光の声~このたび異世界に渡り、人間辞めて魔物が上司のブラック企業に就職しました

黒葉 武士

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第2章 光と「ウール村」

70話 ワイバーン

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「グオォォォォォォオオ!!」
 オーガの咆哮が、どんどん近づいてくる。

「アマリ・・・オーガがもの凄い勢いでルージュに向かってきてる。俺たちも急ごう!」
「はい! 《フォローウインド》《ウインドアーマー》」
 アマリージョが呪文を唱え、二人に風魔法をかける。

「準備完了です!」
 アマリージョは、すぐさま呼吸を整え合図を送ってくる。

「じゃあ一気にいくよ《クイックサンド》」
 俺の合図で、右手の手のひらにヒカリが瞬時に魔法陣を形成すると、手から大量の砂が吹き出した。

《ウインドストーム》

 アマリージョが続けて呪文を唱え、俺の出した砂を巻き込んで大きな砂嵐を作り、ルージュとオーガの間に放つ。

「よし! 上手くいった! アマリは後ろから回り込んでルージュの支援を頼む」
 思わず小さくガッツポーズをする。

「はい! クロードさんも気をつけて!」
 アマリージョは力強くうなずくと、踵を返して走り出す。

 アマリージョと別れ、一直線にワイバーンに乗っているオーガの元を目指す。
 砂嵐に巻き込まれた魔物の群れは、完全に足止めを食らっていた。


 オーガに気づかれたら一巻の終わりだ。目の前にいるゴブリンの群れに見つからぬよう、砂嵐で上手く身を隠しながら、オーガに近づいていく。
 もし、上空へ逃げらでもしたらとんでもなく厄介だ。

「ヒカリ、このまま突っ込んでオーガを蹴り飛ばすから、ワイバーンを先に殺るよ」

『はい、わかっています』
 オーガの姿を視界に捉えたところで、ヒカリと最終確認をする。

「おりゃぁぁぁあああ!!!」

 腹の底から声を出しながら、渾身の跳び蹴りを繰り出す。
 鈍い音とともに、吹っ飛んでいくオーガ。

「次! ワイバーン!!」
 素早く体勢を立て直し、大声で叫んだ。
 オーガが居なくなったワイバーンの背中に飛び乗ると、両手をワイバーンの翼に向けて呪文を唱える。

《ストーンスピア》

 石の槍が、飛び出して翼に突き刺さる。

「まだだ・・・《ストーンスピア》《ストーンスピア》」

「ギャオオォォォオオオオオ!!」
 石の槍が突き刺さったワイバーンが、喉が張り裂けんばかりの雄叫びを上げながら、狂ったように暴れ出す。

玄人クロード、急いで下さい。オーガが戻ってきます!』
 ヒカリの鋭い声が飛ぶ。

「え!? もう?・・・えぇい! 仕方ない!」
 迷っている暇はなかった。
 覚悟を決めて、拳に力を込める。

――――ドゴッッ!!
死に物狂いで暴れているワイバーンの後頭部に、渾身の一撃。

 そのまま正面に回り込むと、意識が朦朧としているワイバーンと対峙する。
 怒りで真っ赤に染まっていたワイバーンの目の色が、白く変わっていく。

 刹那、時間が止まる。

『来ます!!ブレスです!!』
 ヒカリが叫ぶ声と同時に、ワイバーンが大きく息を吸い込む。
 口の中がキラキラと白く光る。

「あぁ、わかってるっ!!」
 あの日、マンションで見た光景が脳裏をよぎる。たくさんの人たちが一瞬で氷漬けにされたあの光景――

《クイックサンド》

 ワイバーンの口の中に腕を突っ込んで大量の砂を詰め込む。
 息を吸ったまま、呼吸が出来なくなるワイバーン。
 行き場を失ったブレスが腹の中で暴走する。

「とどめだ・・・《ストーンスピア》」

 口の中に放たれた石の槍が、喉を突き破る。
 ワイバーンの声にならない断末魔が聞こえた気がした。

「ブレス、ギリギリだったよね・・・」
『はい、運が良かったです』

 ゆっくりと、その場に崩れ落ちるワイバーン。
 黒い霧には変わらなかった。

「うわ・・、エグいな・・・」
 横たわるワイバーンの死骸を見て、思わず呟く。
 黒い霧に変わらず死骸が残ると、仕方がないこととはいえ、何とも後味が悪かった。

「グオォォォォォォオオ!!」
「うわっ!!」

 気を緩めた一瞬の隙をついて、オーガが襲いかかってくる。
 オーガの手に盾は無く、剣を一本ずつ握りしめている。

「・・っ! こいつ、二刀流?」

 別々の生き物のように飛んでくる剣。
 1本目をかわし2本目をナックルの小手部分でガードする。

 次々に振るわれる剣。
 避けて、ガードするだけで精一杯。
 少しでも気を抜くと、あっという間に斬られるだろう。

 やがて小手は変形し、あちこちに切り傷が出来始める。

「やばい・・・小手が持たないかも」

『オーガのスピードが上がってきています。魔法で牽制しますか?』

「いや・・まだ、大丈夫。ルージュたちも、もうすぐ合流するし・・・」

 幾度となく振るわれる剣。
 何度、躱せば終わるのか。
 何度、受け止めたら終わるのか。

 オーガの気迫と圧力に押され、少しずつ体に傷を負いながらも、踏ん張る。
 時間を稼ぐ、分断する。
 両方なんとかなりそうだ。

「グオォォォォォォオオ!! グオォォオオ!!」
 変わらない現状に痺れを切らしたのか、オーガが狂ったように咆哮する。今までとは違い力に任せ、でたらめに剣を振り回し始める。

 高い位置から、渾身の力で振り下ろされる剣。
 何とか躱し、大きく後ろに飛んで、距離を取る。

「もう、そろそろ時間稼ぎ・・・無理かも」
 オーガの猛攻に、そろそろ自分の限界が近いことを悟る。

「もうすぐ終わるから、ちょっとは頑張りなさいよ!!」
 ルージュの檄が飛ぶ。

「あっ、聞こえてた? でも、ヤバい。マジで」
 思わず弱気な本音をもらす。

「クロードさん、大丈夫ですよ。少しずつ下がれますか? こっちで合流しましょう」
 弱気な俺を励ますように、アマリージョが力強く言う。彼女に促され、少しずつルージュたちの方へと後退する。視界の端に二人の姿を捉えたその時、

玄人クロード・・・おそらく増援です』
 突然、ヒカリの無慈悲な声が響いた。 

「「「えっ! 増援!?」」」
 俺、ルージュ、アマリージョが三人同時に声を上げた。

『左手森の中から約80、それと正面から人間? いや魔物もいます 全部で約200』
「「「!!!」」」
「に、200って・・・そんなに?」
 思わず絶句してしまう。

『厳密には3隊に別れてます。そのうち50ほどは人間です』

「えぇ!? でも、とにかく合流されると厄介だ・・・どうしよう」

「こいつは私とアマリで殺る。クロードは森の増援を潰して!」
 ルージュの恐ろしいまでの気迫に圧倒され、「わかった」と返すのが精一杯だった。

 アマリージョが遠くから一瞬こちらを見て、小さく頷いた。

「ルージュ、アマリージョ。戻るまで・・・死ぬなよ・・・」
 二人にそう言い残すと、すべての迷いを振り切るように、森の増援と思われる魔物のもとへ全速力で向かった。
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