夜に散る純花

花梨姫子

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秘密のベルベット

美津子は、開け放たれたままになっている『月夜の華』の重いドアから外へ出た。
エレベーターで雑居ビルの一階まで降りると、店長の西田が美津子のために手配した一台のタクシーが、赤い光を放って停まっていた。

ゆったりとしたカットソーが、美津子の豊かな胸元をふわりと覆っていた。
美津子が身につけたジーンズがシートと擦れる微かな音が、夕暮れの穏やかな空気に溶け込む。
首筋を伝う汗と、西日が美津子の深い谷間に落とす怪しげな影が、どこか意味深な雰囲気を醸し出していた。

きらめく夕陽の残光が車窓から滑り込み、美津子の丸みを帯びた身体を淡く照らし出した。
それは、これから踏み出す知らない世界への一歩を、ほのかに予感させるかのようだった。
美津子はシートに深く身を預け、震える指先でバッグを強く握りしめていた。

美津子の心臓が激しくドクドクと脈打つ。
そこに、香織の快活な笑顔が、ふいに視界をよぎる。
「キャバクラとそんなに大差ないよ。美津子なら絶対お客さん喜ぶって!」
その言葉は、美津子の迷いをさらに深くした。

軽やかな言葉が、美津子の不安に薄いベールをかけてくれた。
しかし、その奥底では、悠一の顔が鋭い痛みとともに心を突き刺していた。

「悠一にバレたら……キャバクラより肌を多く見せて、お客さんともっと密着して接客するような仕事をしたと知ったら、きっと失望させてしまう……」
美津子の心臓が締め付けられる。
それでも店の助けになりたいという真面目な気持ちと、香織への恩義が、美津子をここまで駆り立てていた。

しかし、車窓を過ぎ去る夕暮れの街の明かりは、美津子の心に得体の知れない恐怖の予感を呼び起こした。
タクシーの運転手は黙ってハンドルを握り、路地裏の雑居ビルを縫うように走った。

窓の外に広がる夕焼けの残り香が、美津子の瞳に反射してきらめく。
美津子の吐いた息でガラスがごく薄く、はかなく曇り、その間にもカットソーの下の豊かな胸は、緩やかに上下していた。

汗が谷間にキラリと光り、車内の薄暗い空気にほのかな熱が溶け出す。
美津子の胸中に、困惑が滲む。
「キャバクラと基本的には同じ……でも、太ももくらいは触られることもあるのかな?」

美津子の心の中の声が不安げに震えた。

タクシーが揺れるたび、美津子の心には悠一と囲んだ穏やかな朝食の風景が鮮明に浮かび、胸が締め付けられる。
「悠一……たった一度のヘルプだから、大丈夫よね……?」

「大丈夫、きっとできる」と、美津子は心の中で何度も自分を鼓舞した。
真面目な美津子は、一度引き受けたことを投げ出すわけにはいかなかった。
やがて、タクシーが停まったのは、路地裏にひっそりと佇むビルの前だった。

『人妻サロン Velvet Moon』の看板が、控えめなネオンの輝きで薄暗い入口を彩る。
美津子はバッグを肩にかけ、震える足でタクシーを降りた。

夜風がふと、肌を撫でた。
美津子の豊かな胸がカットソーにぴったりと張りつき、汗が首筋を滑り落ち、路地の湿った空気に溶けていく。

ドアは開け放たれており、その奥のカーテンの隙間から漏れる赤い光が、美津子の顔を怪しく染め上げていた。
それは、美津子を誘い込む未知の世界を、そっと照らしているかのようだった。

ドアの向こうから甘い香水と、体内に響く低いベース音が押し寄せ、美津子の心臓をきつく締め上げる。
「私が引き受けたんだ……今さら引き返せない……。真面目にやれば、きっと大丈夫……」

美津子は震える足で、『人妻サロン Velvet Moon』の不思議な世界へと踏み入れた。
店内は赤と紫の照明に包まれ、厚いカーテンが営業中のフロアを隠し、その奥の様子をうかがわせなかった。

美津子のタイトなジーンズが彼女の歩みに合わせてわずかに張り、カットソーの下の豊かな胸が誘惑の曲線を描いた。
吐息が、店内に満ちる怪しい音楽と混じり合い、濃密な空気に溶けていった。

