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明るい場所
しおりを挟む「ただいま~」
口に出しても返ってくる言葉はない。
ガレージには煌々とライトが付いている。
玄関にもおおきな盆栽を照らす様に明かりが灯されているが人気はない。
そんな時、理央は思う。
「俺の声が小さかったから聞こえなかったのかな」
靴を脱いで板張りの床を歩く。
スリッパを履かなくても床は暖かくて埃ひとつ見当たらない程ピカピカに磨き上げられている。
リビングにも明かりが灯りテレビの音が漏れているのを見えているのに気にしないふりをして廊下を真っ直ぐ歩き曲がった先にある自室へと急ぐ。
部屋に入った途端に学校指定のカバンを乱雑に部屋の隅に投げる。
外も中も明るいのに理央の部屋だけは真っ暗だ。
電気も付けずに床に座り込むとスラックスのポケットからスマホを取り出す。
スマホの明かりだけだ。理央の部屋で明るい場所は。
スマホに集中しているうちにお腹が空いて来て手繰り寄せたカバンからクッキーを取り出した。
「あ、うまい」
理央に良く話しかけて来る女の子が今日くれたものだ。
早速スマホでお礼と感想のメッセージを送る。相手の女の子からは直ぐに返事が来て、明るくて楽しいメッセージのやり取りが続いた。
「今週末、遊ぼうよ」とメッセージが来て「いいよ!」と返す。
「てか、明日だよねw」
「そうだよ。急でごめんね、休みの日に会えるとか楽しみ過ぎる!理央の私服どんなだろー」
「大丈夫、服は普通だと思うけど、、みっちゃんの私服も俺初めてだから気になるな」
「めっちゃ可愛い服着てくから、楽しみにしててね」
「まじか!気になるなー、俺も頑張る!」
カップルの様な会話だなぁと理央は思う。
誰とでも仲が良くてクラスでも他校でも顔は広い方だと思う。
丁度クッキーを食べ終わった頃に相手の女の子がお風呂に入って来ると言うのでそこでメッセージが終った。
ごろんとベッドに横になる。
誰もが憧れる進学校のエンブレムが刺繍されたブレザーが皺になるのも厭わずにぐーっと体を伸ばす。
誰からも「理央君は明るいね!」と言ってもらえる。
でも、明るいって何?と内心、理央は思う。
理央はいつも未明に目覚めて部活の朝練に出かける。
帰宅も部活や塾があるので夜遅くだ。
朝も夜も玄関に明かりは灯されていて理央はそこから出たら笑顔になる。
誰からも明るいねと言われる理央君になるのだ。
でも、自分の部屋に入った途端に真っ暗になる。
メッセージで沢山の人とやりとりをしていても此処ではニコリともしない。
正直話している相手に対しても何も感じない。
ただただ真っ暗で真っ黒だ。
それなのに、「明るいね」と言われると一体自分の何を見ているのかと思ってしまう。
でも決してそれを口に出したりはしない。
出せない。
誰も本当の自分を知らないし誰にも見せるつもりはないのだ。
でも、真っ暗闇が迫って来てどうしようもなくなる時がある。
いくら明るい場所にいても笑顔を張り付けてもどこまでも落ちていく様な暗闇が迫って来る。
耐えきれなくなって理央は部屋の明かりをつけた。
明るくなった部屋は凄く広くてベッドにソファ、勉強に壁に備え付けられた壁には数々の盾やトロフィーが光っている。
でも、それらを見ても理央は笑顔になれないのだ。
明るいのに何故か真っ暗に見える。
でも、眼は見えていて机の上にある物が目に入った。
それは他のどれよりも輝いて見えた。
吸い寄せられる様に近寄る。
冷たい感触に理央は笑顔になった。
この部屋で、明るいのに真っ暗なこの部屋で初めて笑顔になれた。
そして、理央は暗闇の中でそれに希望を見出した。
3日後、さめざめと沢山の涙が流された。
発見が遅れて理央は自室で冷たくなっていた。
警察はあまりの悲惨さに殺人を疑ったが検視の結果自殺と判断された。
「理央君が自殺なんて…」
「信じられない」
「私、遊ぶ約束したのに…悩み事があったのかもしれないのに気付いてあげられなかった…」
大勢の人が悲しみと後悔を抱えて弔問に訪れた。
理央の両親は一人一人に頭を下げながら「亡くなる直前まで明るくて、そんな素振りは全くなかったのに…」と涙を流した。
誰も理央の自殺の原因に心当たりがなかったし信じられないと言うばかりだった。
それからも理央を偲んで友人たちが良く理央の家にやって来た。
昼間、お手伝いさんがいる時は仏間に通してもらえたが、日が暮れてから行くとガレージにも玄関にも明かりは灯されていない。
訪れた人の中には庭まで周って明かりがついているか確認しに行った者もいたが真っ暗で留守なのかと諦めて帰って行った。
「もう年だから夜は早くに寝てしまうのよ」
と理央の母は言い友人たちは訪れる際は早めに行こうと言い合った。
しかし、大人になるにつれて彼らの訪問も少なくなり明かりが灯されなくなった事に関心を持つ者もいなくなった。
理央の両親は子供に興味がなかったわけではなかった。
しかし、彼らもまた理央と同じ暗闇を持っていたのだ。
理央がいることが彼らの唯一の明かりだった。
理央はそれが分かっていたからこそ自分の暗闇を両親に見せる事をためらい隠し続ける事で自分を追い詰めた。
だが、両親には理央の考えていた事など知る由もない。
「凄く大きいお宅よねぇ」
「でも、お坊ちゃんがほら…」
「お金があっても愛情がなかったんじゃないの?」
「最近は、全然明かりが灯らないわよね」
「昼間はお手伝いさんがいるのを見るけど人気がないし生きているのかしら?」
「やだ、奥さん言い過ぎよぉ」
手入れの行き届いた松の木が茂り立派な門の前をご近所の人がうわさ話をしながら通り過ぎていく。
何年、何十年と時が過ぎてもその家に明かりが灯らなくなり誰も噂話すらしなくなった頃。
暗闇の中でぱっと明かりが灯った。
赤いランプにサイレンの音。
きっと彼らが本当に望んだ明かりではない。
彼らが望んだ明るさはもう二度と手に入らないのだから。
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