗だったな。まさか軍服のまま襲撃するなんてな。やっぱバカはダメだ」
「・・・・」
「犯人が分からないようにして、スラムの中で争い合って自滅してくれたら楽だったんだが…」
ミラはラフマの手を払う。
そして睨みつける。
「ふざけんな!」
「おいおい、そんなに怒るなよ。
……カルドのいた頃は良かったなぁ。毎日喧嘩に明け暮れて、強い者が生き残れる単純な世界だった。
けど、変わっちまった。今じゃ弱者にも利益を分けなきゃいけねぇ」
その言葉がミラの怒りに触れた。
笑顔で話しかけてくる子どもたちを思い浮かべる。
「それ…あいつらのこと言ってんのか…?」
「当たり前だろ。お前は思ったことねぇのか?
俺はいつも思ってる。生ぬるい環境に浸かっていたくない、スラムを支配したい、…」
「そうか、よくわかった────
ミラの目が鋭く光る。
その目はラフマの喉元を捉えた。
────お望み通り、弱肉強食の世界に従わせてやる」
一直線に回し蹴りを喰らわせようとしたが、間一髪で避けられる。
ラフマの頬に傷が入り、血が流れる。
しかし彼はニヤリと笑う。
「残念だが弱者はおめぇの方だよ!!」
ラフマは胸元からナイフを取り出した。
そしてミラへ向かって振りかざす。
何度も繰り出される攻撃を避けるが、ラフマは間髪入れず蹴りをも入れてくるので、反撃の間がない。
「くっ…」
「おいおい、弱ぇなぁ?心配すんな、キングは迷いの森で不幸にあったって伝えといてやるよ!」
ミラは振りかざされたナイフを左手で掴む。
そして血が出るのも気にせずラフマに近づき、思い切り顔を殴りつけた。
ラフマは軽く吹っ飛ぶ。
ナイフが音を立てて落ち、ミラの血が滴る。
ミラは険しい顔で叫ぶ。
「おい!アミック!!いるんだろ!?」
すると、森の影からアミックが現れた。
彼は頭を搔く。
「えっとぉ…♪ つけてたのバレた?」
「初めからな」
その後、2人は何も言葉を交わさなかったが、同時にラフマに向かった。
ミラが蹴りを入れる。
それを避けた先にはアミックの拳が近づいている。
無理な体勢で避けると、ミラはその隙を見逃さない。
宙返りし、かかとを落とす。
ラフマは急いで距離をとった。
殴られた痕を拭い、冷や汗をかく。
「さすがにお前らと2対1はキツいな……」
ラフマはナイフを拾い、アミックに投げつけた。
まっすぐ彼の瞳に向かう。
「…え」
ミラが間一髪で蹴り飛ばす。
「なにボケっとしてんだ。避けろよ」
「ありがとな♪」
しかし、その瞬間にラフマが逃げ出していた。
月明かりの届かないスラムの裏地へ逃げ込もうとする。
「あ!キング追いかけないとやばいぜ!」
「問題ない。全て計算通りだ」
「え?」
裏地に入ろうとしながら、ラフマはミラたちの方を振り返る。
「危なかった…。とりあえず仕切り直────」
その時。
後ろから、ふわりと太陽の香りがした。
心穏やかで優しい何か。
ラフマは振り返る。
「今夜は月が綺麗だね」
彼女はそう言った。
月を背景に宙で大鎌を構える彼女は、美しい白銀の髪をなびかせ、闇に良く似合う紅い瞳を光らせる。
「『鎮魂歌』────
空中でくるりと一回転し、勢いをつけて黒く燃え上がる大鎌を振りかざす。
────〈永久の安息〉」
その黒炎はラフマを貫いた。
彼は膝を着いてその場に倒れる。
力が入らないのだ。
「ど、どうしてここに……」
「オレが呼んだ。国法第151条7項────
ミラがラフマに近づき、見下ろす。
────現行犯なら即逮捕できるんだ。本に興味が無いオマエは知らねぇだろうがな」
「ミラ……!!」
ラフマは睨みつけるが、無力化された今なんの効果も持たない。
ミラはリアンを指し示し、話し始めた。
「今日…もう昨日か、コイツが来た時────
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ミラはリアンに本を広げて見せる。
「お前にはスラムの常識が足りない。例えば…」
そう話すものの、彼が持ってきていた本は勇者についての童話。
全くスラムと関係がない。
「(うーん、急にどうしたんだろ…)」
リアンは初め不思議に思い訪ねようとしたが、その時ミラと目が合った。
彼は鋭い瞳で何かを訴えている。
そしてその視線が本に戻る。
リアンもその視線を辿る。
「(…『夜』『森』『入口』『間』『こ』『い』……『う』『ら』『切り』『者』…!)」
