3 / 11
03
しおりを挟む
私はすぐに電話をかける。同期のさゆりに。
不倫なんで絶対にしたくない。たとえ、向こうがその気でも、関係ない……話なんだけど。とんとご無沙汰な私には、100%断れるかと言われたら……残念ながら数%の不安が残る。
0.000001%くらいだけど。
課長は私好みの塩顔で、スーツを完璧に着こなしている。
スーツフェチからすると、そもそもスーツを着ているだけでポイント高いのに(チョロすぎ)、おまけに脚まで長い。
それに……課長は冷たい冷たいと言われているけど、実際はそうじゃない。“私だけに”って意味じゃなくて。
出勤している私にはわかる。課長はいつも、後輩のフォローをしていることを、ちゃんと知っているんだから。
電話で何度も頭を下げたり……
──え? 木下が連絡ミスを? 申し訳ございません……いえ、あの。担当を変えるのはもう少し待っていただけないでしょうか? ……今回は、私の指導が行き届いていないための不手際です。本当に申し訳ございません。
褒めてあげるように、クライアントにお願いしたり……
──そうでしたか! 田中が良いプレゼンを!……それは、ありがとうございます。お手数ですが、佐々木さまからも、田中に一言伝えていただけると、幸いです。おそらく、そのほうが本人も喜びますので……ありがとうございます。
あんな部下想いなところを見ると……いいなと思っちゃうでしょ。普通。
だからこそ、私に迫ってくるなんて、信じられないけれど……仕事の出来と家庭的というのは、まぁイコールではないものだ。
私は、家庭を壊すような悪女には、絶対になれないはず……だけど、“私だけに”優しい課長を目の前にすると……やっぱり不安は残る。
さゆりならきっと、私の溢れた欲望と、課長への邪な気持ちを断ち切ってくれるだろう。それくらい、彼女は信頼できる同期なのだ。
「もしもし。どうしたの?」
「あのさ! ちょっと今夜どう? 結婚の話とか聞きたいし。あと……」
「あと?」
「ちょっと相談が……」
◇◇◇
「結婚おめでとう~」
カチン。
ビールグラスで乾杯する。
「で? 何、相談って?」
「え? あぁ、その前にさゆりの結婚の話を……」
「いいよ! 相談が先! そのために呼んだんでしょ?」
「あ? バレてた?」
「バレバレ」
さすがは我が同期で、親友だ。
「えっとぉ……もしね。あくまで仮定の話なんだけど、社内で誰かと誰かが不倫している、いや。これからするかもって聞いたら、どう思う?」
「は? それ誰の話? もしかして……」
「いや。違う違う! あくまで仮定の話で」
「みよちゃんのこと?」
「え?」
みよちゃんとは、私とさゆりの四年後輩。WEBマーケティング課に所属している。以前、私も同じ部署だったからよく知っている。
「どういうこと? みよちゃん、不倫してるの?」
「うん。同じ課の鈴木課長とね。結構噂になってる」
「マジで? 知らなかった……上にはバレてないの?」
「もうすぐ、バレるんじゃない? 私でも知ってるくらいだし」
「マジか……もうすでに……」
はぁ。隣の部署で同じ事態になっているとは……世も末。不倫大国・日本なのか……いや。私は不倫なんて絶対にしないけど。
「すでにって何? もしかして、あいりの話?」
「いや。違うんだけど……今後そうなる可能性が0.00001%くらい……」
「え? 相手はどこの課? うちの課ではないよね……広報課とか?」
「え? なんでうちの課は外されるの?」
さゆりはポカンとしている。そんなに、課長はなしなのか。
「いや。だって……うちの課に、既婚者男性って、いないじゃん」
「え? 河村課長は?」
「あの人、二年前に離婚してるよ? 出張中、奥さんに男連れ込まれて、自宅でバッタリ。子どもいなくて、まだマシだったよね」
肩の力が抜ける。心のモヤモヤもシャワーの水で流される。
「ええええ!? それマジ? なんで、そんなこと知ってるの?」
「日村くんに聞いた。その時、課長と仕事の電話してたんだって。とんでもない修羅場の音声が流れてきたって、言ってたよ。まぁ秘密だけど」
それって……私と同じじゃん……え? じゃあ、課長は何? えっとえっと。シンプルに“私だけに”優しい独身男性ってことなの?
