光の声~このたび異世界に渡り、人間辞めて魔物が上司のブラック企業に就職しました

黒葉 武士

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第3章 光と「クリチュート教会」

82話 契約社員

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 ヴェールのしゃくり上げる声をどのくらい聞いていただろうか。
 ルージュとアマリージョは、根気よくヴェールの背中をさすり続けていた。

 俺は、ヴェールが落ち着いてきたのを見計らって一旦下に降り、まだ封を切っていなかった、とっておきの紅茶の缶を戸棚から取り出す。ピーチティーと書かれたパッケージには、可愛らしい桃のイラストが描かれており、茶葉にお湯を注ぐと、甘い桃の香りがキッチンに漂った。手早く人数分をカップに注ぐとお盆にのせ、部屋に戻った。

 部屋に入ると、ヴェールは俺に向かってペコリと頭を下げてきた。
「すみません・・取り乱してしまって・・・恥ずかしいところをお見せして・・」

「ううん、全然・・気にしないで。これ良かったら、あったかいうちに飲んで。ルージュとアマリもどうぞ」
 三人の前にお盆を置き、ピーチティーのカップを並べていく。

「「ありがとうございます」」
「・・・・・・・ありがと」
 ヴェールとアマリージョがお礼を言うと、ルージュが少し遅れてそれに続いた。

「!! すごく美味しいです。甘い匂いも、なんだか・・すごく落ち着きます」
 ヴェールが微笑みながら穏やかな声で言う。ルージュとアマリージョも「いい香り!」「おいしっ!」などと口々に感想を述べている。
 カップが空になるころ、ヴェールにずっと気になったことを質問してみる。

「・・・ヴェール。さっきヒカリとも話したんだけど、ヴェールの身体が大分というか、かなり疲れて弱っているみたいなんだけど、心当たりはある?」

「・・・はい。恐らくは封印魔法を使ったためだと思います。ちょっと前の話ですが、厄災が現われて退治するときに封印魔法を使用しましたので・・。使用すると1年くらいは身体のあちこちが痛くて、体調も優れない日もあるので・・・そのせいかと思います」
 ルージュがその時のことを思い出したのか、少し険しい顔をしながら答える。

「そこまでしても、封印魔法って使わなきゃダメなの?」
 あまりの代償の大きさに少し驚く。1年も不調になるなんて、ひどい話だ。

「それは難しいです質問ですね・・同じ厄災でも強さは一定では無いんです。厄災でも、もの凄く強いものもいれば、弱いものもいる。弱いものであれば、封印魔法がなくとも騎士団でなんとかなるとは思いますが・・・多少犠牲が出るかも知れません。それならば最初から魔法を・・ということですね」
 ヴェールは、少し考えるようなしぐさをした後、丁寧に言葉を選びながら話す。

「ねぇ、私も聞いてもいい? 厄災って、今日の眷属より強いの?」
 ルージュも俺と同じ事が気になっていたようだった。

「はい、そうです。今日の眷属は眷属にしては強すぎるくらいです。ですからあの眷属がそのまま厄災になれば、恐ろしいほどの厄災になったかとは思いますが・・・やはり眷属は眷属。厄災とは強さのケタが違うと思います」

「うわぁ・・アレより強いの!? それじゃ、私たちもまだまだね」
 ルージュが肩をすくめながら、アマリージョの方を見る。
 しかし、言葉とはうらはらに、その顔にはいたずらっ子のような笑みが浮かんでおり、アマリージョも楽しそうにうなずいている。

「で、最後に聞くけど・・ヴェールは結局どうしたいと思ってる? 何か夢とかはないの?」
 重い話ばかりになってしまったのが申し訳なくて、少しでも明るい話題に切り替えた。

「夢・・・ですか。そうですね・・・」
 ヴェールは呟くようにそう言うと、何かを考えるように視線を遠くにやる。

「じゃあ、夢じゃなくても、やりたい事とかは? そういう気持ちって大切よ!」
 ルージュが俺を援護するように、さらに質問を重ねてくる。
 ただ、ルージュは俺を援護しているというよりは、純粋に自分の好奇心のために聞いているのだろう。

「そうですよね・・・。あ、夢と言えるかはわかりませんが・・私のように親のいない子供を引き取って、のんびり暮らしてみたいですね」
 ヴェールが、ちょっとはにかみながら答えた。

「子供を引き取る・・孤児院ってことですか?」
 アマリージョが感心したような声を出す。

「孤児院です・・ね。私のような子供がいなくなるようにしたいです。そこで子ども達に勉強を教えたり、絵本を読んだり、歌を歌ったり・・・あ、子供の頃によく歌を歌う時間があったんですが、その時間がとても楽しみでした・・・あぁ、私には親がいませんでしたが、あの頃は本当に幸せでした」
 ヴェールは、自由で楽しかった日々を懐かしむように目を細めた。

「ヴェール、それいいわね! すごくいい夢だわ!! 私も応援するわ。そもそもあんな金ピカと結婚だなんて・・・」
 ルージュが声を弾ませながら、ヴェールを見つめる。
 だが、彼女はやはりヴェールが結婚の道具に使われるのが我慢ならないらしい。

「ルージュ・・・俺もルージュと基本的には同じ考えだけど、その人の人生はその人のものだよね。考え方も人の数だけあるように、結婚自体が良いか悪いかなんて、他人に判断できるものでもないしね」
 ヴェールの本心がどこにあるかわからない以上、あまり過激なことを言うのも良くないと思い、やんわりルージュをたしなめる。

「何!? クロードは金ピカの味方なわけ!?」
 ルージュが、憤慨したように声を荒げる。

「違う、違うよ・・・俺が言いたいのは・・」
 ルージュを落ち着かせるように、冷静な口調で話しかけると、

「何よっ!?」
 ルージュのイライラが頂点に達しようとしていた。

「あの・・・と、とにかく言いたいのは、ヴェールの気持ちが一番大事ってことだよ。結婚するにしても何にしても・・・だから結婚するならそれはそれで祝福して、しないならしないで応援する・・・そういう事・・・かな」
 しどろもどろで何とか説明するが、ルージュの顔はどんどん険しくなっていく。

「もうっ、訳分かんないわよ!!!」
 ルージュの怒りが爆発した。
 彼女は机をバンバン叩きながら喚いている。
 アマリージョが椅子から立ち上がり、慌ててルージュを宥めていると、ヒカリの声が響いた。

『ルージュ。それとヴェールも聞いて下さい。玄人クロードが言いたいのは、ヴェールの結婚が決まっていてもいなくても、ルージュがアドバイスをしてもしなくても、自分の人生は自分で決めるべきだと言っているのです。そして、その選択を自分でしたのならそれを応援しようと。ですが、今ヴェールが置かれている状況は決して良いとは言えないと思います。だからこそルージュは心配をしているのですよね』

「まあ、そうね。とにかく心配なのよ・・・友達だから・・・」
 ルージュが急に声のトーンを落とし、下を向き、悲しげな声を出す。
 アマリージョがそっとルージュの肩を抱く。

『分かっています。ですから、まずヴェールには、チーム・エンハンブレに加入してもらうということでいかがでしょうか? ですが、シスターという立場も考慮して、正式にという事ではなく〝暫定的に〟という事で。それで了承して頂けるなら、スマホ1台とイヤホン、それにお供としてヒーロー君1体をお付けしてお渡しします』

「「「え゛っ!?」」」
 俺とルージュ、アマリージョが三人同時に驚きの声を上げた。
 そのすぐ横で、ヴェールがキョトンとした顔でヒカリを見つめていた。

『ヴェール。私のスマホには魔素を溜め込んでおくことが出来ます。ですから肌身離さず持っていてもらえれば魔法を酷使した後の身体もすぐに回復すると思います。そして、魔素の充電は、そのヒーロー君に・・・特別に部下を使役する権限を与えておきますので、ヴェールが移動をする度に部下を増やして通信アンテナを作らせます。アンテナが出来れば、ここから魔素を電気に変えて送信し続けられるようになるので、スマホも使い続けられますし、何より困ったときには、私たちと会話が出来ますので』
 ヒカリは淡々と、ヴェールに今後の予定を伝えていった。

「そう! それっ! 俺が言いたかったのはそういうことなんだよ」
 パチンと指を鳴らしながら、ヒカリを指さしウンウンとうなずく。

「すごいわ!! それ、いいじゃない! すごくいいアイデアよ、ヒカリ。さすが社長ね!ヴェールもそれでいいわよね?」
 俺の主張など、まるで無かったように華麗にスルーするルージュ。

「えっ、でも・・・」
 ヴェールは驚きと戸惑いを隠せないようで、その瞳は不安げに揺れている。

「もう! 友達なんだから遠慮しないでよ! それに・・アマリを助けてくれたほんのお礼よ」
 ルージュがヴェールの背中をポンと叩いた。

「ヴェールさん、私からもお願いします。ヒカリさんの提案を受けてもらえると・・嬉しいです」
 アマリージョがヴェールの手を取って、にっこり笑った。

「あの・・・俺のこと見えてる? 俺の立場って・・・」
 もしや、急に透明になる魔法でも発動したんじゃないかと不安になり、自分の身体をあちこち触って確認する。

「・・・はい。では、そのように・・・お願いします。通信とか電気とか、私にはよくわからない説明も多かったですけど・・でも、離れていても会話ができるなら、私も心強いし、嬉しいです」
 ヴェールが、目にうっすら涙を浮かべながらうなずいた。

「ねぇねぇ、こういうのって何て言うの? 正式じゃ無いけど、メンバーになる人のこと」
 ルージュが俺の方を振り向きながら、はしゃいだ様子で聞いてきた。
 よかった、俺のことはどうやら見えてるらしいな。

「そうだね・・・ヒカリが社長で、メンバーが社員だから、バイト・・? パートはなんか違うよな・・派遣? あっ! 契約!! 契約社員でいいんじゃないかな?」

「いいっ!! それ、なんかカッコイイわね! クロードやるじゃないの! じゃあ、ヴェールは、株式会社エンハンブレの正式な契約社員ということで」
 ルージュは、でかしたと言わんばかりに俺の背中を勢いよくバーンッと叩いた。

「痛てっ!! でも、正式な契約社員って・・・」
 あまりの勢いによろけながら、ルージュの言葉の間違いを指摘しようとすると、

「もうっ!! クロード、うるさいわよ!! ほら、細かいことはどうでもいいじゃないの。今日はお祝いよ! 飲み物を用意して、とりあえず乾杯しましょ!」
 ルージュが、なぜか俺を見ながらにっこりと笑った。
 その微笑みの意味は、言われなくてもわかっている。
「ちょっと待ってて」と諦めたように言いながら、下に降りて再びピーチティーの準備をする。

 その後、みんなでピーチティーのカップを合わせて乾杯をした。
 さらに、ルージュによって、ヒカリが社長として無理矢理挨拶をさせられたり、各自改めて自己紹介を強いられたりした。
 また、契約とはいえ正式にメンバーになるということで、俺とヒカリの事についても全て話すことになった。
 その上で、ヴェールが困ったときには全員で助けにいくことも約束した。

 彼女には、どうやら泣き虫の一面もあるらしく、うれし涙を流しながら笑ってお礼を言っていた。

 それは、小さな身体で必死に頑張る彼女が初めて見せた、心からの笑顔だったように思えた。
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