ミラは全く関係のない話を口にしながら、文字を指し示した。
それを読み取ったリアンは、
『任せ』『て』
と文字を示す。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
全てがミラの計画通りだった。
ラフマが罠に引っかかるのも。
アミックが自分をつけてくるのも。
それに慌てたラフマが光の届かない裏地へ逃げるのも。
唯一賭けたのが、リアンが来るか否か。
彼女は来た。
心の底から憎むべき相手であった白竜団である彼女を信じることで、ミラの計画は成ったのだ。
「あの時のはそういう事だったのか♪」
「うん!突然でびっくりしたよ!」
何も知らないアミックは驚いている。
一方ミラは冷たい表情でラフマに近づく。
彼の後ろにいるリアンとアミックも、いつもの笑顔と取って代わって冷酷な視線を送る。
「残念だったな。オレらの方が強者だ」
「……ッ!!クソッ!!」
悔しがるラフマを横目に、ミラは考える。
────信頼していた仲間に裏切られて、その元仲間を殴って…。
これからもきっと、自分の意思に反して行動しなきゃいけねぇ時が来る。
仲間の安全にため…オレがボスである以上、仕方の無いこと。
奪われたら奪い返す。殴られたら殴り返す。
確かにそれはスラムの掟。オレの“行きたい”道。
だが────
ミラは顔を上げ月を見る。
あの日も満月だった。
まだ温かかったカルドの言葉を思い出す。
────「“いきたい”道を選べ」。
ミラは頭を抱え、ため息をついた。
「奪われたり、奪ったり、…もううんざりなんだよッ!」
「キング……」
そんな姿を、リアンは何も言わずに見ている。
ミラはゆっくり前を向いた。
「オレは、一日中本を読んでいたい、仲間には暴力に関わらずに生きて欲しい、もう何も奪いたくない…。
全部叶うわけないって分かってる。だが、これがオレの“生きたい”道なんだ」
その言葉に、リアンはにっこりと笑う。
そして手を差し伸べた。
「叶うよ、全部!」
ミラはその手を────────
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
時は現在に戻る。
カルドの墓の前にいるミラは、約1年前のことを思い出し、苦笑する。
「(ほんとに叶えちまったんだからな…)」
2人はカルドの墓に礼をする。
その時。
「ああ~!来てるなら言えよなぁ♪」
「あ!!!アミック!久しぶりだね!」
「お~久しぶりだな女神ちゃん♪ 今日も可愛いぜ」
「ふふふ。アミックの方が可愛いよ」
「ぐ………っ!」
「お前大丈夫か?(特に頭)」
「あっはは、大丈夫だぜ♪」
アミックはミラの肩を組む。
「寄ってくだろ?」
「ああ」
「やっぱメガネ慣れね~♪ あ、似合うけどな」
この眼鏡は、ミラが司書の試験に合格した記念にリアンがあげたものだ。
度は入っていない。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「これあげる!」
「は?んだこれ。目は悪くねえぞ」
「だてだよ」
「余計意味わかんねえよ」
ミラは冷たく言い放ち、読みかけの本に戻る。
しかし、リアンは無理やりに眼鏡を彼にかけさせる。
「おい!!」
「これ、ガラスだから割れやすいんだ~」
「…………」
「君が誰かを傷つけるのが怖いなら、これを付けておいて。“守りたい”って思うなら、外せばいい。
これは、君にその判断をする時間をくれると思うよ」
ミラは何も言わずにずれた眼鏡をかけ直し、本を読み続けた。
それを見たリアンはただ優しく微笑んだのだった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ミラはそんな事も思い出す。
そしてリアンの横顔を見下ろす。
「(色々考えてんのか、ただの馬鹿なのか…)」
そして、3人は楽しそうに喋りながら、懐かしいあの場所へ向かう。
今や屋根があり、水が通り、衛生的な服を着て、教育も少しづつ行き渡り、餓死することもない。
アミックが全体を治めることで、喧嘩騒ぎも減った。
しかし変わらないものもある。
青空の下、子どもたちの笑い声と、缶が蹴り飛ばされる音が響いた。
0
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