カウンターの向こうには、一人の若い男性店員が立っていた。
「ミナミさん……ですよね?」

20代半ばのその男性店員は、シャツの袖をまくり、ネクタイを緩めていた。
その姿は、夜の仕事の気楽さを漂わせている。
短い髪と鋭い目つきが、美津子の緊張を瞬時に捉えた。

「『月夜の華』からのヘルプの方でいらっしゃいますね。店長がお待ちしておりますので、どうぞこちらへ」
彼は柔らかく微笑み、受付の脇のドアを指し示した。

美津子は小さく頷くと、震える足で控室を通り抜け、奥の事務所へと導かれた。
カーテンの向こうの賑わいは途絶え、薄暗い事務所の重い空気が、美津子を深く沈み込ませた。

美津子は緊張で声が上ずり、それでも丁寧な口調で答えた。
「あ、あの……ミナミです。よろしくお願いします……あの、どのような……お仕事内容になるのでしょうか?」

美津子の指がバッグのストラップをぎゅっと握りしめ、カットソーの下の豊かな胸がそっと震えた。
谷間に光る汗の粒が、事務所の薄暗い照明の中で、誘惑的な陰影を際立たせる。
そのすべてを、店長の桜井はいやらしく、隅々まで見定めようとする視線で追っていた。

デスクに陣取った桜井が、片眉を吊り上げて、わずかに笑みを見せた。
40代前半といった風貌で、グレーのスーツに緩めたネクタイ姿。
その男からは、夜の世界で培われた落ち着きと、微かながら確かな威圧感が感じられた。

「え、お仕事の内容をご存知ないままいらしたんですか? ……まあ、構いません。ミナミさん。簡単な仕事ですよ。お客様とお話しして、少々サービスをするだけ。キャバクラより、もう少し密着した接客だと考えていただければ結構です。ルールについては後ほど詳しくご説明しますので、まずは準備を済ませてください。お着替えとメイク直しをお願いしますね」

桜井の声は落ち着いた低いトーンで、気安い丁寧さが耳に心地よい。
だが、そこに含まれる軽いからかいは、美津子の知らない世界を静かに指し示した。
美津子は目を大きく見開き、言葉を飲み込んだ。

「サービスって……? 香織もそう言ってたけど……、まさか、触られたりするのかな……?」
美津子の心臓がドクドクと鳴り、悠一の顔が頭をよぎった。

桜井の曖昧な説明と、どこか気安い笑みが、美津子の不安を白い霧の中に閉じ込めた。
「香織さんもやってたんだから……大丈夫なはず……」

美津子は自分に言い聞かせ、震える吐息を事務所の濃い空気に溶かした。
「キャバクラだって、初めては怖かったじゃない……。この場所だって、きっと同じ……。私が、誠実に振る舞えば、きっと乗り越えられる……」

美津子が案内されたのは、控室の奥にある狭い更衣スペースだった。
若い男性店員は、慣れた手つきでワイシャツと水色のひざ丈スカートを渡してきた。
「これ着てくださいね。ミナミさんのスタイルなら、絶対客ウケしますよ」

彼の声は気軽な丁寧さを装っていたが、その視線は美津子の体の曲線を、まるで指先でなぞるかのようにとろりと這った。
美津子の指先は震え、熱が頬から全身へとじわりと広がっていくのを感じた。

カットソーを脱ぎ去ると、ブラジャーに囲まれた胸が柔らかく波打ち、谷間を滑る汗が不穏な光を放った。
美津子の指はワイシャツの生地をぎゅっと握りしめ、不安と決意が心の中で激しくぶつかり合った。

美津子を動かしたのは、香織の笑顔と「いつも良くしてもらっているお店のために」という切実な願いだった。
「これは、私が引き受けたこと……今さら、後には引けない……」

美津子は大きく息を吸い込んだ。
ワイシャツの袖に腕を通すと、薄い生地が、吸い付くように豊かな胸の膨らみにぴったりと張りついた。
首筋を伝う汗の雫は、薄暗い光を浴びて、その輝きは美津子の高鳴る鼓動を映し出しているようだった。

「イメージと全然違う……もっとセクシーなお店だと思ってたのに、意外と普通なのかも」

美津子は心の中でつぶやいた。
支給されたのは、どこかコスプレじみたOL風のワイシャツと膝丈スカート。
美津子の豊かな胸がワイシャツのボタンに引きちぎらんばかりの圧をかけ、スカートの生地も太ももの肉感を拾ってムチムチと張った。
それでも、思ったほど露出が多いわけではないことに、美津子は意外な感覚を覚えた。
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