光の声~このたび異世界に渡り、人間辞めて魔物が上司のブラック企業に就職しました

黒葉 武士

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第2章 光と「ウール村」

58話 収穫

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『おはようございます、玄人クロード
 朝、目覚めると同時にヒカリが声をかけてくる。

「おはよう。ヒカリ」
 目覚めは爽やかだった。
 誰にも邪魔されずに眠れる幸せ。
 しかも自分の家で、新品のふかふかのベッド。
 こんな、誰に気兼ねすること無く、落ち着いた朝を迎えられるとは・・・。

 魔物のこととか、当面の問題は後回しにするとして、とにかく今日から新生活が始まった。
 ベッドから起き上がり、窓に近づくと外がやけに騒がしい事に気がついた。
「今日って、なにかあるんだっけ?」
 ヒカリに話しかけながらカーテンを開けると、家の周囲にかなりの人が集まっていた。

『いえ、玄人クロードの予定は特に何もありません。ですが、昨日のブルーノさんの話では、本日、小麦の収穫が行われるとの事です。手伝っても足手まといにしかならないと思いますが、今後のためも是非顔を出して下さい』
 ヒカリはいつも今後を考えてアドバイスをしてくれる。
 さすが出来る上司・・・というかここまで来るとほぼお母さんだな。

「収穫か、そういえばそんなこと言ってたね。それで騒がしいのか。それにしても、なんでみんなこの家に集まってくるんだろう?」

『この家の倉庫に村の農具が全部入っているとのことでしたので、そのためかと』

「なるほど。それも言ってたね。ということは収穫後に馬車も使うのかな。荷物は全部下ろしてると思うけど、後で確認した方がいいよね」

『最後にアマリが確認していましたから、大丈夫だと思いますが、お願いしたいこともあるので、後ほど確認をお願いします』

「わかった。じゃあ、すぐ支度するから・・・村の人に挨拶するついでに見てくるよ」
 手早く身支度を整えてから、ヒカリと一緒に一階に降りる。

「ヒカリの定位置は、リビングの机の上でいい?」
 テーブルの上にあった水差しから、コップに水を注ぎながらヒカリにたずねる。今までバタバタしていてヒカリの置き場所を決めていなかった。

『その事も含めて、相談があるのですが、ちょっとよろしいですか?』
 ヒカリが急にあらたまった声のトーンで話しかけてくる。

「えっ! ヒカリが事前に相談してくるなんて、めずらしいね」
 絶対面倒なことを頼まれる予感がして、思わず水を注ぐ手を止めた。

『そんな驚かないで下さい。私も一人では出来ないことも多いのですから』
 普通に会話して、普通に指示やアドバイスもされてたからすっかり忘れてたけど、そもそもヒカリは一人では動けないんだよな。

「そうだよね。ごめん。ごめん。とりあえず何でも言ってよ」
 ヒカリがあまりにハイスペックなので、万能だとうっかり思い込んでいた。

『では、まずこの家の一番奥の物置になっている部屋を私の自由に使わせていただけませんか? それとルージュに、マンションから持ってきたソフトビニールの人形を数体、譲って欲しいと伝えてもらえますか? お願いは私の方からしますので・・・』
 ヒカリにしてはめずらしい依頼の仕方だった。
 いつもなら、事前に物事をきっちり計画して行動するタイプなのに、突然あとでひらめいて指示してくるということ自体が予想外と言えた。
 しかし、人形って・・・なんでそんなものを欲しがるのだろうか。
 魔石とか入れて軍団でも作る気だろうか・・・。

「一応確認だけど、人形ってあの怪獣たちのことだよね? まぁ部屋は問題ないとして人形か・・・ルージュかなり気に入ってたからな。でも、後で一応聞いてみるよ」
 そうは言ったが、なるべく譲ってもらえるようお願いしてみるつもりだった。

『すみませんが、お願いします』
 ヒカリがいつになく控えめな口調で言った。

「いやいや、そんな・・・思ったほど大したお願いじゃ無かったし大丈夫だよ。じゃあ、外にいる村の人に挨拶したら、馬車を見てくるよ」
 そう言って、コップの水を一気に飲み干した。

     ♣

「おはようございます」
 そう言いながら外に出ると、村の人達とその中心に村長の姿があった。

「おぉ、クロードか、おはよう。新しい家の住み心地はどうかな?」
 こちらに気がついた村長が、村人との会話の合間に声をかけてきてくれた。

「おかげさまで快適です。いろいろお世話になって本当にありがとうございました」
 あらためてお礼を言う。

「礼などいらんよ。それより今日は小麦の収穫だ。作業はそんなに大変じゃないから、見よう見まねで手伝ってみてくれるか?」

「はい。ぜひ、手伝わせて下さい」
 ヒカリにも、今後のために見ておくように言われたので積極的にふるまった。

「じゃあ、始めるぞー。魔法を使わんものは、こっちに集まってくれ」
 村長がそう言うと、村人が、ぞくぞくと大きいタライと洗濯板のようなものを持って集まってきた。

――何が起こるんだ?
 使い道が分からない洗濯板とタライを見て思考を巡らせていると
「おーい、始めてくれー」
 村長が大声で小麦畑の向こう側に合図を送った。

 しかし、何も起きない。
 そのまま、10秒、20秒・・・1分・・・
 時間だけで経過していく。
 何も起きていないのか、それとも自分だけ気づかないことが起きているのか、不安に思って村長に尋ねようとしたとき、遠くの方から〝バサバサバサ〟と激しい音が近づいてくる。

――ん? 何の音だ?