ずっと黙ったままの私を見て、さゆりはニヤリと嫌らしく笑った。
「あぁ~。あいりの相手って、やっぱり課長なんだぁ」
「え? やっぱりって何?」
「ちょっと前からおかしいなって、思ってたんだよね。課長、あいりにだけ、なんか違うもん」
「え? さゆりもそう思う?」
「バッチリ見たことはないけど。今日の個別ミーティングも、笑い声。聞こえてたよ」
さすがは、さゆり様。全てお見通しなのか。
「……でもさ。付き合っているとかじゃないのよ。なんか、私にだけ特別感あるなって、その程度のことで。そもそもプライベートは、誘われてないし。ただ、優しいだけかもしれないじゃん」
「男女の仲で、そんなことってある? きっと奥手なんだよ」
「そ、そうかな……」
課長はバツイチ……これは課長にとって、良くないことなのだけど、今の私にとっては? チャンス到来……と思ってもいいですか? 神様……
不倫なんで絶対にしたくない。たとえ、向こうがその気でも、関係ない……話なんだけど。とんとご無沙汰な私には、100%断れるかと言われたら……残念ながら数%の不安が残る。
0.000001%くらいだけど。
課長は私好みの塩顔で、スーツを完璧に着こなしている。
スーツフェチからすると、そもそもスーツを着ているだけでポイント高いのに(チョロすぎ)、おまけに脚まで長い。
それに……課長は冷たい冷たいと言われているけど、実際はそうじゃない。“私だけに”って意味じゃなくて。
出勤している私にはわかる。課長はいつも、後輩のフォローをしていることを、ちゃんと知っているんだから。
電話で何度も頭を下げたり……
──え? 木下が連絡ミスを? 申し訳ございません……いえ、あの。担当を変えるのはもう少し待っていただけないでしょうか? ……今回は、私の指導が行き届いていないための不手際です。本当に申し訳ございません。
褒めてあげるように、クライアントにお願いしたり……
──そうでしたか! 田中が良いプレゼンを!……それは、ありがとうございます。お手数ですが、佐々木さまからも、田中に一言伝えていただけると、幸いです。おそらく、そのほうが本人も喜びますので……ありがとうございます。
あんな部下想いなところを見ると……いいなと思っちゃうでしょ。普通。
だからこそ、私に迫ってくるなんて、信じられないけれど……仕事の出来と家庭的というのは、まぁイコールではないものだ。
私は、家庭を壊すような悪女には、絶対になれないはず……だけど、“私だけに”優しい課長を目の前にすると……やっぱり不安は残る。
さゆりならきっと、私の溢れた欲望と、課長への邪な気持ちを断ち切ってくれるだろう。それくらい、彼女は信頼できる同期なのだ。
「もしもし。どうしたの?」
「あのさ! ちょっと今夜どう? 結婚の話とか聞きたいし。あと……」
「あと?」
「ちょっと相談が……」
◇◇◇
「結婚おめでとう~」
カチン。
ビールグラスで乾杯する。
「で? 何、相談って?」
「え? あぁ、その前にさゆりの結婚の話を……」
「いいよ! 相談が先! そのために呼んだんでしょ?」
「あ? バレてた?」
「バレバレ」
さすがは我が同期で、親友だ。
「えっとぉ……もしね。あくまで仮定の話なんだけど、社内で誰かと誰かが不倫している、いや。これからするかもって聞いたら、どう思う?」
「は? それ誰の話? もしかして……」
「いや。違う違う! あくまで仮定の話で」
「みよちゃんのこと?」
「え?」
みよちゃんとは、私とさゆりの四年後輩。WEBマーケティング課に所属している。以前、私も同じ部署だったからよく知っている。
「どういうこと? みよちゃん、不倫してるの?」
「うん。同じ課の鈴木課長とね。結構噂になってる」
「マジで? 知らなかった……上にはバレてないの?」
「もうすぐ、バレるんじゃない? 私でも知ってるくらいだし」
「マジか……もうすでに……」
はぁ。隣の部署で同じ事態になっているとは……世も末。不倫大国・日本なのか……いや。私は不倫なんて絶対にしないけど。
「すでにって何? もしかして、あいりの話?」
「いや。違うんだけど……今後そうなる可能性が0.00001%くらい……」
「え? 相手はどこの課? うちの課ではないよね……広報課とか?」
「え? なんでうちの課は外されるの?」
さゆりはポカンとしている。そんなに、課長はなしなのか。
「いや。だって……うちの課に、既婚者男性って、いないじゃん」
「え? 河村課長は?」
「あの人、二年前に離婚してるよ? 出張中、奥さんに男連れ込まれて、自宅でバッタリ。子どもいなくて、まだマシだったよね」
肩の力が抜ける。心のモヤモヤもシャワーの水で流される。
「ええええ!? それマジ? なんで、そんなこと知ってるの?」
「日村くんに聞いた。その時、課長と仕事の電話してたんだって。とんでもない修羅場の音声が流れてきたって、言ってたよ。まぁ秘密だけど」
それって……私と同じじゃん……え? じゃあ、課長は何? えっとえっと。シンプルに“私だけに”優しい独身男性ってことなの?