 音の方を見ると、次々に根元を切られて倒れていく小麦が見えた。
 ものすごいスピードだ。
 手作業で収穫するとか気が遠くなるな~、なんて思ってたら・・・

――すげぇ。もう機械でやるより早いよね、あれ。

『――はい。風魔法ですね。使っているのはアマリを含めて3人の風魔法使いです』
 ヒカリが魔素の流れからアマリがいることを教えてくれた。
 ――あれ、アマリの魔法か・・・やっぱ凄いな。あれ? そういえばルージュはどこだろう。ここ辺にも居ないみたいだけど・・・

『――ルージュなら、小麦畑にいる小動物を魔法を避けながら狩ってますね』

――なにそれ! ちょっと凄い・・・っていうか相変わらず自由人だな

「よーし、そろそろいいだろう。脱穀にかかるぞ」
 村長がそう言うと、洗濯板とタライを持っていた村人が、一斉に倒れた小麦に駆け寄っていく。
 訳も分からず、渡された洗濯板とタライを持ってついていく。
 作業をしている人を見ると、手袋をはめた状態で、小麦を洗濯板で洗っていた。

――これは何してるんだろう?

『――小麦を板に擦ることで、実だけを取っているようですね』

――あぁ、ほんとだ。これは魔法じゃないんだ・・・

『――この作業は細かいですし、この方が魔法よりも効率がいいのかも知れませんね』

――なるほど。でも脱穀って社会の授業では棍棒みたいので叩くって習ったような気がしたけど・・・

『――これはこれで効率が良いと思いますよ』

 その後、村人は協力して、刈り取られた小麦を次々に脱穀していく。
 洗濯板によって分けられた小麦と藁はそれぞれ1カ所に集められて積まれていく。
 全ての小麦が刈られたところで、アマリージョがこちらに歩いてくる。
 ルージュも一緒だ。

 二人は俺に気づくとにっこり笑って小さく手を振ってきたが、まだ仕事の途中らしく、そのまま行ってしまった。

 アマリージョは、少し離れた場所で立ち止まると、山のように積まれた小麦に向かって風魔法を唱える。
 次の瞬間、アマリージョから放たれた小さな竜巻が、集めた小麦の山に直撃する。

「あっ!!」
 思わず、声を上げてしまった。

 小麦を巻き込んだ小さな竜巻は、その場に留まり小麦に付いていた、細かいワラのクズや殻などを吹き飛ばしていた。

――これ、いわゆるあれだよね。あれ。名前出てこないけど・・・

『――はい、日本の道具だと唐箕とうみと同じ作業ですね。風の力で殻やゴミを飛ばしています』

――あ、そうそう飛ばすやつ。名前は全然ピンとこないけど・・・

『しかしあの魔法は、魔力の微細なコントロールが必要そうですね。これまでアマリの魔法が1センチ、1グラム単位で力加減を調整していたとすると、あの魔法はその10分の1以下の調整をしているようです』

――それって凄いんだよね? やっぱり・・・

『――おそらくは・・・。やはりあの姉妹は普通ではないと言うことでしょうね』

 アマリージョの魔法が消えると、どうやら全ての作業が終了したようだ。
 大量の小麦を村人全員で袋に詰める。
 袋に詰められた小麦は、うちの引っ越し作業をしてくれたブルーノの部下たちが次々と運んでいく。

――小麦は税って言ってたっけ?

『――はい。話を総合すると、ブルーノ商会が検品し、領主のいるハンク市へ納めに行くものと思われます』

――なるほど。たしかに税といってもあの量だし。どこかの商人に納品と護衛を頼まないと運べないよね

『――はい、村の戦力では盗賊か魔物に襲われたら終わりでしょうから』

「みんなご苦労だった、今日の作業は終わりだ。今回は給金が払えなくて申し訳ないが、残ったワラは各自持ち帰って好きに使ってくれ」
 気がつくと、村人が1カ所に集まっていて、村長がみんなをねぎらっていた。
 各自、残ったワラを紐で縛って持って帰っていく。
 村長とルージュとアマリージョが揃って近づいてきた。

「クロードさん! 私の風魔法見てくれましたか?」
 アマリージョがちょっと得意げな笑顔で聞いてくる。

「あぁ、最初から見てたよ。さっきもヒカリと凄いって言ってたところだよ」

「本当ですか? うれしい!」
 アマリージョは子供みたいに無邪気な笑顔で喜んでいる。あまりの可愛さにこっちまでつられてにやけてしまう。

「いつもの収穫量からするとかなり少ないのですぐに終わってしまったが、どうだったかね?」
 今度は村長が感想を聞いてきた。

「はい。とても勉強になりました。来年はちゃんと手伝えそうです」

「そうか、それなら良かった。それと残ったワラは持って帰って良いからな・・・では、そろそろ。ブルーノと小麦の量を確認せんといかんのでな」
 村長は俺たちに「おつかれさん」と言うと、手をひらひらと振りながら去って行く。

「はい。ありがとうございました」
「じゃあね~、村長」
「村長さん、また明日」
 三人で村長の後ろ姿に声をかける。

――収穫って、何か思ってたのと違うね

『そうですね。魔法の作業効率は素晴らしいです。玄人クロードも焼き畑農業でしたら役に立てるかもしれませんね』

――え? なんで?

玄人クロードが使える火魔法で・・・』

――おい! もう出ないから! 絶っっっ対顔から火とか出さないから!

『ヒカリジョークです』

「・・・」

 ふと、隣に目をやるとルージュとアマリージョが俺の顔を凝視している。

「え、どうしたのクロード、顔が赤いわよ。もしかしてまた火が出そうなの?」
「姉さん! そんな・・・ふふっ」
「ちょ! もう出ないから!」

 もう、何があっても絶対顔から火は吹かない! 心に強く誓った。



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