ずっと黙ったままの私を見て、さゆりはニヤリと嫌らしく笑った。
「あぁ~。あいりの相手って、やっぱり課長なんだぁ」
「え? やっぱりって何?」
「ちょっと前からおかしいなって、思ってたんだよね。課長、あいりにだけ、なんか違うもん」
「え? さゆりもそう思う?」
「バッチリ見たことはないけど。今日の個別ミーティングも、笑い声。聞こえてたよ」
さすがは、さゆり様。全てお見通しなのか。
「……でもさ。付き合っているとかじゃないのよ。なんか、私にだけ特別感あるなって、その程度のことで。そもそもプライベートは、誘われてないし。ただ、優しいだけかもしれないじゃん」
「男女の仲で、そんなことってある? きっと奥手なんだよ」
「そ、そうかな……」
課長はバツイチ……これは課長にとって、良くないことなのだけど、今の私にとっては? チャンス到来……と思ってもいいですか? 神様……
1
あなたにおすすめの小説
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
いつか終わりがくるのなら
キムラましゅろう
恋愛
闘病の末に崩御した国王。
まだ幼い新国王を守るために組まれた婚姻で結ばれた、アンリエッタと幼き王エゼキエル。
それは誰もが知っている期間限定の婚姻で……
いずれ大国の姫か有力諸侯の娘と婚姻が組み直されると分かっていながら、エゼキエルとの日々を大切に過ごすアンリエッタ。
終わりが来る事が分かっているからこそ愛しくて優しい日々だった。
アンリエッタは思う、この優しく不器用な夫が幸せになれるように自分に出来る事、残せるものはなんだろうかを。
異世界が難病と指定する悪性誤字脱字病患者の執筆するお話です。
毎度の事ながら、誤字脱字にぶつかるとご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く可能性があります。
ご了承くださいませ。
完全ご都合主義、作者独自の異世界感、ノーリアリティノークオリティのお話です。菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。
小説家になろうさんでも投稿します。
これは王命です〜最期の願いなのです……抱いてください〜
涙乃(るの)
恋愛
これは王命です……抱いてください
「アベル様……これは王命です。触れるのも嫌かもしれませんが、最後の願いなのです……私を、抱いてください」
呪いの力を宿した瞳を持って生まれたサラは、王家管轄の施設で閉じ込められるように暮らしていた。
その瞳を見たものは、命を落とす。サラの乳母も母も、命を落としていた。
希望のもてない人生を送っていたサラに、唯一普通に接してくれる騎士アベル。
アベルに恋したサラは、死ぬ前の最期の願いとして、アベルと一夜を共にしたいと陛下に願いでる。
自分勝手な願いに罪悪感を抱くサラ。
そんなサラのことを複雑な心境で見つめるアベル。
アベルはサラの願いを聞き届けるが、サラには死刑宣告が……
切ない→ハッピーエンドです
※大人版はムーンライトノベルズ様にも投稿しています
後日談追加しました
魔王様は転生王女を溺愛したい
みおな
恋愛
私はローズマリー・サフィロスとして、転生した。サフィロス王家の第2王女として。
私を愛してくださるお兄様たちやお姉様、申し訳ございません。私、魔王陛下の溺愛を受けているようです。
*****
タイトル、キャラの名前、年齢等改めて書き始めます。
よろしくお願いします。
二度目の初恋は、穏やかな伯爵と
柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。
冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる